「お願いです。これ読んでいただけませんか」
「えっ、これなに……?」
「ぼくが書いた小説です。ぼくの命そのものです。ぜひ読んでいただきたい、そして出版していただきたい。そうおもってお持ちしました!」
「持ち込み……? いや困るよ、君」
「アポなしでやってきて失礼なことは重々承知しております。ですが、お願いです。一度でいいので読んでいただけないでしょうか!」
「アポとかの問題じゃなくて、そもそもうちはそういうのやってないから」
「そこをなんとか!」
「なに、君。作家デビューしたいの?」
「はい! 自信はあります。読んでいただければわかります!」
「それだったらまずは賞に応募して……」
「ぼくの作品は既存の賞のカテゴリに収まるようなものではないんです。それは読んでいただければわかります! 読んで、つまらなければ燃やしていただいてもけっこうです! ぜひ一度!」
「いやだって君……」
「はい!」
「うちは本屋だからね」
「……えっ?」
「……えっ?」
「それがなにか……」
「いやいや。原稿を読んで、おもしろいかどうかを判断して、出版するかどうかを決めるのはうちの仕事じゃないから」
「えっ!? こんなに本があるのに?」
「関係ないから。うちは出版社や取次から送られてきた本を並べて売ってるだけだから。出版にはかかわってないから」
「ええっ」
「本屋にやってきて原稿を本にしてくださいって。君がやってるのは、漁師にさせてくださいって魚屋にお願いするようなものだからね」
「えっ、漁師になるためには魚屋に行くんじゃないんですか……?」
「ああ、もう、とことん非常識だね! 学校の社会の授業で習ったでしょ。商品の流れとか」
「ぼく、学校に行かずにずっと原稿書いてたんで知らないんです。十五年かけてこの原稿を書いてたんで」
「うわ……」
「ここがちがうなら、どこに持ち込めばいいんでしょうか」
「そりゃあ出版社だろうけど、でも君の場合はまず一般常識を身につけてから……」
「シュッパンシャってとこに行けばいいんですね! わかりました! ありがとうございます!」
「あーあ、行っちゃったよ。ほんと非常識な子だな……。あれっ、原稿忘れていってんじゃん。命そのものじゃないのかよ。まったく、あんな変な子がいったいどんな小説を書くのか、ちょっと読んでみるか……」
「えっ、嘘だろ!? めちゃくちゃ平凡!」
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