2019年2月19日火曜日

【読書感想文】福田 ますみ『モンスターマザー』

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モンスターマザー

長野・丸子実業「いじめ自殺事件」教師たちの闘い 

福田 ますみ

内容(e-honより)
不登校の男子高校生が久々の登校を目前にして自殺する事件が発生した。かねてから学校の責任を異常ともいえる執念で追及していた母親は、校長を殺人罪で刑事告訴する。弁護士、県会議員、マスコミも加わっての執拗な攻勢を前に、崩壊寸前まで追い込まれる高校側。だが教師たちは真実を求め、反撃に転じる。そして裁判で次々明らかになる驚愕の真実。恐怖の隣人を描いた戦慄のノンフィクション。

『でっちあげ』の作者による骨太のノンフィクション。
『でっちあげ』では、福岡「殺人教師」事件を取り扱っていた。小学校教師が児童をいじめていたとしてセンセーショナルに報道されたが、結局その"犯行"のほとんどが虚言癖のある母親によるでっちあげだった、というものだった。

『モンスターマザー』も構図は似ている。
男子高校生が家出をくりかえし、やがて自殺。母親は、男子高校生が所属していたバレー部内のいじめが原因だと主張し、メディアも大きく報じた。母親に味方する地方議員、弁護士、ルポライターも現れ、彼らは県や校長や先輩生徒を相手どって訴訟。

ところが事態は急展開。
学校内でいじめがなかったこと、母親の常軌を逸した言動に男子生徒が困惑していたことについての証拠や証人が次々に現れ、学校側のほぼ全面的な勝訴となった。それどころか母親は逆に民事訴訟を受けて敗訴。母親の言うことを真に受けてまともな調査をせずに校長を殺人罪で告訴した弁護士は懲戒処分となった。
(Wikipedia)「丸子実業高校バレーボール部員自殺事件」

裁判では学校、校長、先輩生徒が勝訴したものの、多くの犠牲を強いられた。裁判には長い期間を要し、傷つけられた名誉は快復していない。
母親は賠償金を一銭も払っておらず、懲戒処分になった弁護士は裁判で命じられた謝罪広告を出していない。なんとも気の滅入る話だ。



この本にはほぼ学校側一方だけの話しか載っていないので鵜呑みにするのは危険だが(母親や弁護士がろくに取材に応じないのでしかたないのだが)、多くの証人の発言、客観的な事実を鑑みると、他人に対して攻撃的で平気で嘘をつく、相当問題の多い母親だったのだろう。
 まず学校側がさおりに対し、心労をかけたこと、担任の出欠誤認について謝罪し、話し合いの場の設定が遅くなったことも詫びた。そして校長が、持参した謝罪文をさおりに手渡した。
(中略)
 しかしさおりは、文面に目を通すなり、それを突き返した。
「この内容では不十分です。これでは話し合いには応じられません」
 そして、立花担任が自分の非を認めていること、校長・教頭の謝罪、県教委の教学指導課が子供を捜すことを最優先にせよと指導をしているにもかかわらず実行しなか出ったこと、捜索について保護者からの要望を断ったことなどを新たに謝罪文に加えて、午後6時までにメールで送ってほしいと要求した。
 それだけではない。
「担任を代えていただきたい、子供もそう願っている。でも、子供には直接聞いてもらいたくない。私の許可を必ず取ってください。子供は信頼していた先生に裏切られ恐怖の心でいます」
この一件だけ見ても、「クレームをつけることに慣れている」と感じる。
そういえば少し前に子どもを虐待死させたとして大きくニュースになっていた父親も、学校に対して謝罪文を要求していたらしい。
こうしたクレーマーはトラブル慣れ・裁判慣れしている上に基本的に他人と信頼関係を築くことができないので、「あのときこういったじゃないか!」という言質を取りたいのだろうな。

だが「ひどい母親もいるね」で片付けてしまっては、何の解決にもならない。また同じようなことがくりかえされるだけだ。平気で嘘をつく親、他人を攻撃することに一切のためらいを感じない親は一定数存在するのだから。

長野・丸子実業「いじめ自殺事件」が大きな問題になった原因のひとつは、母親に多くの支援者が集まったことだ。
地方議員、弁護士、ルポライターが母親の言い分を信じて事を大きくしたために風評被害は拡大した(しかも彼らの多くは何の謝罪もしていない)。

