2018年2月21日水曜日

【読書感想】桂 米朝『上方落語 桂米朝コレクション〈二〉 奇想天外』

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『上方落語 桂米朝コレクション〈二〉
奇想天外』

桂 米朝

内容(e-honより)
人間国宝・桂米朝演じる上方落語の世界。落語の原型は上方にあり。江戸の洒脱な落語とは違う上方の強烈な雰囲気を堪能していただく。第二巻「奇想天外」は、シュールな落語大全集。突拍子もない発想の、話芸だからこそ描ける世界。

この本の素晴らしいのは、落語の噺の文字起こしを載せているだけでなく、米朝さんの解説がついているところ。
埋もれかけていた噺をどうやって掘り起こしたかとか、時代とともにどんな変化を遂げたかとか、演じるときにどういった点に気を付けなければならないかとか、研究書として読んでもおもしろい。

米朝さんの解説は中国の故事を引いてきたり、浄瑠璃や歌舞伎の話がさらっとでてきたり、つくづく教養のある人だ。


地獄八景亡者戯(じごくばっけいもうじゃのたわむれ)


演じると一時間を超える大作落語。
数十人の登場人物が入れかわり立ちかわりするのをたった一人で演じきるという落語の真骨頂のような噺。荒唐無稽な中に妙なリアリティがあるばかばかしさもいい。

地獄の寄席についての会話。

甲「なるほど、なるほど、立花屋花橘、文団治、米団治、文枝、文三、ああ、円都、染丸、桂米朝……、もし、米朝という名前で死んだ噺家はおませんが、あらまだ生きてんのと違いますか」
〇「あんじょう見てみいな、肩のところに近日来演と書いたある」
甲「……ははあ、あれもうじき死によんねんな。可哀そうにいま時分何にも知らんとしゃべっとるやろなあ。ああ、こらいっぺん見に行かないけまへんなァ。こっちのほうも何か賑やかな商店街みたいなものがありますが、あれは何でんねん」

こんなふうに笑いどころも多い。時事ネタもふんだんに盛りこまれていて、古くて新しい噺。

手塚治虫に『日本発狂』という漫画があるけど、死後の世界をユーモラスに描いている点や、死後に死ぬと生き返る点など、『地獄八景亡者戯』と似たところが多い。手塚治虫は落語好きだったらしいから、ひょっとするとこの噺から着想を得たのかもしれない。


伊勢参宮神乃賑(煮売屋~七度狐)(いせさんぐうかみのにぎわい)


いわゆる「東の旅」に分類される旅ネタ。東の旅は全部で二十話ぐらいあるが、そのうちの『煮売屋』『七度狐』を中心に収録。

陽気な道中の様子から、狐に化かされる怪異譚、そして後半の怪談へと目まぐるしく展開していくので、長いが冗長さがなく、退屈しない噺だ。それぞれのエピソードがちゃんとした骨格を持っている。もっとも『七度狐』は当初の形からだいぶ削られたらしいけど。七回も騙されたらさすがに途中で気づくわな。

煮売屋とは、総菜屋 兼 居酒屋のような店らしい。出てくる"イカの木の芽和え"という料理がずいぶんおいしそう。当時にしたらずいぶんしゃれたもの食べてたんだな。


天狗裁き


女房が亭主が見ていた夢の内容を知りたがって喧嘩になり、その仲裁に入った男も夢の中身を知りたがって喧嘩になり、その仲裁に来た町役も……というくりかえしからなる噺。

緊迫感のある奉行所の場面を出したり、突然天狗が出てくるという意外な展開になったり、単調なくりかえしにならないようよく工夫されている。

最後の一言でひっくりかえる、シュールで鮮やかなサゲ。個人的に大好きな噺。
星新一の『おーい、でてこーい』という名作ショートショートに通ずるものがある。

物語の世界では"夢オチ"というのは禁じ手とされたり一段下に見られたりするけど、これは夢オチが鮮やかに決まるという稀有な例。


 小倉船


正式なタイトルは『龍宮界龍都(りゅうぐうかいたつのみやこ)』。これも旅ネタ。
上方落語の旅ネタには、伊勢参りや金毘羅参りだけでなく、地獄、天空、竜宮城へ行くというSFもある。あちこち行っていて、大長編ドラえもんみたいだ。

海中に落とした財布を拾うために巨大なフラスコに入って海に潜る、というなんとも奇想天外でばかばかしいストーリー(もちろん財布はとれない)。
どうやったらフラスコの中に入るという発想が出てくるんだ。詳細は語られないけどゴム栓するんだろうな。ぜったい沈まないだろう。

