2022年3月29日火曜日

親孝行をしたくなるわけ

 月並みな話だけど、自分が親になって「親孝行しなきゃな」とおもうようになった。

 今できるいちばんの親孝行は孫の顔を見せること。
 なるべく、娘たちを連れて実家に帰ったりジジババと孫の食事会を開いたりしている(コロナでやりづらくなったけど)。


 ところで、「親孝行をしなきゃ」という心理はなぜ生じるのだろう。

 ぼくらが生きる目的は遺伝子を残すことだが、遺伝子を残すためであれば親に親切にしてもあまり意味がない。
 そのリソースを子育てに向けたほうがいい。自分の子や甥姪を大事にした方がいい(実兄・実姉の子の遺伝子は1/4が自分と同じだ)。

 しかし歳をとると親孝行をしたくなる。
 この心理はなんなんだろ。


 もちろん「親になってわかる、親の苦労」というのはある。

 でも、わかったところでもうどうしようもない。今さらぼくが孝行息子になったところで、さんざん苦労をかけた事実は変えられない。

 もっと早くに夜泣きをやめて、食べ物をわざとこぼすのをやめて、電車で大きな声で叫ぶのをやめて、家を出る前にどの服もいやだと言って泣きわめくのをやめて、自分の散らかした分だけでも自分で片付けて、学校に親が呼び出されるようなことをやめればよかったんだろうけど、もう遅い。全部やっちゃった。

 三十代のぼくはもう夜泣きをしないし、電車で大声で叫ばないし、食べ物はときどきこぼすけど自分で拾うし、部屋は汚いけどその汚さを甘受しているから親に掃除してもらうことはないし、職場で同僚とつかみあいの喧嘩をして親が呼び出されたことも今のところはない。
 だけどこれは親孝行じゃない。あたりまえのことだ。

 親の苦労を理解したところで、母の日や父の日に贈り物をしたところで、親の苦労はなかったことにならない。


「親孝行をしなきゃな」の背景にあるのは、罪悪感なのだろうか。

 さんざん迷惑をかけたうしろめたさがあるから、罪滅ぼしのために親孝行をしたくなるのだろうか。

 ちょっとは当たってるかもしれないけど、ちがう気もする。だったらもっと早く親孝行したくなりそうなものだ。子どもが生まれたこととは関係なく。


 うーん。

 子どもが生まれてから特に親孝行の意識が芽生えたということは、これは
「自分が将来親孝行されたいから、親孝行する」
じゃないだろうか。


 将来、子どもに見捨てられたくない。

 金銭的支援をしてほしいとか介護してほしいとまではおもわないけど、子や孫と良好な関係を築いていたい。何かあったときは助けあえる関係でいたい。死ぬときはできたら看取ってもらいたい。死んだ後もときどき思い出してもらいたい。

 だから、ぼくが親孝行をするのは、子どもに対して「親孝行のお手本」を見せているからだとおもう。
 我が子が将来親になったとき、おじいちゃん(つまりぼく)にはこう接するんだよ、という規範を示すために今、親孝行をしているのだ。

 そう、今ぼくは三十年後に〝親孝行〟を受け取るために、こつこつと〝親孝行貯金〟の積み立てをしているのだ。



2022年3月28日月曜日

【読書感想文】堤 未果『政府はもう嘘をつけない』 ~おもしろい話は要注意~

政府はもう嘘をつけない

堤 未果

内容(e-honより)
パナマ文書のチラ見せで強欲マネーゲームは最終章へ。「大統領選」「憲法改正」「監視社会」「保育に介護に若者世代」。全てがビジネスにされる今、嘘を見破り未来を取り戻す秘策を気鋭の国際ジャーナリストが明かす。


 次々に明かされる「意外な真実」。おもしろい、たしかにおもしろい。だが……。

 ぼくの頭の中で警鐘が鳴り響く。おもしろすぎる話は要注意だぞ、と。

 そういう目で見ると、この人の話はかなりあやしい。いや、大筋は事実なんだとおもう。でも細かいところを調べていないのが伝わってくる。


 この本に書かれている話は、ほとんどが伝聞だ。おまけに出典があやしい話も多い。〇〇はこう語る、みたいなたったひとりの証言をさも事実かのように書いてたり。たったひとりの証言でもあればまだマシなほうで、匿名の人物のコメントをもって「この裏のカラクリはこうなっている」と断じていたりする。

