2022年11月28日月曜日

【読書感想文】鈴木 仁志『司法占領』 / 弁護士業界の裏話

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司法占領

鈴木 仁志

内容(e-honより)
二〇二〇年代の日本。経済制圧に続き司法の世界も容赦なく、アメリカン・スタンダード一色に塗りつぶされてしまった。利益追求型の米資本法律事務所には正義は不要。司法の“主権”さえも失った日本は、もう日本ではなくなっていた。実力現役弁護士が、迫り来る司法の危機を生々しく描いたリーガルサスペンス。

 弁護士である著者が、弁護士業界を舞台に書いた小説。小説の舞台は2020年だが、刊行された当時は「近未来小説」として書かれたわけだ。今では過去になってしまったけど。


 はっきり言ってしまうと、小説としてはうまくない。文章も、構成も、人物造形も、これといって目を惹くものはない。特に第一章『ロースクール』に関しては丸々なくても成立していて(おまけにこの章の主人公である教授はその後ほとんど登場しない)、蛇足といってもいい。

 書かれていることも、ロースクール生の退廃、外資ローファームの日本での暗躍、社内での悪質なパワハラやセクハラ、弁護士の就職難、仕事に困った弁護士が悪事に手を染める様など、あれこれ書きすぎて散漫な印象を受ける。終わってみれば平凡な完全懲悪ものだったし。


 とはいえ、小説としてのうまさははなから期待していないのでそんなことはどうでもいい。こっちが読みたいのは業界暴露話なのだから。

「弁護士業界の裏側をのぞき見したい」という下世話な期待には、ちゃんと応えてくれる小説だった。

(できることなら小説じゃなくてノンフィクションとして書いてくれたほうがおもしろく読めたんだけど、フィクションを織り交ぜないと書きにくいこともあったんだろうね)




 2000年頃、日本の弁護士の数は大きく増えた。ロースクール(法科大学院)ができたのがちょうどぼくが大学生の頃で、周りにもロースクールを目指す知人がいた。これからは弁護士になりやすくなるぜ、と意気揚々としていたが、彼がその後弁護士になれたのかは知らない。ただ、弁護士の数が増えるということは一人あたりの案件は減るわけで、そう楽な道ではなかっただろう。とりわけ若手弁護士にとっては。

「一九九〇年代まで年間五百人程度だった司法試験の合格者が、二〇一〇年には三千人になってる」
「随分とまた極端ですよね」
「そうだろう。一体誰がこんな急激な増員を推し進めたと思う?」
「……」
「裏を返せば、誰がこの大増員で一番得をしたか」
「誰が一番得をしたか……。教科書的には、市民のアクセス確保のための増員ということになってますよね」
「そう。しかしね、二〇〇〇年当時、一般市民の間で『弁護士を増やしてくれ』なんていう世論が湧き上がったことは一度もなかったんだよ。選挙の争点になったこともなければ、草の根運動が起こったこともない。たまにマスコミが煽ってもほとんど反応はなかった。一般市民はね、裁判や弁護士なんて一生関わらないと思ってる人がほとんどだったんで、本当のところ、そんなに大きな関心を寄せてはいなかったんだな」

(中略)

「企業側としては、弁護士を増やすことより、社員法務スタッフを増やして、身内に『予防法務』や『リーガル・リスク・マネジメント』を行わせることこそが重要と考えていた。弁護士が巷に溢れて事件屋まがいの行動を起こすことは、逆にリーガル・リスクの典型として警戒してたんだな。要するに、経済界全体としては、弁護士の大量生産なんか積極的に望んではいなかったというわけだ」
「……」
「市民でもなく、経済界でもない。裁判所も法務省も、若手獲得のための漸次増員は主張していたが、極端な大増員には慎重論。弁護士会も一九九〇年代中頃までは大反対。それじゃ、弁護士の大量生産を強力に推し進めたのは一体誰なんだ?」
「……」
「一九九〇年代、司法の規制緩和を執拗にわが国に要求していたのは、アメリカだ。そして、弁護士大増員論が一気に本格化したのは一九九九年。その直前の一九九八年十月に、アメリカ政府は、『対日規制撤廃要求』のひとつとして、日本政府に『弁護士増員要求』をはっきりと突きつけてきている。これが偶然に見えるか?」

 ほとんどの人は、弁護士が増えることなど望んでいなかった。大半の市民にとっては弁護士のお世話になることなんて一生に一度あるかないかだったし、それは今でも変わっていない。

 調べてみたところ民事裁判の数は増えているどころか、20年前の半分以下に減っているそうだ。裁判だけが弁護士の仕事ではないとはいえ、裁判が減っていれば仕事の量も減っているのではないだろうか。

 仕事は減っている、けれど弁護士の数は大きく増えている。どうなるか。価格競争が起き、食いっぱぐれる弁護士が増え、中には良くない仕事に手を染める弁護士も出てくる。


「はあ」
「あのね、東京には弁護士なんか掃いて捨てるほどいますからね。仕事にありつくためには、事件を追っかけるか作るかしかないんですよ」
「作る?」
「そう」
「作るって、どうやって……」
「不安を煽ったり、喧嘩をけしかけたり、まあいろいろとね」
「あの、弁護士業って、争いを解決する仕事じゃないんですか?」
「そういう古い発想は早く捨てたほうがいいですよ。じゃないと、いつまで経っても勝ち組には入れないよ」
「勝ち組……」
「争いの芽を掘り起こして、丸く収まりかかっている案件をなんとか紛争にまで高めていくと。そうでもしなきゃ、とてもじゃないけど、安定した収入は得られないですよ」
「……」
「こんなこと、アメリカじゃ何十年も前から常識なんだけどね。日本はまだまだ遅れてるから……」

 ここまで露骨ではないけど、(最近は減ったが)少し前は電車内の広告が弁護士だらけだったことを考えると、これに近い状況は現実に起こっているんだろうな、とおもう。

 過払い金請求とか残業代請求とか、実際に弱者救済になっている部分もあるんだろうけど、とはいえあそこまで派手に広告出したりCM打ったりしているのを見ると、それだけじゃないんだろうなともおもう。


 つくづく、「困ったときに助けてくれる仕事」って需要以上に増やしちゃいけないんだろうなとおもう。医師も不足してるって言ってるけど、医師国家試験合格者の数を急に増やしたら、医療のほうもこんな感じになっちゃうんだろうな。

 病気でもなくて特に医療の必要性を感じていない人のところに「あなたこのままじゃ危ないですよ。この医療を受けたほうがいいですよ」って医者が言いに来る世の中。おお、ぞっとするぜ。


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