積木の箱
三浦 綾子
中学三年生の一郎は、姉と思っていた奈美恵が父に抱かれているところを目撃してしまい、父の愛人であったことを知る。
世間的には資産家でありながら篤志家として評判のいい父親のことを尊敬していた父親とが愛人を家に住まわせていたこと、さらに母や実姉もその事実を知りながら何食わぬ顔で生活していることに大きなショックを受けた一郎。
その一郎が意欲に燃える若い教師と出会って心を開いて……ゆかない。
これがいい。
教師はすごく親身になって一郎のことを心配し、あの手この手で一郎を立ち直らせようとする。だが一郎はかえって教師に対して反発をおぼえる。
そうなんだよね。中学生ってこんなもんだよな。
優しくて正しくてまっとうなことを言う教師にはかえって反発するもんなんだよな。むしろちょっとやさぐれた大人のほうが誠実であるように見えたり。
テレビドラマみたいに単純なもんじゃないよね。
本気で生徒のことを考え、本気で生徒のことを叱り、本気で生徒を守ろうとする教師って、中学生からしたらいちばん気持ち悪い存在だもんな。
後になったら「いい先生だったなあ」とおもうかもしれないけど、ぼくが中学生のときのことを思いだしてみたらそのときは気持ち悪いとおもうだろう。
本気でぶつかってこないでくれ、と。
三浦綾子氏は教師をしていたというだけあって、思春期の男の気持ちをよくわかっている。
自分の性欲を持てあましながら他人には潔癖さを求めてしまうこととか、勝手に大人に期待して勝手に傷つくところとか、すごく男子中学生っぽい。
昔も今も、中学生の生態って変わってないんだなあ。
父親が愛人を囲っていることを知る……。
大人になった今なら、ショックは受けても「まあ親父だって男なんだからそんなこともあるかもな」とある程度は受け入れられるかもしれない。
しょせん親だって自分とはちがうひとりの人間だし、と。
しかし思春期の子どもにはそうかんたんに抱えきれない問題だろう。
高校生のとき、同じクラスの女の子としゃべっていたら、ふいに
「うちの親、もうすぐ離婚すんねん」
と言われた。
どんな流れだったかはおぼえていないが、突然放りこまれた言葉だった。
驚いたぼくは何も言えなかったが、彼女は
「父親がよそに女つくって、出ていくみたいやわ」
と勝手に続けた。
表情にも声の調子にも、感情は表れていなかった。完全な「無」だった。
その「無」に、ぼくは彼女の激しい怒りを見た。
内心では憎しみとか悲しみとか失望とかいろいろあったんだろうけど、たぶんそういう感情では乗り越えられなかったんじゃないかとおもう。
だから感情に固く蓋をして、「父親が浮気をして妻子を捨てて出ていく」という事実を遮断した。
そんな感じの声だった。ぼくが勝手に感じただけだけど。
うちの六歳児を見ていると、まだ親は自分の一部なんだろうなあと感じる。
親が自分のおもうとおりに動いてくれないと怒る。まるで自分の手足がおもうように動かないみたいにいらいらする。
ぼくも子どもを失望させないように気を付けなければ。浮気をするなら子どもが親と完全に分離してから(そうじゃない)。
小説の主題とはあんまり関係ないけど、数十年前の教師の姿の描写がおもしろかった。
生徒の保護者が教師に贈り物を渡したり(それもけっこう高価なもの)、教師のほうも堂々ともらっていたりといった姿が描かれている。
一部の悪徳教師だけでなく、「善良な教師ですら多少はもらう、完全にはねつけている教師は生真面目すぎる変わり者」みたいな描かれ方をしているので、当時はふつうにおこなわれていたことなんだろう。
母の話によると、母の父(つまりぼくのおじいちゃん)は官僚だったので、出入りの業者からお中元やお歳暮をはじめとする贈り物をいっぱいもらっていたらしい。
「庭の草が伸びてきた」といえば週末には取引先企業の社員がやってきて草刈りをしてくれ、「娘が犬をほしがっている」といえば数日で仔犬が贈られてきたという。
今の世の中だったら完全にアウトだけど、当時はふつうだったらしい。
ぼくのおじいちゃんはどっちかといったら規律正しい人だったけど、それでも平然と袖の下を受け取るぐらい、それがあたりまえという感覚だったのだろう。
賄賂という認識すらなかったのかもしれない。
そういやこないだ収賄容疑で取り調べを受けていた議員が「金は受け取ったが買収という認識はなかった」と語っていた。
そんなあほな、とおもうかもしれないけど、案外ほんとのことを言っているんじゃないかな。
政界に縁のない人間からすると「政治家が現金をもらったり渡したりしたら百パーセント贈収賄だろう」とおもうけど、ひっきりなしに金が動く世界にいたら感覚が狂うんじゃないかな。
お世話になっている人から「ま、ま、もらっといてください。もらうだけでいいんで」と言われたらなかなか断れるもんじゃないだろう。
真実はわかんないけどさ。
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