学生が自殺したと聞くと、我々はほとんど反射的に「子どもが自殺? いじめだな! 学校が隠蔽しようとしているな!」と思いこんでしまう。テレビも新聞もこのシナリオに従って報道する。もちろんそういうケースもあるが、ほとんどはそんな単純な理由で人は死なない。親やきょうだいや交友関係や読んだ本や遺伝的気質や、いろんな影響を受けているはずだ。
けれどぼくらはわかりやすいストーリーが大好きだ。
「子どもを亡くしたかわいそうな母親 VS 事実をもみ消そうとする冷酷な学校」というわかりやすい筋書きを思いえがいてしまう。
 本書の事件が起きたのは2005年、『でっちあげ』の事件が起きたのは2003年である。当時も今も、学校現場でのいじめを苦にした青少年の痛ましい自殺は後を絶たず、深刻な社会問題になっている。マスコミが「いじめ自殺」を大きく取り上げるのは、いじめの卑劣さへの憤りが根底にあるにしても、一にも二にも、世間の耳目を引く恰好のネタであるがゆえだ。
 だからこそ、報道はヒートアップし、いじめ自殺に関する多くのレポートが生まれた。
 しかし、それらはいずれも、教師や学校、教育委員会を加害者として糾弾している。
 いじめ被害者の訴えを無視して適切な指導を行わず、結果的に被害者を自殺に追い込んだ教師。いじめをあくまで隠蔽しようとする、姑息で事なかれ主義の学校や教育委員会。
 要するに、子供や保護者は圧倒的に善であり弱者であり、それに対して学校は、明力な子供や保護者を抑圧する権力者として描かれている。
 きわめて単純な二項対立である。こんなにきれいに正と邪を色分けできる現実なんてあるのだろうかと首を傾げてしまう。
インターネットで、この事件について検索してみた。最近のものに関してはこの本の感想が多いが、十年ほど前のサイトやブログを見ると、ほとんどが「なんてひどい学校だ!」と憤る声ばかりだ(そして書きっぱなしで訂正も反省もない)。
先入観なしにものを見ることがいかにむずかしいか、教えてくれる。

母親を支援していた人も、学校側を中傷していた人も、学校を糾弾した議員も、きっと善意でやっていたのだろう。「かわいそうな被害者を支援するすてきなあたし」に酔っていたのだろう。だからこそ真相に気づきにくくなるし、気づいた後でも己の過ちを認められない。
たぶん、その人たちの大半は反省などしていないだろう。そしてまた同じようなことをくりかえすだろう。

自分も、タイミング次第ではそちら側にいっていただろう、という気もする。ぼくだって、高校生が自殺したというニュースを見たらまずはいじめじゃないか、学校に責任があるんじゃないか、と考えてしまう。ただぼくには行動力がないから何もしないだけで。

善意の人というのはおそろしい。
(ただし弁護士と医師の罪はきわめて重い。弁護士は少し調査すればわかることを調べずに思いこみだけで告訴しているし、医師は言われるがままに適当な診断書を書いている)



ところでこの本、読み物としてはすばらしい本なんだけど、ノンフィクションとしてみると危うさも感じてしまう。

学校側にしか取材できなかったというのもあるんだけど、あまりにも一方的な視点。おまけに学校側の人物に肩入れしすぎ。

全面的に学校側・教師の対応が正しかったかのように書いているが、ぼくから見ると学校の初期対応も最善のものではなかったように思う(学校側に自殺の責任があるとは思わないが、もっといい対応はあったんじゃないかな)。

教師たちの大きな問題にしたくない、警察沙汰にしたくないという思いのせいで(それは保身というより生徒のためだったかもしれないが)事が大きくなってしまった。

「学校の中のことは学校内で解決」というのは小さな問題ならうまくいくかもしれないが、悪質クレーマーのような悪意ある破壊者がやってきたときにまるで歯が立たない。
情報発信手段の向上などで、学校の問題を内部で閉じこめておくことはむずかしい時代になった。
早めに問題を外に出して専門家に介入してもらうことが、学校にとっても生徒や保護者にとってもいいはずだ。

『モンスターマザー』を読んでも「じゃあまたこういう親が現れたらどうしたらいいの」という問いには答えられない。
ひどい親とひどい弁護士がいたんですよ、だけではなく、どう対応すればよいかという視点もあればなおよかったように思う。



この本が特にノンフィクションとして惜しいと感じるのは、著者が学校側の正しさを伝えようとするあまり、「教育熱心な先生だった」とか「生徒の死に心から胸を痛めている」といったような、踏みこみすぎた描写をくりかえしているところだ。
そんなのは客観的に判断できるようなものじゃないのでなんとでも書ける。主観と事実がごちゃまぜになっているので、かえって嘘くさく感じてしまう。

ショッキングな事件だからこそ、事実だけを冷静に積みかさねてほしい。
他人の感情を勝手に推測しないでほしい。
どうしても気持ちを書きたいのであれば、作者の主観だということをはっきりさせてほしい。
学校側の人たちに感情移入してしまう気持ちはわかるけど、それは読者がやることであって、書き手はもっと突きはなした書き方をしないと。

事実に頼らず感情を揺さぶるような書き方をして同情を集めようとするって、それって『モンスターマザー』の母親がやってることと同じじゃないの?

せっかくいいノンフィクションなのに、変に説得力を持たせようとした結果かえって説得力がなくなってるの、もったいないなあ。

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