2020年3月13日金曜日

【読書感想文】オスとメスの利害は対立する / ジャレド=ダイアモンド『人間の性はなぜ奇妙に進化したのか』

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人間の性はなぜ奇妙に進化したのか

ジャレド=ダイアモンド(著)  長谷川 寿一(訳)

内容(e-honより)
人間は隠れてセックスを楽しみ、排卵は隠蔽され、一夫一婦制である―ヒトの性は動物と比べてじつは奇妙である。性のあり方はその社会のあり方を決定づけている。ハーレムをつくるゴリラや夫婦で子育てをする水鳥、乳汁を分泌するオスのヤギやコウモリなど動物の性の“常識”と対比させながら、人間の奇妙なセクシャリティの進化を解き明かす。

原題は『Why is Sex Fun?』で直訳すると『セックスはなぜ楽しいか』なのだが(和訳版元々はこの題で出ている)、なぜか文庫化の際に『人間の性はなぜ奇妙に進化したのか』となんとも野暮ったいタイトルに改題している。

まあ原題だと学術書だということが伝わりにくいし大学の講義で扱いにくいので改題はいたしかたないのだけど……。
にしても『人間の性はなぜ奇妙に進化したのか』はちょっとつまんなすぎるなあ。



だれもが知っているように、人間は動物だ。哺乳類だ。
ところが人間は他の哺乳類、動物とはいろんな面で性行動が異なる。例外だらけなのだ。
 また一般的に社会生活をする哺乳動物は、群れのメンバーの見ている前で交尾を行なう。たとえば発情したメスのバーバリーマカクは群れのあらゆるオスと交尾を行なうが、他のオスに見られないように隠れたりはしない。こうしたおおっぴらな繁殖行動が多いなか、例外として最もよく知られているのはチンパンジーの性行動だ。大人のオスと発情したメスは群れを離れ、二匹だけで数日間を過ごす。研究者たちはこの行動を「コンソート行動」または「ハネムーン行動」と呼んでいる。ところが配偶者とコンソート関係を結び二匹だけで交尾を行なったメスが、同じ発情サイクル[通常一〇~一四日間つづく]のあいだに別のオスたちと、今度は群れのメンバーのいる前で交尾を行なうこともあるのだ。
 ほとんどの哺乳動物のメスはさまざまな目立つシグナルを発し、いまが繁殖サイクルのなかで受精可能な短い排卵時期であることをまわりに宣伝する。そのような宣伝のシグナルには、性器のまわりが鮮やかに赤くなるなど視覚的なものもあれば、強烈な匂いを発するなど嗅覚に訴えるものもある。また、鳴き声を上げるといった聴覚的なものや、大人のオスの前にかがみこみ、性器を見せるなど行動的なシグナルもある。メスが交尾を誘うのは受精の可能性のある数日だけで、それ以外の時期にはオスを刺激する性的シグナルを出きない。そのためオスのほうも普段はメスにまったく、あるいはほとんど性的な関心を示さない。それでもオスが性的関心から寄ってきた場合、メスはどんなオスであれ拒絶する。つまり動物にとって交尾は決して楽しむためのものではなく、繁殖という機能から切り離されることはほとんどないのだ。だがこの一般論にもやはり例外がある。ボノボ(ピグミーチンパンジー)やイルカなど少数の動物種は、明らかに繁殖以外のために交尾を行なうのである。
 最後に、大多数の野生哺乳動物にとって、閉経は正常な現象ではない。閉経とは、老年期に繁殖機能が完全に停止してしまうことで、それ以前の繁殖可能な期間にくらべるとはるかに短いにせよ、以後かなりのあいだ不妊の状態がつづく現象をさす。一方、野生動物の場合は、死ぬ瞬間まで受胎可能か、加齢とともに少しずつ繁殖能力が衰えるかのどちらかである。
人間だけが交尾を他の個体から隠れておこなう、人間だけが排卵時期以外でも交尾する、人間だけが閉経する(生殖機能がなくなってからも生き続ける)……。
(いくつかの例外はあるにせよ)ヒトだけが持つ特徴がいくつもある。

どれも、生物として一見不利になることばかりだ。
チャンスがあればどんどん交尾をしたほうが遺伝子を残せるし、受精のチャンスがないときにまで交尾をするのはエネルギーの無駄だ。閉経してしまったら子どもを産めないのだから死ぬ直前まで受胎できるほうがいい……。
いわれてみればそのとおりだ。

