2019年4月8日月曜日

「よそのおっちゃん」だからこそ

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よその子に自転車の乗り方を教えた。

娘の友だちのお兄ちゃん。小学二年生。
会えば少し話すぐらいの間柄だ。向こうからしたら「妹の友だちのおとうさん」だから、見ず知らずのおじさんとほぼ同じだろう。

公園で会ったら、自転車に乗って地面を蹴りながら歩いていた。
話を聞くと、小学二年生にしてようやく自転車を買ってもらったらしい。
妹(五歳)もいっしょに買ってもらったのだが、なんと妹のほうが先に乗れるようになってしまったので悔しくて必死に練習しているのだという。



「よっしゃ、おっちゃんが手伝ったろう」

自分の娘にも、その友だちにも、自転車の乗り方を教えた経験がぼくにはある。
妹に先を越されるのはさぞ悔しかろう。
兄貴の名誉のために手を貸すことにした。


ぼくと、アニキくんの特訓がはじまった。

まずひとりで乗っているところを見たが、まったく乗れない。ペダルに足を乗せることすらできない。
ちっちゃいときに三輪車に乗っていただけで、コマつき自転車にすら乗っていなかったというのでまったくの初心者だ。

ぼくがハンドルを支えてやり、自転車と並走する。
アニキくんはこわいこわいと言う。これは時間がかかりそうだ。

だがその状態でぐるぐる走っていると、乗っていることには慣れてきたようだ。たどたどしいがペダルもこげるようになってきた。

「よし、手を放してみるで」「うん」
手を放す。二メートルぐらい走っただけで足をついてしまう。
それをひたすらくりかえす。

横で見ていたアニキくんのおかあさんが「こけないとあかんで! 骨折しない程度にこけろ!」と云う。なかなかタフなハートを持ったおかあさんだ。
おかあさんの言うことも一理ある。こけかたも覚えておいたほうがいい。

娘や、その友だちに自転車の乗り方を教えたときは、何度もこけた。
だが二年生のアニキくんはこけない。こける前に足をついてしまう。
ふうむ。
五歳の妹のほうが先に乗れるようになったのは、このへんに原因がありそうだ。

平衡感覚や筋力などは二年生のほうが上だろうが、二年生だと恐怖心や慎重さがしっかり身についている分、それがかえって技術の習得の妨げになっているのかもしれない。
「こけるのが恥ずかしい」という見栄もあるのかも。

とはいえ慎重さはそうかんたんに拭いされるものではないし、慎重であることが決して悪いものでもない。
無理にこけさせる必要もあるまい。
早めに足をついてしまうことについては矯正しないことにした。

慎重すぎる点はマイナス要素だが、二年生には幼児にはない強みがある。
それは「言われたことをちゃんと行動に落としこむことができる」という言語処理能力だ。

五歳児に教えたときは、口であれこれ言ってもちっとも行動に反映されないので、「ひたすらやらせて身体で覚えさせる」という方法をとるしかなかった。
だが二年生は、言われたことをちゃんと理解して行動に反映してくれる。
「下じゃなくて前を見て!」「ハンドルはまっすぐ!」「ペダルをこぐのを休んだらあかん! 速く走ったほうが安定するから!」と言うと、次からはちゃんと改善される。

これはぼくの娘に教えたとき(当時四歳だった)にはなかったことなので、さすがは小学生だと感心した。アニキくんが賢い子だったのかもしれない。
練習につきあっているうちに、ぼくもおもしろくなってきた。

ずっと中腰でハンドルを支えていたので腰が痛くなってきたが、手を離した後もアニキくんは五メートルほど走れるようになってきた。
五メートル走れたら、自由自在に走れるようになるまでもう一息だ。

周囲が暗くなってきた。
ぼくは目標を立てた。
「よし、今日中に公園一周走れるようにしよう。それまでやろう」
「うん」
アニキくんもうなずく。五メートル走れるようになったことで自信もついてきたようだ。

その後も何度かくりかえし、五メートルが十メートル、十メートルが公園四分の一周、四分の一周が半周、半周が四分の三周となり、あたりがすっかり暗くなったころ、ついに一周することに成功した。

「やったー!」
手を叩いて喜びあった。もうすっかり戦友だ。



気づくと、二時間ぐらい練習していた。
アニキくんは練習している間、ほとんど愚痴もこぼさなかった(妹が自分を追い抜いていくのを見て「あいつ、こければいいのに」と呪いをかけていただけだ)。

思うに「よそのおっちゃん」の指導だったからよかったのだろう。

これが父子だったら、きっとこううまくはいかなかっただろう。

「お父さんがちゃんと持ってないからこけたやん!」
 「人のせいにするな。ちゃんとこがないからやろ!」
「離すタイミングが早すぎる!」
 「離さないと練習にならないやろ!」
「もう疲れた! やめる!」
 「自転車に乗れなくてもいいのか!?」

みたいな喧嘩になることが目に見えている。

”妹の友だちのおとうさん”という微妙な間柄だからこそ、相手のせいにもできないし、「せっかく練習につきあってくれてるのに途中でやめたら申し訳ない」という気持ちも生まれる。

こっちにしても”娘の友だちのおにいちゃん”という微妙な間柄だからこそ、きつい言葉にならないように心がけるし、疲れても辛抱強くつきあってあげる。


「人に教える/人から教わる」ときには、ほどよい緊張感が必要だ。

うちの母親は「あたしがボケたらすぐ施設に入れてな。その分のお金は残しとくから。自分の子どもやお嫁さんに介護してもらうなんてぜったいにイヤやで」とよく口にしている。
ぼくもその考えに賛成だ。身内が介護したらぜったいに衝突する。他人なら許せることでも家族なら許せない。

他人にやってもらうことでうまくいくことは多い。保育、教育、介護。どんどんアウトソーシングしたらいい。



二週間ぐらいして、公園でアニキくんに出会った。
もう自転車をすいすい乗りまわしている。

「おっ、うまくなってるやん。そんなにスピード出して大丈夫かー」と声をかけると、
「大丈夫に決まってるやん!」との返事。
まるで自分ひとりで乗れるようになったみたいな顔をしている。ぼくに教わったことなんてすっかり忘れているみたいだ。

ま、そんなもんだよね。
しょせんはよそのおっちゃんだし。

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