2020年1月24日金曜日

【読書感想文】こわすぎるとこわくない / 穂村 弘『鳥肌が』

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鳥肌が

穂村 弘

内容(Amazonより)
日常のなかでふと覚える違和感。恐怖と笑いが紙一重で同居するエッセイ集。第33回講談社エッセイ賞受賞作!

歌人・穂村弘氏が「こわい」と感じるシチュエーションについて書いたエッセイ集。

鋭い感覚の持ち主だけあって 、その「怖い」に対する感覚も鋭い。
幽霊や強盗といったありきたりなものではなく(その手の話もあるけど)、母の愛とか家族の秘密とか、ふつうは「良きもの」あるいは「なんてことないもの」のおそろしさが書かれている。

子役が怖い、ってのはなんとなくわかる気がする。
時間が濃縮されすぎてるんじゃないかとか、人生のピークが前半に来すぎてるとか、たしかに傍から見ていて心配になる。

「子役として成功しすぎたせいで一家離散、当人もその後不幸な人生を歩む」みたいな例を聞くので(マコーレー=カルキンとかケンちゃんシリーズの子役とか)、ついつい「親の言いなりになって望まない道を歩まされてるんじゃないだろうか」とか「ふつうに学校に通って友だちと遊ぶ経験ができなくて正常な発達ができるんだろうか」とか「子どもを使って金を稼ぐ親ってやっぱり××なんじゃないだろうか」とか考えてしまう。

本人からすると余計なお世話だろうけど。



誰しも「あまり人には理解されないけどこわいもの」を持っているとおもう。

ぼくがこわいのはフィギュアスケート選手だ。
いろんな選手がいるんだけど、なんかみんな同じように見えるんだよね。さわやかな笑顔で、がんばり屋さんで、他人の成功を素直に祝福できる人たち。

すべてがつくりものっぽい、とおもってしまうのはぼくがひねくれすぎてるからかなあ。

全員いい人すぎて、逆に「そんなにいい人じゃない人」がフィギュアスケート界に入ったときにどういう扱いを受けるんだろうと考えるとこわくなる。

他の選手と同じところで笑って同じところで涙できる人じゃないとやっていけないんじゃないだろうか。
羽生先輩や浅田大先輩と同じところで笑わなかったら、それからはいないものとして扱われたりして。全員にこにこしながら無視してくんの。それがあまりにも自然で、無視してる当人たちも嫌がらせの意識とか一ミリもないの。ほんとに存在に気づけなくなってんの。
ひええ。



「近しい人の知らなかった一面」は怖い。
穂村さんの知人が離婚した理由について。
ほ「どうしたの?」
友「彼が放火してたんです」
 衝撃を受ける。彼女の話によると、或る日、警官が家にやってきたのだという。

友「でも、彼は、絶対にやってない、信じてくれ、って云ったんです」
ほ「うん」
友「信じました」
ほ「うん」
友「でも、現場にあった監視カメラの映像に彼の姿が映ってたんです」
ほ「えーっ」
友「なんだか、わけがわからなくなって、こわくなって」

 それで離婚したらしい。駐車中のバイク専門の放火だったという。金銭や愛憎や性欲などとは直接関係しない行為だけに、逆におそろしい感じがする。考えてもわかる気がしない。彼女から見た彼の人格や二人の関係性にはなんの問題もなかったらしい。他は完璧に素晴らしくて唯一の欠点が放火、みたいな人もいるのだろうか。身近な人間の裏は知りたくない、と強く思った。知らないこととないことは同じ、だろうか。
こういうのって「暴力的な人間が放火してた」よりも「善良で優しい人が放火してた」のほうがずっとこわいよね。
理解できないほうがおそろしい。

吉田修一『パレード』がそんな小説だった。
ある青年が通り魔をしている。だが彼は友人の前では明るく優しい人間で、仕事もちゃんとしている。
なのに、通り魔。
金銭目的の強盗とかレイプ犯ならまだ動機が理解できる。しかし通り魔や放火魔には目的がない。というか犯行それ自体が目的だ。ある意味もっともおそろしい犯罪かもしれない。

「優しいにいちゃんが実は通り魔」もおそろしいが、『パレード』でぼくがいちばんこわいと感じたのはそこではない。
「通り魔の同居人たちが彼が通り魔だと気づいているのに気づかないふりをしている」というところだ。

合理的に考えれば気づかないふりをする理由なんてないんだけど、だからこそそこに奇妙なリアリティがあっておそろしかった。

人間、ほんとにおそろしい目に遭ったら「おそろしい」と感じられなくなってしまうんじゃないだろうか。恐怖感が一定値を超えてしまったら恐怖センサーが機能しなくなり現実のこととして受け取れなくなる気がする。

こわすぎるとこわさを感じられなくなる。
それこそが、いちばんこわい。

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