この人間の奇妙な習性の謎を解くのが『人間の性はなぜ奇妙に進化したのか』だ。
うん、わかりやすくていいタイトルだな(さっきと言ってることがちがうぞ)。



これら「人間の奇妙な性」が進化した理由を、ひとつひとつわかりやすく説明してくれる。さすがはジャレド=ダイアモンド。
ところでジャレド=ダイアモンドって『銃・病原菌・鉄』とか『危機と人類』が有名だから「へえ、文化人類学以外の本も書くのか」なんておもってたけど、本業が進化生物学者なんだってね。こっちが専門だったのかー。


たとえば閉経について。
閉経をするのは、高齢になってからは自らが出産するより子どもや孫の世話をするほうが結果的に子孫繁栄につながる確率が高いからなんだそうだ。
文字が発達していない社会では、おばあちゃんは若い人より知識も経験もあって仕事ができるから、おばあちゃんがいるほうが孫が生存しやすいんだと。

なるほどね。ヒト以外の動物だと知識や経験を伝達できないから、閉経後に長生きする理由がないけど、ヒトには言語があるから「おばあちゃんの知恵袋」が生存率を高めてくれたのだ。
しかしそれは文字が発達する以前の話であって、近代においてはおばあちゃんは若い人より有用な知識や仕事効率の上で劣っていることのほうが多いはず。
もしかするとあと何万年かしたら人間の女性は閉経しなくなるか、閉経と同時に寿命が尽きるように進化していくのかもしれないなあ。

現代は、高年齢女性が「なんのために生きるか」を見いだしにくい時代なんだろうな。
もちろん人間は子孫を残すためだけに生きてるわけじゃないけどさ。でもどれだけえらそうなことを言ってもぼくらは遺伝子の乗り物だから、遺伝子を運ぶ役に立てなくなったまま生きていくのはつらいはず。
更年期障害のつらさってそういうところから来ているのかもしれないね。



男と女の永遠のテーマ、結婚と浮気について。
 だれもがよく知っているように、男性と女性では婚外性交にたいして異なった態度をとるが、その生物学的基礎も子育てから得る遺伝的価値に性差があることに根差している。伝統的な人間社会では、子供には父親の世話が不可欠だったので、男性は既婚の女性と婚外性交し、その夫が、他人の子とは知らずに生まれた子供を育ててくれた場合に最も大きな利益を得た。男性と既婚女性が浮気をすることで、男性は子の数を増やせるが、女性は増やせない。この決定的な違いから男性と女性が婚外性交に走る動機も異なってくる。全世界のさまざまな社会を対象に行なわれた社会調査によると、男性は女性にくらべて、偶発的なセックスや短期間の肉体関係など、バラエティーに富んだ性行動にたいしてより強い興味を抱いていることがわかった。男性がそのような行動傾向を示すのももっともなことである。女性とは異なり、男性はこうした行動傾向を通じて、遺伝的成功を最大化できるからである。一方、女性が婚外性交にかかわる動機は、結婚生活に満足がいかないからという自己報告が多い。夫に不満な女性は新たな長期的関係を求める傾向があり、再婚を求めたり、現在の夫よりも財力のある男性や、よい遺伝子をもつ男性と長期的な婚外関係を求めたりするのである。
男と女は子を産むためのパートナーでありながら、その利害は必ずしも一致しない。ときには対立する。

男も女も、遺伝子を残すためだけでいえば「子どもをつくって世話はパートナーに押しつけて自分はさっさと浮気する」が最適解になる。
ところが妊娠・出産までに投じたコストが男と女ではまるでちがう。だから子どもの押し付けあいになればどうしたって女が不利になる(親権問題というと両者とも引き取りたがることが多いが、遺伝子の保存の観点でいえば押しつけるほうがいい)。
こういう事情があるから、男と女では結婚や浮気に対する最適な戦略が異なる。当然の話だ。人間だけでなく、有性生殖をする動物ならみんなそうだ。

なのに人間だけが「夫婦で同じ価値観を」という無茶を求めるから話がややこしくなる。


高校生のとき、家庭科のテストで「なぜ結婚してパートナー関係を結ぶのがよいか説明しなさい」という問いが出された。
ぼくは「今の日本では慣例的に一夫一妻制を布いているがそれが最良の選択肢ではない。種の保存や多様化のためには婚外交渉を積極的におこなうほうがよい」みたいなことを書いた。
そしたらおばちゃん教師から怒りのこもったコメントを書かれた。なんと書いてあったかは忘れたが、理屈ではなく「こんなものダメに決まってるでしょ! ダメだからダメ!」みたいな論調だった。

