本屋で働いていたとき、新規開店の手伝いをしたことがある。
いよいよオープン当日。
取引業者から開店祝いの花輪が届いたので、店の前に飾っておいた。
開店して、驚いた。
やってきたおばちゃんが花を勝手に持って帰ろうとしているのだ。
ひとりではない。おばちゃんたちが次々に花に群がる。まるで蝶、いや蛾のように。
えー。
泥棒!?
さほど実害のあるものではないが、しかし放置するわけにもいかない。
あわてて店長に報告した。
「あー、あれ。いいんだよ。そういう風習だから」
ぼくは知らなかったのだが、大阪や愛知あたりでは
「新規開店祝いのお花を持っていってもいい」
というルールがあるそうだ。
さらに「早く花がなくなったらその店は繁盛する」との言い伝えも。
そうだったのか……。知らなかった……。
とはいえ、おばちゃんたちが勝手に花を引っこ抜いて持っていく姿はなかなか衝撃的だった(「持って帰ってもいい?」と訊いてくれるおばちゃんもいたが、何も言わずに引き抜いていくおばちゃんもいた)。
勝手に持って帰ってきた花を飾って生活にうるおいがもたらされるのだろうかと疑問に思ったが、そういう風習なら仕方がないと、むしり取られてゆく花を呆然と見ていた。
なんて野蛮な風習の民族なのだろう。
わりと人通りの多い場所だったので、新しい店の入口を彩っていた数々の花たちは、開店から三十分もしないうちにすっかりなくなってしまった。
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