2026年10月14日水曜日

【読書感想文】エリヤフ・ゴールドラット『ザ・ゴール 企業の究極の目的とは何か』 / 全員が一生懸命働いているのは非効率

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ザ・ゴール

企業の究極の目的とは何か

エリヤフ・ゴールドラット(著)  三本木 亮(訳)

内容(e-honより)
主人公アレックス・ロゴは、ある機械メーカーの工場長。長引く採算悪化を理由に、突然、本社から工場閉鎖を告げられる。残された時間は、わずかに3か月。それまでに収益体制を改善しなければ、工場は閉鎖され、多くの人が職を失ってしまうことになる。半ば諦めかけていた彼だったが、学生時代の恩師ジョナに偶然再会したことをきっかけに、工場再建へ向けて意欲を燃やし始める。ジョナは、これまでの生産現場での常識を覆す考え方で、彼の工場が抱える諸問題を次々に科学的に解明していく。そのヒントをもとに工場の仲間たちとたゆまぬ努力を続け、超多忙な日々を過ごす彼だった。だが、あまりにも家庭を犠牲にしてきたため、妻であるジュリーは彼の前から姿を消してしまう。仕事ばかりか、別居、離婚という家庭崩壊の危機にもさらされたアレックスは…。

 工場閉鎖の危機に瀕した工場長が、恩師である物理学者のアドバイスに従って納期短縮、生産量アップ、経費削減に取り組むというストーリー。

 物語仕立てなので読みやすい……とおもう人もいるだろうが、個人的には物語部分のせいで冗長になっているように感じる。ストーリーはいいから早く結論を書いてよ、とおもってしまう。息子をハイキングに連れていったことで工場の流れを悪くしている原因に気づく、とかはいいとしても、夫婦間のストーリーは結局「仕事で忙しくしていて妻をかまっていなかった」だけなのでとりたてて小説として読むほどでもなかった。

 40年以上前の本なのでテンポが遅い。映画でも音楽でもそうだけど、昔のコンテンツってテンポが遅いよね。いろんなものがテンポアップしているんだな、と感じる。ストーリー仕立てにするにしてもこの三割ぐらいの分量で良かったのでは、というのが今の時代の感想。



 1984年の刊行でありながら、著者がこの本で提唱した“制約理論”は今も製造業における重要な考え方として活かされているという。


 特に重要なのがボトルネックに関する考え方。生産ラインの中で全体の流れを遅くしている原因はごく一部である。そこの処理速度が全体のスピードを決定するので、「いかにボトルネックの工程をスムーズに動かすか」が重要になる。そして、ボトルネックをスムーズにするためなら、他の工程では作業ペースが落ちてもかまわない。

 そのとき、ある疑問が心に生じた。確かにあの三人はいま働いている。でもあんな思いつきの仕事をさせたところで、お金を儲けることの役に立つのだろうか。はたして生産的なのだろうか。
 スーパーバイザーのところに戻ってちゃんと何かを作れと言ってみてはどうかとも考えた。しかし……おそらくいまは作業する仕事がないのだろう。たとえ別の場所に回して実際に何かを作らせたとしても、それが本当にお金を儲けることに役立つのかどうか、いったいどうやったらわかるのだろう。
 妙な考えばかりが頭に浮かんでくる。
 人を働かせることとお金を儲けることは同じことだと考えてもいいのだろうか。これまではそう考えていた。常に人を働かす、製品を作って出荷する、やる仕事がなかったら仕事を作る、やる仕事を作れなかったら人を別の場所に移す。それでも仕事をさせることができなかったら、クビにする。それがこれまでの基本ルールだ。

 だいたいの職場においてこういう考え方が浸透している。

 Aさんが一生懸命働いている横でBさんが暇そうにしているのはいけないことだ。自分で仕事を見つけてでも懸命に働かなくてはいけない。生産性向上のためには、常に全員がフルパワーで稼働しているのがいい状態だ……。


