2019年10月29日火曜日

【読書感想文】悪口を存分に味わえる本 / 島 泰三『はだかの起原』

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はだかの起原

島 泰三

内容(e-honより)
「裸は適応的な進化だったはずがない」。では、ヒト科のただ一種だけの例外的な形質、生存の保温保水に圧倒的に不利な裸化は、なぜ、いつ起こったのか。同じく例外的に裸化した小型哺乳動物はそれぞれが独特の生態を身につけた。では、人類が獲得した生きのびるための術とは?自然淘汰説を超え、遺伝学・生物学などを参照しつつ現代人類の起原を探る。

はだかの起源といっても、「男は何歳から女の裸に興味を持つのか」とか「服を脱ぐと気持ちいいのはなぜなのか」みたいな話ではなく、「なぜ人類は体毛に覆われていないのか」というお話。

ううむ。
考えたことなかったけど、言われてみるとふしぎだなあ。
ぜったいに体毛はあったほうがいいよね。毛に覆われているほうが寒さや乾燥にも強いし、直射日光から肌を守ってくれるし、けがもしにくい。



体毛に覆われていない哺乳類は、ヒトだけではない。
きわめて少ないが、いるにはいる。
クジラ、セイウチやゾウアザラシなどの海獣、ゾウやサイやカバ、イノシシ科バビルーサ、ハダカオヒキコウモリ、ハダカデバネズミ。そしてヒト。

『はだかの起源』では、それぞれの動物がはだかである理由を説明する。

クジラのように一生を水中で過ごす生物には毛は必要ない。
体毛には防水、保湿、保温などの効果があるが、水中なので当然防水も保湿も関係ない。また保温につながるのは毛と皮膚の間に空気が入るからなので、水中であれば保温効果もない。
(ただしラッコのように陸にも上がる動物は毛があったほうがいい。毛の中に空気を蓄えることで保温できるから)
ゾウやセイウチのように体重一トンを超える動物は、体重の割に体表面積が小さくなるので、熱を放散させるために毛がないほうがいい。
ハダカデバデズミは土の中に巣をつくり、巣の入り口を塞ぐことで湿度を保ち、仲間同士でくっついて熱を保つことができるので毛が無くても大丈夫。

……というように、それぞれの動物ごとに毛のない理由をひもといてゆく。
つきつめると、保湿、保温の機能を捨てるだけの特質を持った哺乳類だけが、はだかでも生き延びることができるのだ。

ところがヒトの身体には保温、保湿の機能が備わっていない。
なぜヒトははだかになったのか?

人類水生生活説などいくつかの理由が提唱されているが、著者はひとつひとつ根拠を挙げて反証してゆく。



で、著者の出した結論がおもしろい。

それは「はだかのほうがいい理由なんてない。ヒトのはだかは単なる欠陥である」というものだ。

たまたまヒトは火や衣服や住居をつくることができたから、欠陥品だけど生きのびることができただけ、というものだ。

これは、あたりまえのようでなかなかできない発想だ。
ついついぼくらはヒトこそがいちばん高等な動物であるとおもってしまう。いちばん優秀な動物だから完全無欠の存在だ、と。

でもそうでもない。ヒトは欠陥だらけだ。
弱いし、一度にたくさんの子を産めないし、脳が発達しているせいで余計なことまで考えてしまうし。

はだかであることに理由なんてない。
衝撃的な結論だ。これが正しいかどうかはわからないけど。



……と、「ヒトはなぜはだかなのか?」という謎解き部分もおもしろかったのだが、この本の真骨頂はそこではない。

なんといってもすごいのが、著者の口の悪さだ。
もう、悪口のオンパレードなのだ。
ダーウィンを筆頭に、他の研究者をけちょんけちょんに書いている。
議論が甘いからといって、人間性から知性まで徹底的にけなす。

たとえばこんなふうに。
(太字・下線はぼくによる)
 このダーウィンの文章は、頭の中で文章を構成する人の典型的な文章で、書いているうちに、人間の顔が想像の中で浮かび、これが四足になったと考えると顔が下向きに想像され、そこは日陰だと思うのである。
 しかし、現実には地面を向いている獣たちの顔というのはない。顔は顎の下から喉まではともかくとして、頭とひとつながりの方向、つまり、正面から上を向く。だから、「太陽の熱」というなら、頭と顔は同じ熱の受け方をする。「顔は熱を受けない」と考えて、だから「男性の顔の毛」はこの仮説に「都合がよい」と思うダーウィンは、この一つの文章を作っているときに、ライオンなりなんなりの写真を確かめることをしないタイプの思索家なのである
 悪口になってしまうが、あえて言ってしまえば、こういう「思索家」は結局グウタラなのだ。サルの研究をするのに餌場ですませたいタイプ、動物の研究を本ですませたいタイプの研究者は、立ち上がって図鑑を取り出して見るという手間さえ惜しむ。文章を作る上では、そういう資料を参照する中断がないほうが、てっとり早いからである。
 しかし、このモリスの変な文章は、問題がどこにあるのかを本当は自分でも分かっていないためだ必要な事実を網羅しない、事実を確認していない、事実を取りあげる原則が決まっていない、事実の括り方が思いつきである、という四拍子揃った無原則さである。これでは、毛のない哺乳類の全体観はつかめない。
 この手の人は、論理的な矛盾は問題にしない。この手法では、論理的な整合性よりも、そこをぼんやりさせていることこそ望ましい。読み手の心の中に印象を作るのであって、説得するのではない。これが無意識下への刷り込み作業である。これが、サブリミナル手法である。この手の文章を書かせると、ライアル・ワトソンはダーウィンやグールドと同じようにうまい。どうも、うまい文章を作る欧米人は、同じ手法を使うと見える
 私は、こういうバカ話が学術的装いを凝らして流布するという、人間世界に愛想をつかしている。しかし、誰もが私のような経験をしているわけではないから、再び深呼吸を一○回繰り返して、心を平静にして雑賀さんに答えることにした。なにしろ、こういう細部だけを誇大に取り上げた空想的な話に、人間は実にたやすくだまされるからである。順を追って説明すれば、あるいはこの人間特有の妄想癖を崩すことができるかもしれないと、もう一度、深呼吸した。

はじめは「四方八方に喧嘩売りすぎだろ……。なんてめんどくさそうな人なんだ……」とあきれていたのだが、そのうち悪口がおもしろくなってきた。

一応フォローしておくと、著者は全方位的に喧嘩を売っているわけではない。評価するところは評価している。

とはいえ、さすがに度が過ぎる。
論旨が甘いからといって「グウタラ」だの「問題がどこにあるのかを本当は自分でも分かっていない」だの。挙句には「人間世界に愛想をつかしている」ときた。悪魔に身を売ったのかよ。

あまりに悪口の表現が多彩すぎて、議論を展開するときよりも悪口書くときのほうがエネルギー使ってるんじゃねえのとおもえるぐらい。
もしかしたらダーウィンの悪口を書きたくてこの本を書いたのでは?

いやあ、いろんな意味で楽しませてもらった。
おもしろい本ですよ。
著者とお近づきにはなりたくないけど。

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