2026年11月2日月曜日

コピーのコピー

  小中学生のときよくあったこと。

  クラスのおもしろいグループが、内輪でおもしろがるフレーズやノリを流行らせる
→ それを見聞きした、おもしろくない連中が真似をしだす
→ おもしろくないやつらが使うとおもしろくなくなるので、先駆者たちはもう使わなくなる
→ おもしろくない人たちだけが使うダサい行為になる。やがてそれも廃れる。


 大人の世界でもやっぱりよく見られる。

「流行語を中高年が使うようになったらもう終わり」ってやつだ。


 ネットミームなんかでもよくある。

 最初に使う人はセンスのいい人。それを見ておもしろがって一緒になって使うのも、センスのいい人。いってみれば一次コピー。

 だが一次コピーを見てさらに真似をする(二次コピー)人たちはもうセンスがない。こうなるともうオリジナルが持っていたおもしろさはほとんどなくなっている。

 最近の例だと「地味ハロウィン」がそうだ。十年ぐらい前、まだハロウィンといえばドン・キホーテの衣装を着て騒ぐ程度だった時代に、「シュレッダーを交換してくれる人」とかをやりはじめたのはセンスのいい人だ。その周囲にいた、それをおもしろがる人たちもやはり感度の高い人たちだ。

 だが地味ハロウィンが毎年恒例のイベントになってから入ってくる人たちはもうおもしろくない人たち。こういうイベントがおもしろいのはせいぜい二回目ぐらいまで。「まだ誰もおもしろがっていないことをおもしろがる人たち」の手を離れて、あとは「既におもしろいとされているものに乗っかりたい人たち」のものになってしまう。


 悲しいことだ。

 でも何かがメジャーになるために必要なのは「既におもしろいとされているものに乗っかりたい人たち」なのだからしかたがない。