2026年10月19日月曜日

【読書感想文】ベア・ウースマ『北極探検隊の謎を追って 人類で初めて気球で北極点を目指した探検隊はなぜ生還できなかったのか』 / ノンフィクションにしてミステリ

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北極探検隊の謎を追って

人類で初めて気球で北極点を目指した探検隊はなぜ生還できなかったのか

ベア・ウースマ(著)  ヘレンハルメ美穂(訳)

内容(Amazonより)
1897年、アンドレー率いる探検隊は気球での北極横断を試みるが、失敗して氷上に不時着。陸地をめざして数百キロの距離を徒歩で移動し、2か月半後、ついに無人島に上陸した。だがその数日後、すべての記録が途絶える。そして33年後に遺体が発見された。彼らはなぜ、氷上で2か月半も生き延びたのに陸地にたどり着いたとたん死んでしまったのか? いまも答えの出ていないこの謎に、ひとりの女性が挑んだ。実際に現地を旅し、医師としての知識も駆使し、これまで見過ごされていた事実を突き止め、到達した新たなストーリーとは。15年以上にわたる調査研究の成果を豊富な図版とともにまとめた一冊。

 19世紀後半、まだ人類が誰一人北極点に到達していなかった時代。気球に乗って北極点上空へ行こうと考えたスウェーデン人がいた。歩きやそりで行けないなら空から行こう、というなんとも大胆な発想だ。

 サロモン・アウグスト・アンドレーら三人は気球に乗って北極に向かって出発。

 30日ほどの飛行となる予定だったが、度重なるアクシデントにより出発のわずか三日後に北極海の氷上に着陸。そこから徒歩での帰還を目指した。二ヶ月半後に無人島に上陸。だがその島で三人とも命を落とした。

 奇妙なのは、三人の死因がわからないという点だ。30年以上たってから三人の遺体が発見されたが、食料は十分に残されていた。衣類も、燃料も。また彼らは日誌をつけていたが、その日誌にも死の予兆となる記述はない。

 はたして三人はなぜ死んだのか。酸欠、食中毒、壊血病、病原菌、低体温症、鉛中毒、他殺、薬物など様々な原因が推測された。だが三人の遺体は死後30年以上たってから発見された上、火葬されてしまったので真相はわからない。

 医師である著者はこの謎にとりつかれ、長い時間をかけて膨大な資料や証言を集めて謎の解明に挑む。手紙、解剖結果、残留物、衣類、残された骨。はたして三人の死因は……!?

 という、なんともわくわくするノンフィクション。ノンフィクションでありながらミステリ。



 前半は三人の足跡を追いかけるパート。これがもう、読んでいるだけで寒気がする。

 当初気球は誘導索(ガイドロープ)を地面に垂らしながら進む予定だった。イカリのようなものだ。これがあることで高度が安定し、ある程度操縦もできるようになるらしい。

 だが出発早々、この誘導索がはずれてしまうのだ。

 気球が板壁を離れ、海峡の上へ飛んでいくと、そこで風が帆をとらえる。気球はくるりと回転し、いきなり海面に向かってがくんと落ちる。隊員たちはパニックに陥り、重し(バラスト)となる砂袋を切り落としだす。そのとき、机上の計算ではだれひとり予測できなかったことが起きた。引きずられて海岸に広がっていた誘導索(ガイドロープ)が、気球の回転につられて、すべて同じ方向に回転する。ロープを固定していたねじがひとりでに回り、海上を飛んでいく気球からロープがはずれて、海岸に置き去りにされる。誘導索を失い、二百キロを超える重しも海に捨ててしまったエルネン号は、たちまち七百三十七キロも軽くなり、あっという間に天空へ、どう考えても高すぎるところまで上がっていく。
 
 エルネン号は誘導索のうち、下のほうにあった三分の二を失った。氷上を這うこのロープがなければ、気球はもう、高度を一定に保つことができない。ロープと氷との摩擦がなければ、帆も機能しない。綿密な計画にしたがって進むはずだった北極への旅は、いまやガス気球が風に吹かれて漂うだけの、制御のきかない空の旅と化している。海岸に残った作業員たちは、アンドレーが気球の排気口を開けて、海峡をはさんだ向かい側にある島の小さな岬、《オランダ人岬》に不時着するのを、いまかいまかと待っている。だが、そうはならない。エルネン号は、北へ、雲のあいまへ消えていく。

 出発と同時にコントロールが利かなくなってしまうのだ。文字通り、風まかせ。

 さらにアクシデントは続く。悪天候による霧や霜のせいで、気球から水素ガスがどんどん漏れ出してしまうのだ。そして氷河の上に不時着。絶望的だ。

 だが三人は絶望したわけではなかった。元々、氷上を歩くことになるかもしれないと想定はしており、そりや数ヶ月分の食料なども準備していた。日誌にもさほど悲観的な記述はない。

