2021年8月19日木曜日

親孝行代行サービス

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 ぼくのふるい友人に、社交性のかたまりみたいなSという男がいる。

 誰とでもすぐに打ちとける。特に年上にかわいがられる。子どもの頃からそうだ。どの家に行っても、そこのお母さんから「Sちゃん、Sちゃん」とかわいがられる。
 ぼくの両親もSのことが大好きだ。母親から「そういやこないだSちゃんが遊びにきたよ」と言われることがある。ぼくがいないのに、ぼくの実家に行くのだ。そしてちゃっかり昼飯をごちそうになったりする。
 また、Sとぼくの父親とでゴルフに行ったこともあるらしい。ぼくは後から聞かされた(ぼくはゴルフをやらないので誘いもされなかった)。ぼくの代わりに親孝行をしてくれているのだ。
 すごい。ぼくにはぜったいできない芸当だ。

 懐に入るのが天才的にうまいのだが、だからといってなれなれしいわけではない。ちゃんと節度ある付き合いを心得ている。親しくはなるが、入ってはいけない領域まで立ち入らない。
「ここまでは踏みこんでいい」というギリギリまで入っていくのだ。だから付き合いは広いのに嫌われない。


 高校生のときのこと。
 ぼくの家に遊びにきたSは「腹へったー」と言いながら台所に入った。母親は不在だった。Sは冷蔵庫にあった卵を使って玉子焼きを作って食べた。
 そしてSはフライパンや食器をきれいに洗い、乾かしてから元あった場所にきちんと直した。
 その日の夜、母親は冷蔵庫を開けて首をかしげた。「あれ? あんた卵食べた?」とぼくに訊く。ぼくはSが卵を使ったことを知っているが、そしらぬ顔で「食べてない」と答えた。嘘はついてない。食べたのはぼくじゃない。
 母が「あれ。まだあったとおもったけどなー。ボケたかな」と首をひねっているので、ぼくは種明かしをした。「Sが玉子焼き作って食べたで」と。母は「さすがSちゃんやなー」と笑った。「洗い物まできれいにしてくれるなんてさすがやわ」と逆に称賛している。いやいや盗み食いされたんやで。

 この大胆さ。おそろしい。
 ちゃんと「このおばちゃんなら勝手に冷蔵庫の卵を使っても怒らない。むしろ笑ってくれる」ことを見抜いて、そのギリギリを攻めるのだ。
 そしてなによりぼくが脱帽するのは、Sが使った卵が「冷蔵庫にあった最後の一個」だということだ。
 十個あるうちの一個を使うのならまだわかる(それでも相当大胆だけど)。だがSは「よその家の最後の一個」にチャレンジするのだ。なんちゅう豪胆。


 明るく社交的で顔も悪くないので、Sはモテる。
 女好きだし女性に対してもどんどん懐に入りこむので、女友だちもたくさんいる。

 世渡りがいいやつとか女にもてるやつは反感を買いがちだけど、Sぐらいずば抜けた社交性だともうそれすらも超越してしまう。自分と次元が違いすぎて嫉妬すら感じない。




 そんなSも結婚して息子が生まれた。
 こないだSが三歳になった息子を連れてうちの実家に遊びにきた。
 Sジュニアは、はじめて来る家であるにもかかわらずずかずかと中に上がりこむ。あっという間に台所にまで入りこんであちこち物色している。
「台所はあぶないよ」と言われても、しょげるどころかにこっと笑う。子どもの満面の笑顔を見せられると許すしかない。
 さらにぼくの娘と姪(どちらも小学生)を気に入り、「おねえさーん!」と言いながら後を追いかける。

 たいていの子どもは人見知りをするものだが、Sジュニアはまったくの逆。知らない人がいるときのほうが上機嫌なのだという。

 あまり血統主義的なことはいいたくないが、Sジュニアの人たらしっぷりを見ていると「血は争えんなあ」とおもうばかり。
 こういうのって教えてどうこうなるもんじゃないもんね。


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