 そりゃあ取材源を秘密にしなきゃいけない事情はあるのだろうが、裏をとっていない話をそのまま鵜呑みにはできない。

 複数の人に話を聴いたり、立場の異なる人の意見を紹介したりはしていない。だが、この本をおもしろくしている。

 知に対して謙虚な姿勢をとっている本はおもしろくない。
「こんな意見もあります。それとは反対にこんな意見もあります。また別の〇〇だという人もいます。未来は△△になるという人もいますがもちろん未来のことは誰にもわかりません」
 こんな本はぜんぜんおもしろくない。
 堤未果氏や橘玲氏のように「〇〇は□□だ! なぜなら△△がこう言っているからだ!」とすぱっと断じたほうが読んでいて明快でおもしろい。橋下徹氏のような人が相変わらずメディアでもてはやされているのも同じ理由だ。不正確なことでも言い切ってくれる人、誤りを検証するよりも次々に目新しい説を呈示してくれる人のほうがおもしろいからだ。


 ことわっておくが、ぼくは堤未果氏の姿勢を批判しているわけではない。論文ならまだしも、知識の浅い人たちが手に取る新書、おまけにページ数も限られている。だったら深い考察や丁寧な検証よりも、キャッチーな言葉や断言でまずは興味を持ってもらうほうがいいかもしれない。

 だからこの本に向き合う姿勢としては、眉に唾をつけながら「こんな意見もあるんだ。他の人はどう考えてるんだろう」と考えるきっかけにするのがちょうどいい。

 実際ぼくもこの本をきっかけにアイスランドが経済破綻から立ち直った経緯について興味を持った。

 ただ問題なのは、この本に書かれているのは伝聞が多いので参考文献が少ないこと。せっかく興味を持ってもここから深掘りしにくいんだよなあ……。

 



 この本に限らず、堤未果氏が伝えているメッセージは一貫している。

 金の流れを見ろ、だ。
 ほんとに悪いのは政治家や官僚や経営者なのか? その裏で糸を引いているのは? 99%の人の暮らしぶりが悪くなる政策が推し進められるのは誰のためか?

 政治を批判する人は多いが、投資家を批判する人は少ない。政治を本当に動かしているのは政治家ではなく、彼らに資金を提供している連中ではないのか?

 彼らはやがて、資本主義が正常に機能する条件である「競争原理」を免れるための、素晴らしい抜け穴を発見した。
〈フェアに競争するよりも、規制する側に気前よくカネをつぎこみ、「政治」という投資商品を買うほうが、はるかに楽で効率が良いではないか〉
 政治家への献金額と企業ロビイストの数を大幅に増やし、規制は弱め、企業利益を拡大する法律をどんどん成立させるのだ。たっぷり献金した候補者が当選した暁には、自社の幹部を政権の中に入れさせ、法案設計チームや政府の諮問会議の重要メンバーに押しこんでゆく。任期を終えた政治家は企業ロビイストとして、元政府高官は取締役などの幹部として、優良条件で自社に迎え入れればよい。

 これはアメリカの話だが、当然ながらアメリカに限った話ではない。もちろん日本も同じだ。いや、もっとひどいかもしれない。

 国会議員に金を渡していいなりにすれば、都合の良い法律を作れる。法律を作れるということは、ゲームのルールを好き勝手に操作できるということだ。ルールを好きに変えてもいいサッカーをやるようなものだ。負けるはずがない。

 リーマンショックが起きた連中も、無茶なローンを推し進めた銀行の面々は結局責任をとらなかった。「Too big to fail(大きすぎて潰せない)」という屁理屈で、責任をとるどころか国から救済してもらった。もちろん、救済を決めたのは財界から資金提供を受けている議員たちだ。

 自分の作ったルールでゲームをやって勝った連中が「我々が勝ったのは実力のおかげだ。勝者はすべてを手に入れる権利がある」と言っているのが新自由主義だ。ええなあ。ぼくもそんな楽なゲームで勝利してでかい顔してみたいぜ。




