世界「倒産」図鑑
波乱万丈25社でわかる失敗の理由
荒木 博行
仕事で弁護士とつきあっている。その人は法人破産の案件を担当しているのだが、「もうどうしようもなくなってから駆けこんでくるんだよね」と語っていた。
金もなくなり、信用もなくなり、人も離れ、万策尽きてから弁護士に相談に来るのだという。
そうなると弁護士としてはどうすることもできない。破産しかないが、弁護士としてはそのサポートすらできない。なぜなら弁護士費用を一切払えないから(破産したら無一文になるから弁護士費用は前金でもらうしかない。だがその数十万円すら払えない)。
「あと半年早く相談してくれたら、負債を整理するなり、経営者個人の財産だけは守るなり、打てる手があったのに……」
というケースが多いそうだ。
傍から見ていると「もっとなんとかできる方法はいっぱいあったのに」とおもうけど、渦中にいる人間にとってはどうすることもできない。
それが倒産だ。
『世界「倒産」図鑑』は、そごうやNOVAといった比較的最近倒産した日本の企業から、ゼネラルモーターズ、コダックといった海外の老舗企業まで、25社の倒産に至った経緯とそこから導きだされる教訓をまとめた本。
25社の紹介ということで、それぞれの説明はあっさり。
倒産に至るまでには様々な要因があったのだろうが、ひとつかふたつぐらいの要点にまとめて説明している。
これがおもしろい。
正直に言おう。
下世話な楽しさだ。
うまくいって調子こいてた企業が、調子に乗りすぎたためにみるみるうちに転落してゆく。こんなおもしろいことはない。うひゃひゃひゃひゃ。この手の話、みんな大好きでしょ?
著者のまえがきには「決して興味本位でおもしろがるわけじゃなく、過去の失敗例から教訓を導きだして二の轍を踏まないように気を付けてもらうためにこの本を書いた」とあるが、そんなものは建前にすぎない。
成功者の没落が見たいんだよ、みんな。
たとえばそごう。1830年創業、戦後に次々新店舗を開業して勢力を急拡大したものの、その急成長戦略がバブル崩壊で裏目に出て2000年に民事再生法を申請した。
「地価」を担保にどんどん支店を作り、そのおかげで上がった「地価」を元にさらなる出店……というサイクルをくりかえしてきたため、地価が下がるとすべてがシナリオ通りにいかなくなる。
今の我々から見ると「そんな無茶な」と言いたくなるようなシナリオだけど、でも地価が上昇している局面ではそごうの戦略は正しかったんだよね。
バブル期までは大半の日本人が「土地の値段は上がりつづける」という認識を持っていたそうだし、たぶんそごうにはどうすることもできなかった。
仮に社長がタイムテレビで未来を見ることができて「地価の上昇が止まるだろうからここらでブレーキを踏もう」って言いだしたとしても、一度動きだしたサイクルはなかなか止められない。そごうの破綻は避けられないシナリオだったんじゃないだろうか。
もちろん「拡大サイクル」をやっていなければ破綻はなかっただろうけど、でもそうすると成功もなかっただろうしなあ。
フィルム写真で世界を席巻したもののデジタル化の波に乗り遅れて倒産したコダックについて。
いろんな倒産のケースを見ていると、たしかに倒産の近しい原因としては失敗や慢心や見通しの甘さや組織の機能不全があるのだけれど、それらがなかったらその企業たちは数十年先も業績好調だったかと言われれば首をかしげてしまう。
たとえばコダックは誰がトップに立っていたとしてもカメラのデジタル化で大打撃を受けたことはまちがいない。
富士フイルムのようにフィルムを捨てて化学工業メーカーとして生まれ変わった例もあるけど、そんなの例外中の例外で、まったく別の業種に乗りだして成功した例よりも失敗した例のほうが圧倒的に多い。
この本には
「うまくいっているときも慢心するな。今の技術や手法は必ず時代遅れになる」
「時代の先を読んで次の手を打ちつづけること」
「常に社内の風通しを良くして、でも決定はスピーディーに」
といった教訓が挙げられている。
それは正論ごもっともなんだけど、それらをすべて実践しつづけられる企業なんか世界中どこにもないでしょ。
AppleやAmazonやアルファベット(Google)だって、今はうまくいっているからその手法がもてはやされてるだけで、彼らのやっていることって強引かつ無茶なやり方だからいったん歯車が狂ったらだめになるのも速いはず。
企業たるもの、倒産するのがあたりまえなのだ。
「できるだけ長く健康に生きる方法」はあっても「不老不死になる方法」はないのと同じで、遅いか早いかの違いはあっても倒産は避けられないのが企業の運命だとおもうなあ。
いくつものケースを見ていて気付くのは、ブレイクスルーを果たすのはその業界のトップ企業ではないのだということ。
コダックがデジタルカメラを生みだせなかったように、トイザラスがオンラインでの販路を拡げられなかったように、トップ企業には業界の仕組みを変えることができない。なぜなら、業界の仕組みが変われば自社の優位性を捨てることになるから。
ネット通販よりもっと便利な販売方法ができて(それがどんなものか想像もつかないけど)「ネット通販なんてもう古いぜ!」となったとき、たぶんAmazonや楽天はそこに力を入れることができない。
今、書店が「地方から書店文化が消えていいんですか?」と消費者にとって何の利益ももたらさないわけのわからぬ理屈を並べながら消えていこうとしているように、Amazonや楽天もネット通販にしがみついて消えてゆくだろう。
車の自動運転技術を実用化するのは自動車メーカーではないはずだ(じっさいGoogleらが開発しているしね)。
オンライン時代の報道を牽引するのは新聞社やテレビ局ではない。
業界の人間には既存の仕組みを壊せないのだ。大手であればあるほど。
新聞社だって「紙の新聞をやめてオンラインに専念してはどうか」とはおもいついてたはずなんだよね。かなり早い段階で。
でも、それをするには、全国各地の販売店をつぶして、印刷所をつぶして、既存の広告枠を全部なくして、記者の数も減らさなければいけない。しがらみでがんじがらめになっている新聞社にはできない。
新聞社や書店だけでなく、銀行も自動車メーカーも電機メーカーもそうやってつぶれてゆく。
自らが生まれ変わることはできずに外からやってきた黒船に押しつぶされる。かつて自分たちがそうやって旧いビジネスを叩きつぶしてきたように。
そして。
企業だけでなく、国家も同じだとおもう。
有史以来、いろんな国が生まれては消えていった。同一の政治体制が五百年続いたことなんてほとんどない。百年続けば国家としては十分長命なほうだ。
あらゆる組織は、外圧以外では大きく変われない。そして大きな外圧を受けたらたいていはぶっ壊れる。
日本という国も、そのうち滅びる。
現在すでに「過去の成功にしがみついて時代の変化についていけない」という危険な局面に陥っているように見える。
明治維新で近代国家となった大日本帝国が太平洋戦争でこてんぱんにやられて国家システムが瓦解するまでが七十余年。
そして終戦から現在までが七十五年。
もしかすると「日本の倒産」もそろそろかもな……。
その他の読書感想文はこちら
0 件のコメント:
コメントを投稿