2022年2月16日水曜日

【読書感想文】早坂 隆『幻の甲子園 ~昭和十七年の夏 戦時下の球児たち~』

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幻の甲子園

昭和十七年の夏 戦時下の球児たち

早坂 隆

内容(e-honより)
昭和十七年夏の甲子園大会は、朝日主催から文部省主催に変更。さらに、戦意高揚のため特異な戦時ルールが適用され、「選手」としてではなく「選士」として出場することを余儀なくされた。そして、大会後は「兵士」として戦場へ向かった多くの球児たちの引き裂かれた青春の虚実を描くノンフィクション大作。

 高校野球選手権大会(いわゆる「夏の甲子園」)が昭和十六~二十年の間は「戦争のため中止」となっていたことは有名な話だ。
 だが、昭和十七年に朝日新聞社主催ではなく、文部省主催で甲子園で野球の大会がおこなわれたことはあまり知られていない。ぼくはいっとき高校野球の本や雑誌を買い集めていた高校野球フリークだったが、昭和十七年大会のことは知らなかった。高校野球選手権大会ではないため、公式の記録には残っていないのだ。

 昭和十六年大会は戦火拡大のため中止(選抜大会は開催)。翌十七年大会も中止となるかとおもわれたが、「大日本学徒体育振興大会」という名前の大会がおこなわれることになり、その中の一種目として甲子園球場で野球大会が開催されることになったのだ。

 戦前からの中等野球、戦後の高校野球という長い歴史の中で、この昭和十七年の大会だけが「国」による主催である。正式名称は、本来、名乗るべき「第二十八回大会」ではなく、「第一回全国中等学校体育大会野球大会」と銘打たれた。朝日新聞社の記録は今も「昭和十六~二十年 戦争で中止」となっている。
 昭和十七年の大会が「幻の甲子園」と呼ばれる所以である。




 戦時下、さらには国の主催ということでそれまでの選手権大会とは異なる部分もあったという。

 大会前には、主催者側から「選士注意事項」なる書類が各校に配られた。それによると、打者は投手の投球をよけてはならない」とある。「突撃精神に反することはいけない」ということであった。
 さらに、選手交代も認められないとされた。ルールとして違反者への罰則規定があるわけではなかったが、先発メンバー同士が相互に守備位置を入れ替わることは認められても、ベンチの控え選手と交代することは、原則として禁ずるという制約であった。例外として、立つことができないほどの怪我をした場合は認められるが、そうでない限り、選手交代は禁止だというのである。「選手は最後まで死力を尽くして戦え」ということであった。このような規則はもちろん、従来の大会には存在しなかった「新ルール」である。

 戦時中ならではのルールだ。死力を尽くして戦え。

 この交代禁止ルールのせいで、二回戦の仙台一中ー広島商では両チームあわせて四十四の四死球、十対二十八というひどい試合になっている。気の毒に。投げている方も、守っている方も、観ている方もうんざりだっただろう。誰も得しない。

 さらに準決勝の第二試合が雨天中止になったせいで(死力尽くさないとあかんのに雨降ったら試合やめるんかい)、翌日の午前中に準決勝の再試合、勝ったチームがその日の午後に決勝戦というむちゃくちゃな日程になっている。片方だけダブルヘッダー、しかもそのチームのエースは肩を負傷したまま投げている。

 こんな無謀なことやってるんだもん、そりゃ戦争にも負けるわ。

 また、ユニフォームの英語表記なども禁止されたという。

 ちなみに、「戦時中は『ストライク』は『よし』、『ボール』は『だめ』と言いかえた」という話が教科書にも載っているのでよく知られているが、あれは職業野球(プロ野球)の話で、この昭和十七年大会ではふつうにストライク、ボールといった言葉を使っていたそうだ。




  戦争中なので、当然ながら選手たちもその周囲の人たちも野球に専念できたわけではない。

 昭和十七年、エースの離脱という危機に直面しながらも、福岡工業は地方予選を勝ち進んだ。しかし、大事な地区予選の決勝戦の前には、さらなる衝撃がチームを襲った。監督の中島のもとに、召集令状が届いたのである。
「決勝戦の時、監督は頭を丸刈りにして、大きな鞄を持ってベンチ入りしていました。決勝戦を見届けてから、そのまま入隊の準備のために故郷に帰るということでした」

 このため福岡工業は、大会本番では監督不在で戦うことになったそうだ。容赦ない。

 また、甲子園球場に来ていた観客が場内放送で徴兵されたことを告げられ、周囲の観客が拍手で見送るシーンがあったこともこの本で書かれている。




 高校野球ファンなら、戦前の甲子園には満州や朝鮮や台湾からも代表校が参加していたことを知っているだろう。
 幻の十七年大会にも台湾代表が出場していた。台湾代表・台北工。 彼らは台湾大会を勝ち抜いたが、甲子園大会に出場するかどうか、つまり本土に行くかどうかでひと悶着あったという。