 だが、すべての工程がフル稼働している状態は非常に非効率な状態だと著者は喝破する。

「君の後ろを見るんだ。君たちが作った在庫の山を見るんだ。勝手に大きくなったわけではない。君たちが作ったんだ。どうしてだね。それは君たちの仮定、つまりみんなを一〇〇パーセント、いつも働かせないといけないという考えが間違っていたからだ」
「一〇〇パーセントは無理だとしても、こちらとしては、それなりの数字を出してもらわないと困るんです。九○パーセントぐらいはなんとか......」ルーが言った。
「どうして、九〇パーセントなのかね。六〇パーセントや二五パーセントでは駄目なのかね。制約条件に基づいていなければ、そんな数字などまったく意味を持たない。資材があれば作業員を休ませずにいつも働かせておくことは簡単だが、しかし、どうしてそんなことをする必要があるのかね。お金を儲けたくないというのなら、話は別だが」
「つまり、人を働かせることと、利益を上げることは別物だとおっしゃるわけですね」それまで、黙っていたラルフが満を持して言った。
「そうだ。いま、説明したXとYの四つの組み合わせから論理的に二つ目のルールを導き出すことができるのだが、君のいま言ったことがそれに近い。正確には、『リソースを使用することと、リソースを活用することは別だ』という言い方が正しい」
「このルールでは、工場内のすべてのリソースの能力を個別に最大化してはいけない。リソースが個別に最大化されているシステムは、全体的にはまったく最適なシステムではないのだ。それどころか、非常に非効率的なシステムのはずだ」とジョナの説明が続いた。


 くりかえしになるが「作業員が手を休めることなく常に作業している工場は、非常に非効率」というのがこの本に書かれていることだ。

 おもしろい。なぜなら一般的な常識とは異なるから。

 世の中の経営者や上司は、たいてい部下がヒマそうにしていることを嫌う。もちろんやらなきゃいけないことがあってサボっているのはダメだが、ヒマなときにヒマそうにしていることも嫌う。まるで自分が損をしているような気になるのだろう。



 洗濯について考えてみよう。

「洗濯機が稼働する」→「洗濯物を干す」→「洗濯物が乾くのを待つ」→「洗濯物を取り込む」→「取り込んだ洗濯物を畳んでしまう」という工程がある。

 それぞれに要する時間は

・洗濯機が稼働する(120分)」

・洗濯物を干す(15分)

・洗濯物が乾くのを待つ(300分)

・洗濯物が乾いたら取り込む(10分)

・取り込んだ洗濯物を畳んでしまう(15分)

だとしよう。この工程の順序は変えられない。洗濯機を回す前に洗濯物を干すことはできない。

 このとき、ボトルネックになるのは「洗濯物が乾くのを待つ(300分)」だ。

 大家族で大量の洗濯物がある場合、「洗濯物が乾くのを待つ」に極力無駄が生じないようにしないといけない。天気がいいのに物干し台がからっぽ、という状態を生んではいけない。

 逆に、そのほかの工程についてはかならず待機時間が生じる。洗濯機があいているからといって洗濯機を常に回していたら、「洗濯したのに干せない衣類」がどんどん溜まっていく。これは非効率だ。カビも生えるし。

 だから洗濯機はフル稼働でなくていい。サボっているように見えても、働かなくていい。というか働いてはいけない。

 どんなに急いでも300分より短い時間で洗濯のサイクルを回すことはできないのだ。



「仕事のない人間がヒマそうにしているのは許せない!」という誤った考えはたぶん学校から来ているんだろうな。学校のようにひとりひとりの能力を伸ばすのが目的であればそれでいいのかもしれないけど、チームで何かをする職場(に限らず)では必ず手持ちぶさたな人が生じる。それが正しいありかただ。

「こっちが忙しくしているのにあいつはヒマそうにしていて腹立つ!」という感情は自然なものだが、決して効率化にはつながらないんだね。


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