 それから5年後の2015年5月。
 調査報道ジャーナリストのアンドリュー・ペレスとデイビッド・シロタの2人によって、ヒラリー・クリントン国務長官時代、彼女の財団にサウジアラビアから1000万ドル(約10億円)が寄付されていた事実が報道された。
 さらに、世界最大軍用機メーカーであり米国最大の輸出企業であるボーイング社からも武器輸出契約が締結される2カ月前に、10万ドル(約9000万円)というダイナミックな額の寄付金が振り込まれている。
 世界一の軍事大国であるアメリカ政府そのものが、超優良グローバル投資商品として想像を超えた価値を持っているのだと、ペレスは言う。
「サウジだけではありません。ヒラリーが国務長官だった時期、カタールやウクライナ、クウェートにアラブ首長国連邦など、20の外国政府が同財団に巨額の寄付をしています。その見返りに国務省が承認した武器輸出の総額は1650億ドル(約6兆5000億円)ですから、ものすごいリターンですよね。
 軍需産業だけじゃない、医療に保険に金融に石油、食料に農薬に遺伝子組み換え種子にハイテク産業……」

 2016年のアメリカ大統領選でドナルド・トランプ氏が勝利したとき、「あんな強欲そうな差別主義者を選ぶなんてアメリカ国民はアホなのか」とおもった。でも、こういった事情を知れば、また別の見え方が浮かび上がってくる。バラク・オバマもヒラリー・クリントンも財界から多額の寄付を受けていた。国民の味方のような顔をして清廉潔白なことを口では言うが、当選したら資金を援助してくれた金持ちのための政治をする。だったら、身銭を切って圧倒的に少ない資金で選挙活動をしているトランプのほうがアメリカのための政治をしてくれるんじゃないだろうか。多くの人がそう考えてもふしぎではない。ぼくも、『政府はもう嘘をつけない』を読んで「たしかにクリントンよりもトランプのほうがマシかも……」と考えた。

 なにしろ、大統領選でヒラリー・クリントンに献金された総額は1億8800万ドル、ドナルド・トランプは利益団体からの献金は拒否していたため献金は約2700万ドルだったそうだ。この数字だけ見れば、ドナルド・トランプのほうがよほど信頼できる人間に見える(それでもぼくはあの人を信頼できないけど)。




 日本の政治が悪いのは官僚が牛耳っているからだ、と言われていた。ほんの十年前までそんな話を聞いた。政治家が変わっても官僚は変わらない。官僚の力が強いからダメなんだと。

 ところが……。

 村上議員の言う「公務員法改正」(2014年4月の第186回国会で成立)は、約600人の省庁幹部人事を一元管理する「内閣人事局」を発足させ、これにより官僚幹部の人事には、全て首相官邸の意向が反映される仕組みになった。
 中央官庁の官僚にとって、出世競争の最終目標はトップである事務次官の椅子を得ることだ。通常は同期の中で事務次官になれるのは一人だけなので、横一列の中で皆が「あの(一番優秀な)人がなるだろう」と暗黙のうちに共有するという。
 ここに目をつけた賢い安倍政権は、早速、法律を変えて「最終人事権」を手に入れる。
 すると、どうだろう。それまでは皆が一番優秀だと認める一人が事務次官の座を手に入れるのが当たり前だった官僚たちの目の前で、全く新しい〈出世レース〉のゴングが鳴り響いたのだ。
〈もしかしたら、二番手の自分にも可能性があるかもしれない〉
 だが、そこには条件がつく。
〈人事権を握る官邸に気に入られれば〉
 TPPや税制など幅広い分析を続ける経済評論家の三橋貴明氏は、官邸が〈人事権〉を握ったことで、官庁内の空気は180度変わったと指摘する。
「これが全てを変えてしまいました。それまで官邸が進めるTPPや農協改革に反対していた一部の農水官僚たちまでが、手のひらを返したように推進に回ってしまったのです」

 官僚の力が弱くなってどうなったか。もっとひどくなった。官邸におもねって黒を白と言う人間ばかりが重宝されるようになった。

 大事なものはなくなってから気づく。「誰がやっても同じ」は日本の政治の欠点ではなく、長所だったのだと。憲法も知らない人間が総理大臣になったとき、誰も止める人間がいなくなるのだと。


 ぼくも昔は「政治システムは悪いことだらけだ。変えないと」と信じていた。

 だが、ここ二十数年政治を見てきて、ドラスティックに変えたものがことごとく悪い結果を引き起こしたのを目にした。長く使われているシステムは、たとえ不合理に見えたとしてもそれなりに有用なものなのだ。もちろん時代にあわせて微修正をくわえていく必要はあるが、大幅な改革は99%悪い結果を引き起こす。
 そりゃそうだ。修正に修正を重ねてきた現行制度と、誰かが頭の中でおもいついた改革案のどっちがいいかなんて、「現チャンピオン」と「デビュー戦のボクサー」が戦うようなものなのだから。

