2019年10月30日水曜日

ギネスで村おこし

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「どうするよ?」

 「困るよなあ。こんなに余るなんて」

「予算が足りんっちゅうことは今までにもあったけど、こんなに余るのははじめてよなあ。どこで計算をまちがえたんやろか」

 「どうする?」

「無理やりにでも使うしかないわなあ。来年から予算減らされたらかなわんし」

 「一回集めた税金を返すってわけにもいかんしなあ」

「何に使うよ」

 「建物つくれるほどの額じゃないもんなあ。かといってかんたんに遣いきれるほどの額でもないが」

「やっぱり村おこしやで」

 「村おこしかあ」

「みんなが納得するのは村おこしよ、結局」

 「まあな。村おこしって大義名分があれば誰も反対せんもんな」

「おまけに成果を求められんじゃろ、村おこしは。その結果どれだけ人が来たかなんか誰も気にせんもん」

 「やってみることに意義があるんやもんな、村おこしは」

「そうよそうよ、みんな薄々わかっとるんよ、やっても無駄やって。けど隣の村がやっとるのにうちだけやらんわけにはいかんっちゅうてやっとるだけよ」

 「じゃあ村おこしやな」

「問題はどうやって村おこしするかよなあ。どうやったらみんなが納得するような村おこしになるかやで」

 「あれなんかどうじゃろ、ギネス」

「ギネス?」

 「ほら、ようテレビでやっとるじゃろ。ギネスに挑戦っちゅうて。大勢でなわとび跳んだりしとるやつ」

「おお、おお、やっとるな」

 「あれなんかええんじゃないか。テレビも来るし。テレビに映ったら、みんな満足じゃろ」

「ちがいない。テレビに映ったら村おこしは成功じゃ。完全に村がおこっとるわ」

 「よっしゃ、決まりやな。ギネスやギネスや」

「しかし何でギネスに挑戦するんや。世界一になれる特技の持ち主なんか村におらんじゃろ」

 「特技なんかいらんなよ。あんなもん」

「そんなことないやろう。世界一やぞ」

 「ギネスに載るのは二種類あるんや。ひとつは、世界一速く走るとか、世界一重いものを持てるとかのすごいやつ。これは才能や努力や運が必要なやつやな。
  で、もうひとつは金と人手さえかければどんなあほでもできるやつ。もっとも多くの洗濯ばさみを身体につけるとか、世界一たくさんの人間が同時にでんぐり返りをするとか

「おお、そういやそんなんもやっとるな。テレビで観たことあるわ」

 「言ってみれば、最初のやつは“誰もまねできんやつ”やな。で、もうひとつは“誰でもできるけどあほらしいから誰もやらんやつ”や

「なるほどなるほど。わしらがめざすんは後のほうやな」

 「もちろんそうよ」

「なにがええかのう。洗濯ばさみをつけるのは痛そうやなあ」

 「かんたんなんは、やっぱり巨大な食べ物系やろな」

「巨大な食べ物?」

 「そうそう、世界一でかいピザとか、世界一長い海苔巻きとかをつくるやつ。あれなんか金さえかけりゃかんたんやろ」

「なるほどな。金は余っとるし、ちょうどええのう」

 「しかもギネス申請が終わったらみんなで食べりゃあええしな。村おこしは成功するわ、腹はいっぱいになるわ、みんな満足じゃ」

「おまえは天才か」

 「問題は何の食べ物を作るかやな。ピザとか海苔巻きとかは他にもやっとるやつがおるやろうから、競争が激しくないもんがええなあ。今流行っとるいうし、世界一多いタピオカミルクティーでも作るか」

「おいおい大事なことを忘れとるぞ」

 「なんや」

「一応村おこしやねんからな。村に関係あるもんやないとあかんやろ。この村にタピオカミルクティー飲ませる店なんか一軒もないやろがい」

 「おおそうか」

「それにタピオカブームはもう終わりらしいぞ」

 「村に関係あるもんか。村の特産いうたら……」

「まあ、おろうふやろうな」

 「おろうふかあ……。おろうふなあ……」

「しょうがなかろう。村の特産といえるもんが他にないんやから」

 「しかしおろうふなんか今どき誰も食べんぞ。おまえ、最後におろうふ食べたんいつや」

「うーん……。たしかコウジの結婚式の引き出物でもらったような気がするなあ」

 「コウジの結婚式ってもう二十五年くらい前やぞ。あそこの上の子が去年東京の大学卒業したゆうとったで」

「そんな前になるか。おろうふ、食べとらんなあ」

 「あれはうまいもんじゃないからなあ」

「ただしょっぱいだけやもんな」

 「しかもご飯がすすむしょっぱさじゃないよな」

「そうそう。食欲がなくなるタイプのしょっぱさ。海の水を飲んだような」

 「しかもあれ、栄養もまったくないらしいぞ」

「戦争で食糧がない時代にしょうがなく食べとっただけやからな。あんなもの今誰も食べんぞ」

 「そらそうよ、みんな食べるようなもんなら村の特産やなくて全国的に広まっとるわ」

「そうかあ。まずいから特産なのか」

 「そうそう。日本中どこいってもそうよ。特産品はまずい」

「まてよ。ほんなら、まずくて栄養がないことを逆手にとったらどうや」

 「どういうことや」

「ダイエットにええんやないか。栄養価が低い。まずいからあんまり食べられん。おまけに食欲もなくなる。ダイエットにぴったりやないか」

 「あかんあかん」

「なんでや」

 「おろうふ、カロリーだけはそこそこ高いんや」

「えっ、そうなんか」

 「そうそう。カロリーと塩分だけは高いんや。だから身体にも悪い」

「つくづくどうしようもない食べ物やな……」

 「だからこそ食糧のない時代でも残っとったんや。まずいけど腹だけは膨れるいうて」

「まあでも、逆に言うたら不人気やからこそインパクトもあるんちゃうか。ほれ、寿司を百皿食うたって話題にはならんやろ。寿司はうまいから、胃袋のでかいやつやったらそれぐらいはいけるやろなあとおもうだけやもん。けどおろうふをたくさん食べるやつはおらんからな。出されても残すぐらいやもん」

 「ああ。こないだおろうふ生産者連盟の集まりがあったけど、誰もおろうふに手をつけんかったらしいぞ。つくっとる人間ですら食わんのよ」

「だからこそ、や。ピンチはチャンスやで。そんなおろうふを大量に食うなんてやった村は他にないやろ。ギネス記録は約束されたようなもんや」

 「しかしなあ」

「まだなんかあるか」

 「おろうふは見た目が悪いやろ。悪く言えば吐瀉物みたい、良く言えばなおりかけの傷口みたいな見た目しとるやろ。そんなおろうふを集めてもテレビが紹介してくれんのとちゃうかな……」

「つくづくどうしようもない食べ物やな……」



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