2026年10月5日月曜日

【読書感想文】瀧本 哲史『僕は君たちに武器を配りたい』 / 10年後に効いてくる

このエントリーをはてなブックマークに追加

僕は君たちに武器を配りたい

エッセンシャル版

瀧本 哲史

内容(e-honより)
非情で残酷な日本社会で、20代が生き残るための思考法とは何か?不安に立ちすくむ日本人が、今こそ学ぶべき「本物の資本主義」とは何か?東大、マッキンゼーを経て、京大で人気No.1の授業を持つ客員准教授が世に問う必読の書。2012年度ビジネス書大賞受賞の名著をエッセンシャル版にして文庫化。

 エンジェル投資家だった瀧本哲史さんが若者に向けて書いた本(のエッセンシャル版)。

 かなり雑多な内容なので、個々のエピソードは読みやすくおもしろいのだが、一冊の本としてはまとまりに欠けるというか、「結局何について語った本だっけ?」という感じだ。


 全体を通したメッセージとしては、今後の世の中で必要とされる人間になるためにコモディティ化するな、というもの。

 コモディティとは、経済的な意味でいえば「代替可能な商品やサービス」だ。要は「替えのきかない人間になれ」で、至極あたりまえといえばあたりまえだ。



 悪者にされがちな派遣業界について。

 なぜなら、労働者の賃金が下がったのは、産業界が「派遣」という働き方を導入したのが本質的な原因ではなく、「技術革新が進んだこと」が本当の理由だからだ。自動車産業に代表される工場のラインがオートメーション化され、コモディティ化した労働者がそこに入っても、高品質の製品が作れるようになったことが、賃金下落の本当の原因なのである。
 派遣労働の禁止も、世間の人たちのウケを狙った小手先の改革にすぎず、賃金下落の本質を捉えていない。メーカーへの派遣が法律で禁止されれば、メーカーは次に、その仕事を外注に出し、請負先の企業がやはり低賃金で人を雇ってモノを作らせるだけだ。
 つまり賃金下落も、産業の発達段階の問題でしかないのである。産業の成熟化が進み、熟練労働者が必要なくなれば、新自由主義といった思想とは関係なく、労働者は必然的に買い叩かれる存在となってしまうのである。

 いまだに「派遣業界が悪の巣窟、派遣によって労働者の価値が低下した!」なんてことを言う人がいるけど、話が逆なんだよね。労働者の価値が低下したから派遣が多く使われるようになった。

 リーマンショックのときに「派遣切り」が社会問題化したけど、派遣業がなければ正社員切りがおこなわれていただけだろう。

「うちの会社だけで使われているやりかた」だらけであれば、かんたんに派遣社員は使えない。逆に、どの会社にいってもPCはWindows、表計算はExcel、会計ソフトは弥生会計……というように同じような仕事ができるのであれば正社員を多く抱えておく必要がない。繁忙期だけ派遣社員を雇ってもいいし、正社員が辞めてもまた同じような能力を持つ人を雇える。

 問題はいろんな仕事が代替可能になってきていること。

 いくらでも替えがきくとおもわれている人間は安く買いたたかれる。だからコモディティ化されていない(替えのきかない)人間にならなくてはいけない……という著者の主張はもっともなんだけど、いやあ、現実にはむずかしいよねえ。

 誰もがオンリーワンの能力を身につけられるわけじゃないし、そもそもどこか一点に特化した能力を持つ人はハマれば強いけど、それは適した場所が見つかった場合のみ。個性的な能力を持つ人ほど、汎用的な能力を持つ人に比べて適した場所を見つけるのがむずかしい。

 そもそも雇う側としては代替可能な人間のほうが都合がいい。その人が辞めても会社がつぶれないし、経営者としては強気の給与交渉ができる。経営者の利益と労働者の利益がおもいきり衝突してしまう。



 著者は、今後必要とされる能力はマーケター、イノベーター、リーダー、インベスター(投資家)としての能力だと主張する。

 市場を読み、新たなものを生み出し、他人をマネジメントし、投資家的な視点を持つことが必要だと。

 マーケターとしての資質の例。

 ある成績優秀な女性は家庭の経済的事情で短大に進学した。家族を支えるため少ない時間でバイトをしようとするとやはり家庭教師だろうと考えた。しかし、残念ながら本人の学力や教える能力と関係なく、「短大の女の子」に家庭教師を頼む人を見つけるのは難しかった。しかも、彼女の生活圏にはすでに大手の進学塾や家庭教師センターがしっかりと地盤を築いており、彼女がいくらビラを撒いたりしても、まったく生徒が集まらなかった。そこで彼女は戦略を変更する。「偏差値40以下の中学生だけを教える家庭教師」を始めたのだ。
 彼女が家庭教師を始めた地区は、教育熱心な地域であったため、学習塾も数多くあったが、そのほとんどは勉強のできる子どもを対象とする、有名私学を目指す指導を行っているところばかりであった。彼女はそうした学習塾がまったく相手にしていない、勉強ができないけれど、せめて高校ぐらいは卒業しておきたい、と考える親とその子どもをビジネスの相手としたのである。しかも彼女は「高校に無事に合格できたら特別ボーナスをいただきます」と成功報酬制の契約を結んだことから、初年度から大きく稼ぐことが可能となった。彼女の短大出という弱みは、基礎から親切に教えてくれそう、苦労しているから弱い人の気持ちが分かる、と逆に強みになったわけである。

 なるほどね。

 難関大を目指す子が家庭教師を選ぶなら、短大生よりも難関大に通っている大学生のほうが価値があるだろう。でも「学校の勉強についていけないのでせめて平均点ぐらいとれればいい」という子にとっては、短大生のほうが「親切に教えてくれそう」となるわけだ。

 自分の属性や能力はそうかんたんに変えられなくても、自分を売り込む市場を変えることで大きな価値を持つことがある。


 そういえば「勉強が得意な人が弁護士資格をとって弁護士になっても苦労する」と聞いたことがある。なぜなら弁護士業界では「勉強が得意」なのはあたりまえで、弁護士資格を持っていることは最低条件であって何の強みにもならないからだ。でも土俵を変えて「弁護士資格を持っている現場監督」とか「弁護士資格を持っている営業マン」とかは貴重な存在なので大きな強みになる(こともある)。


 ぼくも、難関大と言われる大学を出たが、就活に失敗し、無職期間を経たりいろいろあって、今はそう大きくない会社で働いている。決してエリートコースとは呼べないが、おかげで「○○大出てるんですか! めちゃくちゃすごいですね!」と言ってもらえる。おかげで得することもある。これが有名大企業に就職していたら、ぼくの学歴ぐらいの人なんてごろごろいるわけだからアドバンテージにはならなかっただろう。

 あえて得意分野とちがうところに行くことで活路を見いだせることもあるわけだ(ぼくの場合はあえてではなく紆余曲折あった末にそうなったわけだが)。



 すぐに役立つお手軽なノウハウは書いていないが、ほんのちょっとだけ未来を照らしてくれるような本だった。

 読んですぐではなく、10年後ぐらいに効いてくる本じゃないかな。


【関連記事】

【読書感想文】地図ではなく方位磁針のような本 / 瀧本 哲史『2020年6月30日にまたここで会おう』

【読書感想文】瀧本 哲史『武器としての交渉思考』 / デモに効果がない理由



 その他の読書感想文はこちら


このエントリーをはてなブックマークに追加

0 件のコメント:

コメントを投稿