トレーディング・ゲーム
天才トレーダーのクソったれ人生
ギャリー・スティーヴンソン(著) 千葉 敏生(訳)
元トレーダーによる半生記。
貧しい出自だったが数学的才能を武器に経済トレーダーになった著者はほどなくして大金を動かし、膨大なボーナスを稼ぐようになる。
だが自分のやっていることに虚しさを感じるようになり、会社に対して退職を申し出る。だが辞めさせたくない会社側はあの手この手で退職を妨害してくる……。
正直、かなり読みづらい。特に、同僚にこんなやつがいた、こんなやつもいた、上司はこんなやつだった……って書かれるのが。自伝の登場人物って書いている当人にとっては知ってる人だから細かく説明しなくていいし「あいつがこんなことをしたんだよ!」ってのがおもしろいエピソードになるけど、赤の他人からすると知らんやつでしかないからな。毎回ちゃんと説明しれないと「こいつどこのどいつだっけ」ってなるし、知らんやつのおもしろエピソードなんてたいていおもしろくないしね。
あとトレーディング業務の話もわかりづらい。これはぼくに金融の知識がないからかもしれないけど……。
ただ著者がだんだん世の中の矛盾に気づいてだんだんやる気を失っていく過程は十分に伝わってきた。
とんでもない大金をぽんと動かす。増えれば多少はうれしいが、百ドル儲けるのも一万ドル儲けるのも大して変わらない。損したって大したダメージにならない。感覚がおかしくなってくる。
ぼくも以前大きな金額を扱う仕事をしていた。広告費として月に数千万円を自由に使える立場にいたのだ(自由といっても前例から大きくはずれたことはできないけれど)。
最初は1日数万円を使うだけでも「もし失敗したら数万円の損失、自分の日当よりもずっと多い額」とびびっていたけど、だんだん麻痺してきて「百万円使ってみたけどイマイチだったな。ま、次行くか」ぐらいの気持ちになってくる。ただの画面上の数字でしかない。数千万といったらひとりの人間の人生を狂わせるぐらいの金額ということを忘れてしまう。
まあぼくの場合は給与が大したことなかったので、日常的な金銭感覚はそんなに影響を受けなかったけど、著者の場合は相当な額のボーナス(たぶんふつうの人の生涯賃金ぐらい)をもらっていたみたいなので、いろんな感覚が狂ってしまったのだろう。
トレーディングなんてまともな感覚を持っていたらやってられない。ぼくが投資信託をはじめたのは2010年頃。その少し後に東日本大震災が起こった。
ぼくは「これだけ大きな被害が出たら株価も下がっちゃうんだろうな」とおもいながら信託会社の管理画面を見て、驚いた。株価が上がっていたのだ。すごく。
えっ、なんで。そうおもった。経済的に大ダメージのはずなのに。
でも株価というのはそういうものなのだ。その後、コロナ禍でいろんな経済活動がストップしたり、外国で戦争が起きたり、そうした「悪いこと」が起こるたびに株価は上がった。
なんなんだこれは。株価ってのは経済の状態を反映するものじゃないのか。
詳しい仕組みはいまだによくわかっていないけど、社会が悪くなるほど株価が上がる傾向にあるということはぼくにもわかってきた。地震があると復興に予算が投じられるから、とか、コロナ禍でお金を使うところがなくなったから株式市場にマネーが流れ込んだから、とか、とにかくそういうことらしい。
多くの人が命を落としたり、失業したりすると誰かが儲ける。なんていやな世界だ。
『トレーディング・ゲーム』の著者も、世界が悪くなる方に賭けて利益を上げている。
こんなことをやっていたら気が変になるに決まっている。まともな感覚で続けられる仕事じゃない。
著者はトレーディングの世界に嫌気がさし、会社を辞めて格差問題に取り組むボランティア団体のために活動することを決める。
だが会社は退職を認めない。金のなる木を手放したくないのだ。未払いのボーナスを人質にとり、裁判を起こすと脅しをかけ、あの手この手で辞意を翻させようとする。
そんなことをして会社に恨みを持つ社員を残すほうがマイナスだろう、とおもうのだが……。他の社員への見せしめのためなんだろうか。それにしたってなあ。「辞めたら裁判起こすぞ」ってむりやり残留させた社員に、大金を預けてトレードをさせるのだろうか。怖すぎるだろ。
つくづくよくわからない世界だ。
まあ頭がおかしくなった人たちが頭のおかしいことをやるのは勝手にしてくれという話なのだが、問題はその人たちのせいで株価が大きく変動したり不動産が高騰したり多くの人が失業したり、そのくせ自分たちだけは倒産しそうになったら税金によって助けられたりすることだ。
自由主義経済ってクソだな、という感覚を改めて強くさせてくれる本だった。
かといって他にどんなやりかたがいいかわからないんだけど。
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