新田 次郎
1902年にじっさいにあった 八甲田雪中行軍遭難事件(
Wikipedia)を題材にした小説。
小説なので登場人物は仮名だし随所に創作も混じっているが、大まかな話は史実通り。
しかし「八甲田山死の行軍」という言葉は聞いたことがあったが、そこから想像されるものよりずっとひどい出来事だった。
二つの聯隊が真冬の八甲田山(青森県)を行軍。うちひとつの聯隊はなんとか助かったが(とはいえ隊員の多くが凍傷を負っている)が、もうひとつの聯隊は遭難して210名中199名が死亡というとんでもない大事故になっているのだ。
天災と交通事故以外で200人が一度に死ぬなんて日本で他に例のない事故なんじゃないか?
しかもこれ、どうしても雪山を歩く必要があったわけではないのだ。
訓練、それも事前によく計画されたものではなく上官のおもいつきではじまったものなのだ。
上官のおもいつき、おまけに命令ではなく
忖度からはじまっている。
「冬の八甲田山を歩いて見たいと思わないかな」
なんちゅうひどい質問だ。
そんなもん、歩きたくないに決まってる。
しかし軍隊でずっと階級が上の上官から「やりたいか」と言われて、「危険なのでやめておきます」と言えるだろうか(言える人間はたぶん隊長になれない)。
この忖度が空前絶後の大惨事を生んだのだ。
軍隊や官僚組織で部下を殺すには、上司の命令すらいらない。
「あの人はおれの友だちだから国有地を安く売却してもらえたら助かるそうだ」だけで十分なのだ。
記録的な悪天候、準備不足、物資不足、経験不足、情報不足、指揮官の判断ミスなど悪条件の重なった青森5聯隊の姿はただただ悲惨だ。
この部分は創作ではなく、生存者の談話に基づくものらしい。地獄だ。
じっさいの戦争でもここまで悲惨な体験をしたものはほとんどいなかったんじゃないだろうか。
これは完全に人災だ。
精神主義が幅を利かせ、経験のある地元民間人の声を軽視し、乏しい情報に基づいて判断を下す。そしてなにより、過去の失敗を認めない。
日本的な悪いところが全部出ている。
こうしてバカなトップのせいで未曽有の被害が起こったわけだが、なんともやるせないことに、この5聯隊、上官の生存率は20%近くだったのに対し、その下の階級である下士官の生存率は約8%、さらにいちばん下の兵卒は約3%に過ぎなかったそうだ。
無謀な作戦のせいで下っ端は命を落とし、現場責任者は責任を感じて自決を選んだ。だが現場に行かなかった上官は誰ひとり責任をとっていない。
これが現実なのだ。
新型コロナウイルスの感染拡大という世界の危機に陥っている今、また同じことがくりかえされようとしている(もしくはもう起こっている)。
はあ。やりきれない。
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