 昭和十七年、東シナ海や台湾海峡、沖縄近海といった水域には、すでに米軍の潜水艦が出没している。「内台航路」も、紛れもない戦場と言えた。
 米軍は軍艦だけでなく、民間の船でも容赦なく攻撃していた。そういった状況を受けて、学校側からは、
「出場を取りやめた方がいいのではないか」
という声が上がった。校長の二瓶醇も、生徒たちから犠牲者を出すわけにはいかず、躊躇せざるを得なかった。しかし、野球部としては、容易に呑める話ではない。
「死んでも本望だ」
 部員たちは口々にそう話し合ったという。
 そこで学校側は、甲子園メンバーの十四名に対し「親の承諾書」の提出を求めることにした。万が一の時の責任の所在を、学校側から各家族へと転嫁させるためであった。学校側としても、生徒たちの思いを実現させたいという気持ちは十分にあり、そんな中で下したギリギリの判断だったと言える。

 大げさでもなんでもなく、まさに命がけの参加だ。

 しかし、「死んでも本望だ」という言葉にはむなしさを感じてしまう。もちろん選手たちは本心からそうおもっていたのだろう。死ぬ危険があっても甲子園に行きたい、と。

 2020年の選手権大会もコロナ禍のため中止になったが、あのときの選手だってほぼ全員が「感染したとしてもやりたい」とおもっただろう。

 部外者からすると「命のほうが大事だろ」とおもうけど、十代の若者からしたら「全人生を投げうってでも出場したい」なんだろう。どちらが正しいとはいえない。

 ただ、「甲子園に出られるなら死んでも本望だ」も、「特攻隊で命を捨てる」も、その気持ちはほとんど変わらないようにおもう。

 若者が「死んでも本望だ」という気持ちを持つのはしかたないが、やっぱり全力で止めるのが周囲の大人の責務じゃないかとおもう。どれだけ恨まれても。

 この本には「親の承諾書」の提出を拒んだ父親がひとりだけいたことが書かれているが、その父親こそほんとに思慮深くて勇気のある人だとおもう(まあその人も周囲に説得されて結局承諾書にサインしてしまうんだけど)。




 この本には「幻の甲子園」の後の選手たちの人生も書かれている。その後の運命はばらばらだ。出征して命を落とした人、シベリア抑留された人、無事に生還してプロ野球選手になった人。出征したおかげで命を落とした人もいれば、出征したおかげで被爆を免れた広島商の選手も出てくる。

 彼らの命運を分けたのは、才能でも努力でも意志でもない。運、それだけだ。誕生日が数日遅かった、徴兵検査のときに野球ファンだった人が便宜を図ってくれた。そんな些細なことで命を救われている。


 まさに死と隣り合わせ。そんな時代だったにもかかわらず、いや、そんな時代だったからこそ、人々は野球に打ちこんでいた。いつ死ぬかわからない。死を回避する方法などない。そういう時代にこそ娯楽は必要なのだろう。選手だけでなく観客にとっても。

 戦争と比べられるようなものではないが、コロナ禍の今の状況も当時と似ている部分がある。誰が感染するかわからない、もはや努力だけでは防ぎきれない、感染対策を理由に様々な娯楽イベントが中止になっている。

 子どもたちを観ていると、気の毒になあとおもう。
 うちの長女は小学校に入ったときからコロナ禍だったので、各種イベントは中止または縮小があたりまえ。友人宅との行き来もない。こないだ、『ちびまる子ちゃん』の家庭訪問のエピソードを観て「家庭訪問なんかあるんや」とつぶやいていた。存在すら知らないのだ。

 知らなければまだいいが、中高生や大学生はかわいそうだ。数々の楽しいイベントが中止。

 学校は勉強をする場だが、勉強だけする場ではない。命を守るのは重要だが、それと同じくらい楽しいことも大事だとおもう。

 今は「学生は我慢を強いられるのもしかたない、経済活動はストップさせるな」になっているが、本当は逆にすべきじゃないかね。「命の危険があっても遊びたい」人はいっぱいいても、「命の危険があっても仕事をしたい」人はそんなに多くないんだから。




 いい本だったけど、個人的にいらないとおもったのは試合展開の詳細。

 選手交代ができないせいでこんなプレーが生まれた、みたいな「戦時中の大会ならでは」のエピソードはおもしろいんだけど、何回にどっちの高校が送りバントで二塁までランナーを進めるも無得点に終わった、なんていう八十年前の野球の試合の内容はどうでもいいです。試合内容自体は戦時中だろうと平和な時代だろうとあんまり変わらないからね。

 「戦時中におこなわれた幻の甲子園の舞台裏」というコンセプトはすごくおもしろかったし、丁寧な取材をしていることも伝わってくるんだけどね。


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