 どこまでも広がる氷の上を、三人は重いそりをひきずって歩く。

 だがその工程は想像よりずっと過酷なものだった。

ニルス・ストリンドベリは計算する。計算しなおす。それでも数字は合っている。八月二日、位置を測定した彼は、足下の氷が、自分たちが南へ歩くよりも速く北へ漂流していることに気づく。上に乗っていると気づかないが、氷塊はつねに動いているのだ。氷は流されている。ここ数日、三人は起きているあいだずっと、そりを引いて歩いていた。一日あたり十時間以上だ。にもかかわらず、前進できていない。むしろ後退している。 この時点で、ニルスはアンナに宛てて書くのをやめる。 三人は進路を変えようと決める。このままではフランツヨシフ諸島にたどりつく前に極夜が来てしまう。代わりに、七島群島に用意された補給基地をめざす。いったい何度、足をすべらせてそりとともに水中に落ちたか、もうわからなくなっている。七島群島までの距離は二百二十キロメートル。六、七週間後には補給基地に到着できるだろう、と三人は期待する。 六週間後、三人は目的地である七島群島に、二十二・五キロメートルしか近づいていない。

 6週間で22.5km。ということは1日中歩いているのに500mぐらいしか進まない計算。ちなみにカタツムリの進むスピードが時速50mぐらいらしいので、だいたいカタツムリと同じ速度だ。

 歩いても歩いてもちっとも進まない。絶望的な行軍だ。これは精神的にもきついよな。何もかも嫌になって生きるための努力をやめてしまいそうだ。



 だが、三人の行動や手記を読むかぎり、彼らは決してあきらめていたわけではなさそうだ。

靄のかかった果てしない氷の世界で、極小の紺色の点のような男が三人、あまりに重すぎるそりを引いて、氷の畝を乗りこえ、割れ目を渡り、氷盤を歩く。ストリンドベリは〝非導電物質を少量加えた溶液の導電性について〟という論文で賞をとったことがある。フレンケルには鉄道敷設についての専門知識がある。アンドレーは、ストックホルムの失業対策として〝地下鉄〟を建設する件について、熱のこもった提案書を書いて市議会に出した経験がある。いま必要とされている唯一の分野、どうすれば北極で生き延びられるかについては、探検隊のだれも知識を持ちあわせていない。氷河学、海洋生物学、海洋化学にも通じていない。にもかかわらず、不時着した現場にいたときから、三人は氷の中から手あたりしだいに、あらゆる標本を集めはじめている。 氷の塊に入っていた藻類、とけた氷の水たまりで見つけた藻類を、包帯にくるんで梱包する。泥や棒切れも集める。土の粒の大きさを測り、日誌に書きとめる。カモメの雛を撃ち落とすと、目をえぐり出して包みに入れる。将来、知識のあるだれかがこれを調べて、カモメが雪盲にならない理由をつきとめられるように。測量をし、スケッチをする。数字をずらりと、まっすぐ、ていねいにノートに記す。計算し、計算しなおす。なんの意味もなさそうな細部にしがみついている。途方もなく綿密な調査だ。れっきとした、それでいて、ごっこ遊びのような調査。

 標本を集めたり、スケッチをしたり、写真を撮ったり。荷物をちょっとでも軽くするために不要なものは捨てたほうがいいはずなのに、生き残るためには不必要なものを彼らは持ち続けている。

 それはとにもかくにも、生きて故郷に帰る気でいたからではないだろうか。生還する気でいたからこそ、北極に達した証を少しでも多く持ってかえろうとしていたのだろう。

 生きて還る気でいた三人。

 無事に無人島に上陸したことで、ちっとも進まない氷上の行軍をしていたときよりもずっと暮らしやすくなったはず。寒さをしのぐ住居ができ、一冬を越せるだけの食料や燃料もある。遭難当初よりも希望は増していたのではないだろうか。

 だが上陸してからわずか三日ほどで手記はとだえ、(おそらく直後に)三人とも命を落とした。手記には、死の直接的な要因となるような記述は見当たらない。



 この本の後半は死因を突き止めようとするパート。ここは正直やや退屈。著者は真相に迫ろうとあれこれ奮闘するも、ちっとも真実は見えてこない。まるで6週間で22.5kmしか進めなかった行軍のよう。

 著者は霊能力者にまで相談するが、当然ながら解決の役には立たない(あたりまえだ。このくだりはいらなかっただろ)。

 一応結論らしきものは書かれるが「××の可能性は低い。○○だったのではないかと考えられる」というなんともあいまいなもの。

 でも現実のミステリってこんなもんよね。小説のように快刀乱麻を断つような唯一解はない。まだまだ解釈の余地はありそう。

 亡くなった三人も、生還できなかったことは無念だろうが、これだけ長い間多くの人に語り継がれるようになったのは冒険家として本望なのでは。


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