 どんな政治家がいいのか、どんな政治システムがいいのかなんてのは人類にとって永遠の課題だが、「劇的な改革を主張する人間を信用してはいけない」ってことだけは間違いない真実だ。一新とか改革とか維新とかは耳障りがいい言葉を並べる人ね。


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【読書感想文】少年Hにならないために / 堤 未果 中島 岳志 大澤 真幸 高橋 源一郎『NHK100分de名著 メディアと私たち』



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2022年3月25日金曜日

オリジナルのトランプゲーム

 娘といっしょに考案したトランプゲーム。




【準備】

・基本は2人対戦。3~4人でもできるが、駆け引き要素が薄れてしまうのでおすすめは2人。

・各スートの1~6のトランプ合計24枚をシャッフルし、表向きに6×4に並べる。

・各スートのキングを裏返しにし、1枚ずつ選ぶ。自分だけがこっそり見て、伏せておく。


【進行】

・6×4に並べたトランプから1枚選び、タテヨコに隣り合うカードに重ねてゆく。


例) 上段右から2番目のAを、右の4に重ねたところ。

 A  3  4  5  A  4 
 2  4  5  6  6  2 
 A  2  4  5  3  3 
 2  A  6  3  5  6 

 ↓

 A  3  4  5     A 
 2  4  5  6  6  2 
 A  2  4  5  3  3 
 2  A  6  3  5  6 

 

・これを交互にくりかえす。すでに重なっているカードを動かすときは、すべてのカードもいっぺんに動かす。

・重ねられるのは、1つ隣のカードにだけ。下の図のようになっている場合、右上のAはもう動かすことができない。

 A  3  4  5     A 
 2  4  5  6  2    
 A  2  4  5  3  3 
 2  A  6  3  5  6 

・動かせるカードがなくなったら終了。


【得点計算】

(最終の形)

   ♠A         ♡A 
       ♢5      
    ♡5          
 ♢A   ♠3      ♠3 

・重なっている枚数が得点となる。得点は、いちばん上のカードのスートのキングの持ち主に与えられる。
 右上のハートは2枚重なっているので、ハートのキングの持ち主に2点が与えられる。

・さらにボーナスとして、重なっているカードの中にいちばん上のカードと同じスートがあれば、そのカードに書かれている数字がプラスされる。
 ハートのAの下にハートの4があれば、2点(枚数得点)+4点(ボーナス)で、6点となる。いちばん上のカードはボーナスの対象外。

・合計得点の多いほうが勝ち。
 20点とればまず勝てる。両者低調なら10点ぐらいで勝つこともある。




 某カードゲームのルールを読んだとき、「これならトランプで代用できるな」とおもい若干修正を加えた。

 八歳の娘と何度かやったが、なかなかおもしろい。ぼくの勝率は6割ぐらい。
 子ども相手に本気でやってもいい勝負になる。(ぼくが子どもとゲームをするときのポリシーとして『ハンディをつけるのはいいがわざと負けることはしない』というのがある)

 このゲームで勝つために必要なことは、

・相手のスートを見抜き、相手が得点をとるのを妨害する

・相手に気づかれぬよう、さりげなく自分の得点を増やす

である。
 序盤に自分のスートを見抜かれてしまうと、もう勝ち目がない。

 なので、慣れてくると前半はわざと自分のものではないスートに得点をとらせるなど、相手を攪乱するための動きが必要になる。ところが、相手を欺くために自分のではないスートに得点を与えたところそれが相手のスートだった、なんて悲劇も起こりうる。こうなると、相手の得点は増えるし欺くこともできないし、いいことなしだ。

