サザエさんうちあけ話
長谷川 町子
『サザエさん』を知らない人はまずいないだろうが、若い人で原作を読んだことのある人はそう多くないだろう。『サザエさん』が朝日新聞に連載されていたのは1974年まで。連載終了してから五十年もアニメが放映されているってすごいなあ。
ぼくは実家に『サザエさん』が全巻あったので読んだことがあるが、はっきり言って漫画の『サザエさん』とテレビアニメの『サザエさん』は登場人物の名前が同じなだけの、まったくべつの作品だ。
過激なギャグや痛切な政治批判などがちりばめられ、アニメで描かれるような「一家団欒」シーンなどはほとんど登場しない。もちろん日常のほほえましい笑いもあるが、基本的には「異常な一家がもたらすギャグ漫画」だ。なぜか今では「典型的な昭和の家族」みたいなまったく逆の扱いになっているが。
時代が変われば記憶は改変される。もしかしたらあと何十年かしたら「『こち亀』は平成時代の典型的な交番を描いている」なんて修正された歴史がまかりとおっているかもしれない。
『サザエさんうちあけ話』は1979年に刊行されたコミックエッセイ(ぼくが読んだのは再販版だが)。
長谷川町子氏およびその家族の生活をつづった自伝的漫画だ。どっちかというと自分の話よりも母親や姉妹の話のほうが多い。
コミックエッセイは2000年代ぐらいに大流行したが、その先駆けのような作品だ。
読んでつくづく感じるのは、漫画家・長谷川町子誕生の背景にはお母さんの存在が大きかったということ。
長谷川町子さんを半ば強引に田河水泡(『のらくろ』の作者で当時の国民的漫画家)に弟子入りさせたり、町子さんのお姉さんを洋画の大家に弟子入れさせたり。
こうと決めたら他人の人生をも強引に牽引してしまう豪傑だったらしい。
夫を早くに亡くして三人の娘を育てないといけないわけだからパワフルな女性でないと生きていけなかったのだろう。シングルマザーに対する風当たりも今より強かっただろうし。とにかくたくましい。
東京に行くために家や家財道具を売って金をつくったのに「これで『サザエさん』を出版なさい」とその金をポンと出したとか、敬虔なクリスチャンだったため貯金せずに喜捨していたとか、出てくるエピソードがとにかく豪快。
将来のため、人のためであればお金をじゃんじゃん使う。あればあるだけ使う。江戸っ子気質だ。
しかし自費出版で出したおかげで『サザエさん』が人気になったわけで、このお母さんの豪気がなければ今頃日曜の夕方に『サザエさん』はやっていなかったにちがいない。
そしてその男気は三姉妹にも確実に受け継がれている。
町子氏は生涯独身。姉は戦中に結婚するも夫は戦死。妹も夫を亡くし、母親、姉妹三人、姪たちという女ばかりの家族で暮らしていたという。
三姉妹で子育てをしていたが「お宅は母親が三人ではなく父親が三人いるようだ」と言われた、というエピソードが語られる。こんな境遇でみんな自営業で働いていたら強くなるわなあ。『フルハウス』(男三人で女の子たちを育てるアメリカのコメディドラマ)みたいな家庭だったんだろうなあ。
戦中戦後を女四人で(お母さんと三姉妹)生きてきたのだから、相当な苦労があったはず。
この漫画に描かれるエピソードも疎開して食うために菜園をやっていたとか、スパイ容疑で逮捕されたとか、焼夷弾が自宅に落ちたとか、敗戦直後の夜中にアメリカ兵が自宅を訪れてきて生きた心地がしなかったとか(なにしろ鬼畜米英と言われていた時代だ)、強烈なエピソードだらけ。しかしそれをおもしろおかしく描いているが見事。ユーモアセンスのある人が語ればどんなことでも笑い話になるのだと改めておもう。
長谷川町子さんのすごいのは、こういう経験をしているのに作品に〝思想〟が表れていないこと。『サザエさん』も『サザエさんうちあけ話』も、風刺や皮肉はあっても特定の思想はまったくといっていいほど見られない。おもうところはいろいろあっただろうに、新聞連載だから自分の色を出さなかったのだろう。
社会や政治に深い洞察を持っている人もすごいけど、それを一切出さない表現者というのもすごい。
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