2026年10月27日火曜日

【読書感想文】奥田 英朗『純平、考え直せ』 / 殺されるほうが殺すやつより格上

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純平、考え直せ

奥田 英朗

内容(e-honより)
坂本純平は気のいい下っ端やくざ。喧嘩っ早いが、女に甘くて男前。歌舞伎町ではちょっとした人気者だ。そんな彼が、対立する組の幹部の命を獲ってこいと命じられた。気負い立つ純平だが、それを女に洩らしたことから、ネット上には忠告や冷やかし、声援が飛び交って………。決行まで三日。様々な出会いと別れの末に、純平が選ぶ運命は?一気読み必至の青春小説!

 下っ端やくざを主人公とした小説。

 強引な取り立てをおこない、拳銃や覚醒剤を扱い、ときには対立する組とも抗争をくりひろげる……という典型的なヤクザ。2011年刊行なのでこの頃はまだこういうヤクザもいたのかもしれないが、今となっては絶滅寸前だろう。少なくとも今のヤクザはこんなわかりやすい立ち居振る舞いをしていないだろう。


 下っ端やくざとして泥くさい仕事に従事していた主人公・純平は、親分から「対立組の幹部の命を奪ってこい」と命じられる。いわゆる鉄砲玉というやつだ。純平は名を上げるチャンスととらえ、ふたつ返事で引き受ける。

 知り合いに頼まれたトラブル解決のために暴力事件を起こし、逃げるどころかさらに喧嘩を売り……ととにかく無鉄砲。うむ、まったく共感できなくておもしろい。

 ほんと、何から何まで共感できないんだよな。幸いやくざとか不良とかとは無縁な人生を歩んできたので、「メンツのためならどれだけ不利益を被ってもかまわない」という生き方にはただただあきれるばかりだ。かっとなって損とわかっていることをやってしまうことは誰しもあるだろうけど、それにしたって限度がある。

 まして鉄砲玉なんて愚の骨頂。何の恨みもない相手を殺すなんて。それで「男が上がる」と当人は考えているのだろうが、どう考えたって周囲はそう見てくれない。「おだてられてうまいこと利用されたばか」でしかない。


 出会った人たちの助言などから純平自身も、徐々に己の本当の立場に気づきはじめる。ただ利用されているだけ、使い捨ての駒にすぎない、鉄砲玉なんかやっても損しかない、と。

 だが引けない。自分でも無駄なことだとわかっているが、それでも止まれない。

 この、わかっていて泥沼に足を踏み入れていく流れの書き方がうまい。人生にはこういうことってある。そっちはだめだとわかっているのに吸い寄せられるように足が向かってしまうことって。そもそも他人の忠告を聞き入れて己のあやまちを認め方向を正せるような人間なら最初からやくざになんてなってないもんな。


 次々にいろんなことが起こり、息もつかせぬ展開で惹きつける。登場人物も多いが、順に出てくるのですっきりまとまっている。奥田英朗さんはほんとに小説巧者だ。

 十分に余韻を持たせたラストも個人的に好き。

 大人からしたらアホとしかおもえない純平だけど、でも若さってこういうことだよなあ。




 作中で紹介されている、明治時代の評論家である斎藤緑雨の言葉。

「どれどれ……」ジイサンがポケットから老眼鏡を取り出して鼻に乗せ、朗読した。「人は殺すよりも、殺さるるに難きものなり。殺すよりも、殺さるるに資格を要するものなり。願わくは殺されん、殺さるるを得ずば、願わくは殺さん。殺さず殺されざるも、猶人たるの甲斐ありや疑わし。……坂本君はこの警句に興味を示したのかな」
「別に興味なんかねえよ。ただ、殺すとか殺さねえとか、物騒なことが書いてあるからよお」
「簡単に言えば、殺し屋よりも、殺される人間のほうが価値が上だということだ」
「ああ? おれのほうが下なのか。何でだよ」純平は気分を害し、思わず声を荒らげた。
「だってそうだろう。報復にしろ、戦争を仕掛けるにしろ、価値のない人間を殺してもしょうがない。君が殺そうとしている人間が、君より格下の人間だったら、殺す意味がない。君らの世界は、釣り合いで動いているんだろう」
 純平は返事に詰まった。胸の中に不愉快な気持ちが充満した。荒い鼻息を吐く。店員をつかまえ、「おい、ここホルモンをくれ。それから、生ビールお代わりだ」とぞんざいに言いつけた。

 誰かを殺す人間は、殺される人間より価値のない人間である。たしかにね。

 名もない市民が大統領を暗殺しても、大統領が一市民を暗殺することはない。なぜならその価値がないから。

 相手が、自分にとって脅威であったり、はるかに強い力を持っていたりして、暴力以外にそれをかわす方法がないときに殺すわけだ。殺すということは相手のほうが書く上であることを認めることだ。

 ふうむ。もし誰かを殺したくなったらこれを思いだそう。


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