 そこで、裏の裏をかいてあえて目立つように得点をとりにいく……なんて戦略も生まれる。駆け引きやハッタリが重要となる。


 運も多少は影響するが、「相手のスート」以外の情報はすべて開示されているので、運の要素は小さい。「いかに相手の心理を読むか」で勝負は決まる。

 ポーカーよりもずっと駆け引きの要素が大きいので、心理戦が好きな人なら楽しめるゲームだとおもいます。


2022年3月24日木曜日

【コント】勝負

「やんのか」

「あ? やんのかコラ」

「おお、やったろやないか。先に言っとくけど、負けたらおまえらのメンバーからひとり差しだせよ」

「おうええぞ。その代わり、こっちが勝ったらひとり連れていくからな」

「誰連れていく気やねん」

「あいつじゃ」

「あいつって誰やねん」

「ちょっと待っとけ。こっちの仲間と話し合うから」

「おうええぞ」



「よっしゃ、決まった」

「おう、こっちも決まった」

「おまえ、こっちに来い」

「あ? おまえこそこっち来いや」

「勝負すんぞ」


~~~~~~~~~~~


「かーってうれしい はないちもんめ♪」

「まけーてくやしい はないちもんめ♪」



2022年3月23日水曜日

【読書感想文】藤田 知也『郵政腐敗 日本型組織の失敗学』

郵政腐敗

日本型組織の失敗学

藤田 知也

内容(e-honより)
日本郵政グループは、二〇二一年に郵便事業の創業から一五〇年を迎えた。従業員四〇万人を超える巨大組織は「腐敗の構造」にはまって抜け出せずにいる。近年では、かんぽ生命の不正販売、内部通報制度の機能不全、ゆうちょ銀行の不正引き出しと投信販売不正、NHKへの報道弾圧、総務事務次官からの情報漏洩と癒着など、数多の不祥事が発覚した。一連の事象の底流にあるのは、問題があっても矮小化し、見て見ぬフリをする究極の「事なかれ主義」だ―。スルガ銀行や商工中央金庫による大規模な不正事件など、金融業界の不祥事を追及してきた朝日新聞の記者が、巨大グループの実態にメスを入れる。

 日本郵政は、郵政民営化を受けて2006年に設立された巨大企業グループだ。主に、日本郵便、ゆうちょ銀行、かんぽ生命保険からなる。

 2018年、NHKの『クローズアップ現代+』が、かんぽ生命保険が不正な契約をくりかえしおこなっていることを報道した。当然ながら被害者の声に基づくものだったが、かんぽ生命側は改めるどころか報道を否定してあろうことかNHKに抗議をおこない、圧力をかける(後に番組の内容は正しかったことが判明する)。その後の調査で、かんぽ生命は10万件以上の不正契約をおこなっていたことが明らかになった。

 日本郵政グルーブが2019年7月以降に調査した過去5年分の契約には、次のようなものが含まれていた。

・不必要な保険料上昇
  新旧契約の保障内容が同じで、保険料が上がっている=約2万件
・不合理な乗り換え
  乗り換えの必要がなく、特約の変更などで対応できた=約2万5千件
・引き受け謝絶
  旧契約を解約後、病歴などの理由で新契約加入が拒まれた=約1万9千件
・保険金支払い謝絶
  乗り換え後の新契約時の告知義務違反で、保険金が払われなかった=約3千件

 こうしたことが明らかになっても、「顧客が納得した上での契約変更なので問題ない」という言い訳に終始したり(誰が好きこのんで不利になる契約に切り替えるんだ)、個人の問題として処理したり、ごまかしを続けた。

 そりゃあ日本郵政は巨大組織だから一定数おかしなことをする職員が混ざるのはしかたない。とはいえ10万件以上の不正な契約が起こっていたら誰がどう見ても組織の在り方に問題がある。

『郵政腐敗』は、日本郵政がおこなっていた不正、そしてその後の対応を事細かに調べ上げた渾身のルポルタージュ。いい本だった。そして読んでいてため息しか出ない。日本郵政の腐敗っぷり、そしてそれを守ろうとする政府のダメダメっぷりに。




 不正や失敗はどの組織にでも起こりうることだが、日本郵政が特にまずいのはその後の対応だ。

 日本郵政グループでは、坂部の事例でもわかるように、客観的にみて不正の疑いが濃い場合でさえ、郵便局員がしらを切って否認すれば、「シロ(無実」とみなす運用がなされていた。これは「自認主義」と呼ばれ、保険勧誘に限らない傾向とみられる。そうした前例を目の当たりにすれば、現場で不正がバレそうになっても、まずは否認しようと考えるのが自然な原理だ。
