特掃隊長
「特殊清掃」とは、主に孤独死した遺体が見つかった現場で清掃をする仕事のこと。その特殊清掃(特掃)に従事している著者のブログ記事をまとめたもの。
ぼくが実際に見たことのある遺体は祖父母のものだけ。病院で息を引き取り、ちゃんと死化粧してもらっていたので、まるで人形のようなきれいな遺体だった。
だが実際の死はそんなきれいなものばかりではない。孤独死して誰にも気づかれないと、遺体は腐る。聞くところによると、とんでもない悪臭が発生するという。おまけに遺体は腐敗し、虫が集まってくる。とんでもなく凄惨な現場になるだろうというのは想像がつく。
……とはおもっていたのだが、想像を超えてくる内容だった。
おおお。
浴槽の底に歯が溜まるということは、身体はどれだけ溶けているのか……。ほとんどゼリー状になっているということだろう。人体がゼリー状に溶けた風呂の水……。どれほどの悪臭を放つのか想像すらできない。
家の中での死は風呂場での死が多いという。転倒事故や、血圧の変化によるショック死のせいで。ひとり暮らしで浴槽で死に、そのまま長期間気づかれないと、こんなことになってしまうのか……。風呂に入るのがおそろしくなるな。
よく「自宅の布団の上で死にたい」という言葉を耳にする。
しかし、特殊清掃の仕事について知れば、そうも言っていられなくなる。
家族と同居していて、死んでもすぐに発見してもらえるのであれば、自宅で死ぬのあ幸せかもしれない。しかし、孤独死して、誰にも気づかれず、腐り、ウジが湧き、悪臭を放つことを考えれば、とても自宅での死がいいとは言えない。いくら死んだら意識はないとはいえ、やっぱり死んだ後に己の身体が腐るのは嫌だ。掃除をする人にも申し訳ないし。
ぼくはわりと死に対してはドライなところがあって、死ぬこと自体はそんなに怖くない。特に子どもが生まれてからは「もう生物としての役目は果たしたのでいつ死んでもあきらめはつくかな」という心境になった。生命保険にも入ってるし。
仮に余命一ヶ月を宣告されても、それなりに落ち着いて死ねるんじゃないか、とおもっている。まあ実際そうなったらめちゃくちゃうろたえるのかもしれないけど。
その代わり、子どもの死が怖くなった。考えたくないけど、ついつい考えてしまう。特に娘が赤ちゃんの頃は毎日びくびくしていた。落っことしただけで死んでしまいそうな、あまりにかよわい生き物と暮らすのはなかなかおそろしい。自分の余命一ヶ月は「そんなものか」と受け入れられるかもしれないが、子どもの余命一ヶ月はとても平静ではいられないだろう。
自分の子だけでなく、よその子、さらには見ず知らずの子ですら死はつらい。子どもが自己や事件で死ぬニュースを見ると、気持ちが落ち着かない。たぶんぼくだけではないのだろう、特に子どもの死に関するニュースは人々の反応も過剰になっている。
もし自分だったら。冷たくなった我が子に向き合えるだろうか。遺体を目の前にして死を受けいれられるだろうか。
自分の死は「受けいれられるだろうな」とおもうぼくでも、イエスと答える自信はない。
清掃作業についてそこまで克明に描写しているわけではないが、とんでもなくハードな仕事だということは容易に想像がつく。給料がいくらかは知らないが「いくらもらってもやりたくない」という人が大多数だろう。
そんな中、著者はさすがプロだけあって、できるだけ感情を抑えながら特殊清掃という仕事に取り組んでいる様子がこの本からうかがえる。
そんな著者が、めずらしく取り乱した状況。
数々の凄惨な遺体を見てきたプロでも、やはり生前の姿を知っている人の遺体はまた別のようだ。好きじゃない人であっても。
聞くところによれば、外科医は決して自分の身内の手術は担当しないという。百戦錬磨の名医でも、身内に対しては冷静でいられないそうだ。
遺体ってなんだろうね。
心は脳にあって、身体は代えの利く物体。理屈としてはそうでも、やはり人間は知人の身体を「物体」とはおもえないらしい。たとえとっくに死んでいても。
ニュースで、戦死した人、震災で行方不明になった人、拉致被害者などの「遺骨を見つけて遺族が喜ぶ」という報道を見る。もちろん生きているほうがいいから喜ぶというのは適切な表現ではないかもしれないけど、残された身内の心境としては「生きている > 死んでいて遺骨が見つかる > 死んでいて遺骨も見つからない」なのだろう。
ここでも、遺体はただの物体ではない。
星新一の短篇に『死体ばんざい』という作品がある。それぞれの事情で死体を欲する人たちが、一体の死体の争奪戦をくりひろげるというブラックユーモアに満ちた小説だ。あの小説を読んで楽しめるのは、それが「誰なのかわからない」死体だからだ(最後には明らかになるが)。キャラクターのある死体であれば、嫌悪感のほうが強くてとても楽しめないだろう。
人間にとって「知っている人の死体」と「知らない人の死体」はまったく別物のようだ。
その他の読書感想文は
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