落語って本題よりも枝葉末節のほうがおもしろいことが多いけど、これなんかその典型。海に潜ってからは笑いどころも少ないし、特に「酒代(さかて)に高(たこ)つくわ」のサゲは、「猩々という海中に棲む空想上の生物がいて大酒飲み」「船頭に渡すチップのことを酒代(さかて)という」の二つを知らないとさっぱり意味がわからないので、今解説なしでこのサゲを理解できる人はまずいないだろう。
中盤のなぞなぞのくだりはわかりやすく笑えるけどね。



骨つり


滅びていたものを米朝さんが復活させた噺。江戸落語にも移植され『野ざらし』の題で語られる。

しゃれこうべを釣りあげてしまった男が供養してやったところ美しい女が恩返しにくる。それを知った隣の男が骨を探しにいき、やっと見つけたしゃれこうべを供養するが石川五右衛門が現れて……というストーリー。
『花咲かじいさん』『こぶとりじいさん』『金の斧』など昔話によく見られる、「いい目にあった人の真似をした欲張りがひどい目に遭う」という類型の物語。

笑いどころの多い前半、怪談めいた中盤、目論見がはずれる終盤と、起承転結が整っている。

「ああ、それで釜割りに来たか」という、石川五右衛門の「釜茹で」と男色の「釜割り」をかけたとサゲは、今ならポリティカルコレクト的に危なそう。でもこういうのはちゃんと残しといてほしいな。



こぶ弁慶


これも「東の旅」シリーズのひとつ。
陽気な旅の道中が語られ、酒の席でのばか話になり(このくだりは『饅頭こわい』の前半とほぼ一緒)、土を喰うのが好きな男が現れ、土を食った男の肩にこぶが現れて弁慶の頭となり、騒動に巻き込まれるというあわただしい展開。

中盤までの主役がいつの間にかいなくなり、後半はまったくべつのお話として展開する。落語にはよくあるけど、慣れていないと混乱するよね。

手塚治虫の『ブラックジャック』に『人面瘡』という話がある。顔に別人の顔が出てきて勝手にしゃべりだす、手術でとってもまたすぐ出てくる、憑りつかれた男はついに発狂して死んでしまうという内容だ。小学生のとき読んだけど、めちゃくちゃ怖かった。しばらくこの話が収録されている単行本5巻だけは手にとれなかったぐらい。

人面瘡は昔からよくおどろおどろしい怪談として語られるモチーフなんだけど、そんな人面瘡ですら軽く笑いとばしてしまうのが落語のすごさだ。



質屋蔵


質屋の蔵に幽霊が出るという噂が立ったため、怖がりな番頭さんと熊さんがおびえながら寝ずの番をすることになる――という噺。

前半、延々と一人語りが続くシーンがある。落語自体が一人語りの芸なんだけど、その中で登場人物が声色を使い分けて延々と一人語りをする。いってみれば「落語の登場人物が落語をする」みたいな感じ。
米朝さんの『質屋蔵』を聴いたときは違和感をおぼえなかったけど、これを自然に演じるのは難しいだろうなあ。

終盤までリアリティのある話運びだったので、終盤でいきなり着物が相撲をとりだすという急転直下の展開。

菅原道真の掛け軸が「どうやらまた、流されそうなわい」というサゲだが、これまた「菅原道真が大宰府に流された」ということと「質に預けたものが返されないことを質流れという」ことを知らないとぴんとこないから、そのうち別のサゲになりそう。



皿屋敷


落語、とりわけ上方落語には「なんでもかんでもおもしろがる」という傾向がある。
眉をひそめるような事柄でも笑いとばしてしまう、というのは落語の最大の魅力かもしれない。

『皿屋敷』はその最たるもので、怪談話の代表格であるお菊さんをコミカルに描いている。
播州に住む男たちが皿屋敷に行き、「一枚、二枚……」を途中まで聞いて途中で帰ってくるという肝試しをするという噺。今でも大学生はよく幽霊の出るトンネルとかに行くし、昔からやってることは変わらんねえ。

姫路城に行ったときに城の敷地内に「お菊の井戸」なるものがあって「いくら播州とはいえ城内にあんのはおかしいだろ」と思ったが、やはりあれは後から作った井戸らしい。


犬の目


マッドサイエンティストもののSF噺。犬の目を人間に移植したら夜目が利くようになった――というなかなかブラックなお話。
手塚治虫『ブラックジャック』にも馬の脳を移植する話が……って手塚治虫の話ばっかりしてるな。

こないだ寄席で「戌年にちなんで犬が出てくる噺ばかりやります」というイベントがあったので行ったんだけど、そこで高座にかけられていた噺のひとつがこの『犬の目』だった。戌年にちなんで犬の目をくりぬく話かよ。ひでえ。

「眼球をくりぬいて洗う」「眼球が水につけすぎたせいでふやけてしまう」「ふやけた眼球は陰干しにして乾かす」「乾かしすぎたら塩水につけて戻す」という荒唐無稽なんだけど妙に説得力のある発想がおもしろい。
ぼくは花粉症だから今の季節は眼球をくりぬいて洗いたいぜ。


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