 保険会社は、法令違反があれば金融庁に届け出ることを保険業法で義務づけられている。しかし、かんぼが不正と認定さえしなければ、届け出る必要はない。自認主義は、かんぼや日本郵便にとって都合のいい対処法だったに違いない。
 不正と認めることには極めて後ろ向きである一方で、顧客から強く抗議されると、「配慮が足りなかった」などと口実をつけ、保険料を返すハードルは低くしていた。「合意解除」や「無効」と呼ばれる手法を駆使し、契約はなかったことにすると同時に、顧客には口外しないよう約束もさせていた。じつに抜け目のないやり方ではないか。

 もはやオレオレ詐欺集団だよね。年寄りに付け入って金を騙しとり、不正を指摘されても「金さえ返せば文句はないだろ」という態度。

 なまじっか「郵便局」というブランドがあるのがよくないんだろうね。郵便局なら変なことはしないだろう、という信用があるから。「郵便局」の名前は剥奪したほうがいいんじゃないのかね。

 不正に関与したとして懲戒処分を受けた現場の郵便局員数は、2020年11月30日時点で1173人。懲戒解雇は25人、停職が13人で、残りは減給、戒告、訓戒などだ。
 一方、懲戒処分された局員の上司への処分は499人。ほぼ全員が「実態把握が不十分」「指導が不十分」といった処分理由で、訓戒や注意といった軽めの処分で済んだ。日本郵便の説明では、数人が「パワハラ」やその関連で停職や減給などの処分を受けたが、部下の不正を「知っていた」と認めた上司はゼロ。翌月に1人だけ認めた郵便局長が現れたというが、処分を受けたほぼ全員が「不正があるとは知らなかった」と主張していることになる。
 郵政グループはこれとは別に、日本郵便・かんぽの両社長を含む本支社幹部378人の処分を2020年7月に発表した。両社の担当幹部339人は戒告などの懲戒処分、執行役員39人は厳重注意・報酬減額の処分とした。こちらも「実態把握の遅れ」や「対応の不十分さ」が処分理由で、「まさか不正が横行しているとは思わなかった」という前提は同じだ。
 特別調査委員会のアンケートで、不正を自白した郵便局員の7割が「上司も知っていた」と訴えたことと比べても、処分の前提となる〝事実〟が間違っているのではないか。

 10万件の不正があったのに、上司は誰ひとり「部下の不正を知らなかった」。そんなわけあるかい。直属の上司が責任をとらない。当然ながらもっと上の上司は責任を素知らぬ顔。

 不正を隠す、不正を指摘した人を守るどころか逆に罰する、下に詰め腹を切らせて上は逃げおおせる。日本政府がよくやるやつだ。内閣がこれをやるのを何度見たことか。

 この本を読む限り、日本郵政が今後立ち直ることは二度とないだろうなとおもう。自浄作用があればこんなことにはなってないのだから。ここまで隅々まで腐敗した組織は、もはや誰かの努力によって立て直すことはできない。柱も屋根も壁も全部が腐っている家は、一度解体して再建築するしかない。たぶん誰がトップになったって無理だろう。打つ手としたら、政府・公共機関が半数以上を所有している株を全部手放すことしかないんじゃない? そしたらつぶれるだろうけど、それが唯一の解決法だとおもう。東電もそうだけど、国に支えてもらえるかぎりはなんともならないだろう。


 特に日本的なのは、立場が上の奴ほど責任をとらないこと、組織が大きくなるほど責任を取らないことだ。

 ふつうに考えれば末端の悪さよりも上層部の悪さのほうがより悪質だし、巨大組織の不正のほうが影響が大きい分より大きな問題だ。

 だが小さな会社であればつぶれるような不正であっても、郵政や電力会社のような巨大機関であればなぜか国から助けてもらう。国が積極的に不正を赦しているわけだ。年寄りから騙しとった日本郵政も、嘘をついてずさんな原発運営をしてきた東京電力も、法律を守らない電通も、「この会社をつぶすと替えがきかない」という理由で軽い罰で済ませてどんどん国の仕事をまわしてあげる。替えがきかないような大事な仕事であれば、なおさらのこと不正機関にやらせるのではなく他の組織に仕事を回さないといけないのに。

 これぞまさに「日本型組織の失敗学」。日本の組織のダメなところが全部出たような失敗例だ。といっても他の国の組織の特徴なんてよく知らないんだけど。

 とりあえず郵便局に金を預けるのはぜったいにやめとこう。


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