でもぼくが書いたことはまちがってなかったのだとこれを読んで改めておもう。
もちろん一夫一妻制にもメリットはあるが、それは普遍的に正しい制度ではなく、あくまで「近代の日本においては比較的マシ」程度だ。べつの制度のほうが良くなる時代がくるかもしれない。いや、もしかしたらもうすでに来ているかも。だって今、一夫一妻制の結果(それだけじゃないけど)人口構成がどんどんいびつな形になっているもん。

結婚して一対一の関係は結ぶけど、ときどきは浮気をする。そして浮気相手の子どもを作ることもある。浮気をするメリットは男のほうが大きいので、男が浮気をすることのほうが女よりも多い。
こっちのほうが生物として自然なことなのだ。

言っとくけどぼくは婚外恋愛を推奨してるわけじゃないよ。あくまで生物として自然という話ね。
人間だから生物としての自然さより社会的規範を優先させるべきという考えもわかる。
だけどそれは種の繁栄の観点では最適な方法ではない。
だから「性交渉は慎重に。決まったパートナーとだけ。浮気なんてもってのほか。パートナーの子どもを産んで育てましょう」というルールを守れば守るほど人口が減っていくのも自然なことなのかもしれない。

そういやフランスはシングルマザーへの保護を手厚くしたら少子化が少しだけ解消されたという話を聞いたことがあるなあ。
日本も本気で少子化対策をするなら、そろそろ「伝統的な家族観」という虚像を捨てさったほうがいいのかもしれない。ほどほどに浮気をして外に子どもを作る、こそが本当に伝統的な家族観なのだし。



なぜ授乳をするのがメスなのか、という話。
あたりまえでしょ、と言いたくなるかもしれないが出産はともかく授乳は必ずしもメスがやる必要がない(出産についてはメスの仕事というより、出産する側の性をメスと呼ぶという定義そのものの話だ)。

いくつかの動物ではメスではなくオスが子育てをする。だったらオスが授乳できたほうが都合がいい。
じっさい、乳を分泌できる人間の男も存在するそうだ。
 このように、ヒトがダヤクオオコウモリにつづくオスの乳汁分泌の第一候補となる条件はずらりと揃っている。実際にヒトの男性が自然淘汰を通して完全に乳汁分泌をするようになるには数百万年がかかるだろうが、われわれにはテクノロジーという強い味方があり、進化のプロセスを一気に縮めることができる。手による乳頭の刺激とホルモン注射を組み合わせれば、出産を待つ父親――彼の親としての確実性はDNA鑑定によって裏づけられている――の乳を出す潜在能力は、遺伝的な変化を待たずとも、すぐに発達するだろう。オスの乳汁分泌に秘められた利点は測りしれないほどある。それが可能になれば、いまは女性にしかもてない親子の感情的な絆が、父親にも得られるようになるだろう。実際、多くの男性が、授乳によってもたらされる母子の特殊な結びつきを羨ましく思っている。授乳が伝統的に女性の特権であることで、男性は疎外感を感じているのだ。
感じたよ、ぼくも。疎外感。

なるべく子育てに関わりたいとおもっていても、授乳だけはぜったいに代われない。
赤ちゃんって夜中に泣くから、そのたびに母乳をあげて眠らせる(粉ミルクでもいいけど、熱湯で溶かして、冷めるまで待って、飲みおわったら煮沸消毒して……って夜中にやんなきゃいけないの超めんどくさいんだよね)。
そうすると子どもは母親といっしょに寝ることになる。「今日はぼくが代わるよ」ってわけにはいかない。

長女が小さいときは、ぼくとお風呂に入って、ぼくと本を読んでも、寝るときになったら妻の布団に行ってしまう。
目を覚ましておかあさんがいなければ、いくらぼくがあやしても泣きやまない。妻がおっぱいを口にふくませるとぴたっと泣きやむ。
そのたびに「おっぱい、ずるい!」とおもったものだ。

ふたりめのときは「妻が次女にかかりっきりになるので、ぼくが長女の相手をする」と自然と役割分担できたのでよかったけど、ひとりめのときは疎外感を味わったなあ……。

だったら「安くてかんたんで安全で痛みのない手術を受けるだけで男性でも母乳を出せるようになりますよ!」となったら喜んで手を挙げるかというと、
「いや、それはもうちょっと考えてから……。世の父親の二割ぐらいが手術受けるようになったら、かな……」
と情けない返事をしてしまうんだろうけど。

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