2020年1月25日土曜日

運命のティッシュ配り

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運命の出会いというのはその瞬間には気づかなぬものだ。

仕事帰り。オフィス街を歩いているとき、ティッシュを受け取った。
いや受け取ったという言い方は適切ではない。
気づいたら手の中にあった、それぐらい自然だった。

ティッシュを渡され、数歩歩いて、そしてようやくティッシュを手渡されたことに気が付いた。

あわてて後ろを振り返る。だがぼくにティッシュを握らせた彼は、もうぼくのことなど気にも留めず一心に次の通行人の手にティッシュを握らせようとしていた。



思えば、街頭ティッシュ配りにはイライラさせられっぱなしの人生だった。

まずはじめにことわっておくが、ぼくはティッシュを欲しい。タダでもらえるのならばいくらでもほしい。
花粉症なので春先には途方もない量のティッシュを消費するし、幼い子どもふたりも鼻水をたらしたり口のまわりをアイスクリームでべたべたにしたりするので、ポケットティッシュはどれだけあってもいい。
とにかく欲しい。箱でくれたってかまわない。

だが、それと同時にぼくには「人からあさましいとおもわれたくない」という厚かましい願望もある。
本心では
「あっ、ティッシュ配ってんの!? ちょーだいちょーだい! えー、一個だけー? あっちのおじさんふたつももらってんじゃん。いいじゃんそんなにいっぱいあるんだからさ。もっとちょうだいよー!」
と言いたいところだが、それは三十代のいい大人としてさすがにみっともない。あと十歳若ければできたのだが。

だからできることなら
「ティッシュなんていくらでも買えるからいらないんだけどな。でもまあティッシュ配りのバイトも大変だろうから人助けだとおもってもらってやるか」
というスタンスでもらいたい。

この「タダでもらえるならどれだけでももらいたい」と「しかしタダに群がるあさましい人間だとおもわれたくない」というジレンマを抱えて人は生きている。
このことを理解していないティッシュ配りが多い。


まず押しつけがましいやつ。
道の真ん中にまで出てきて、こっちが避けようとしてもついてきて、強引にさしだしてくるやつ。
そこまでされたら受け取りたくない。あくまで歩道は通行人のためのもの。おまえらはそこで商売させてもらってんだから通行の邪魔すんじゃねえよという気持ちが先に来てしまう。
しかもそういうやつにかぎって差しだしてくるのがティッシュじゃなくてコンタクトレンズのチラシだったりする。いらねえ。
しかしなんでコンタクトレンズ屋にかぎってあんなにチラシ撒くんだろう。謎だ。世の中にはいろんな商売があるのに、道でチラシを撒いているのは決まってコンタクトレンズ屋だ(そして看板を持って立っているのはネットカフェだ)。
しかも、一見して相手がコンタクトレンズを必要としているかどうかわからないのに。チラシを渡す相手の視力が2.0かもしれないのに。

話がそれた。ティッシュ配りの話だ。
図々しいのはイヤだが、かといって遠慮がちなのもだめだ。
道のはじっこでおずおずと様子をうかがっているやつ。通行の邪魔にはならないけど、邪魔にならなさすぎる。あれだとこっちからわざわざ進路を変えてティッシュをもらいにいかなくてはならない。そんな意地汚いことできない。こっちは意地汚いことを隠して生きたいんだから。

突然差しだしてくるのもだめだ。
唐突に人からものを差しだされても、とっさには受け取れない。数秒前から「よしっ、受け取ろう」という心づもりをしておかないと手を伸ばせない。こっちは合気道の達人じゃないんだから油断してるときに斬りかかられても対処できない。

だからといって十メートルも前から「ティッシュどうぞー!」と声を張り上げられるのも困る。
「あっ、ティッシュ配ってる。ほしいな」と気づくけど、直後に自尊心が首をもたげる。どんな顔をして近づいていいのかわからない。
あれと同じだ。職場で、旅行に行った誰かがお土産を買ってくる。で、ひとりずつに配る。「お土産です」「どこ行ってたの?」「奈良です」「へーいいなー」なんて会話がふたつ隣の席から聞こえる。次の次だな、とおもう。もうすぐぼくの番だ。でもどんな顔をして待てばいいのかわからない。犬みたいにへっへっと舌を出して待つのは恥ずかしい。
だから気づかぬふりをする。目の前のパソコンをまっすぐに見つめて「仕事に集中しすぎて周りの声が耳に入っていません」という猿芝居をする。
心の中では「あとふたり、あとひとり」とカウントダウンしているのに、名前を呼ばれてからはじめて気づいた様子で「えっ、なに? お土産? ぼくに?」という顔をする。まちがいなくこの三文芝居も見すかされている。でも他にどんなリアクションをとっていいのかわからない。だから毎回気づかないふりをする。
これと同じで、早めに「ティッシュどうぞー!」と言われると気恥ずかしいが勝ってしまい、結局受け取らずに立ち去ってしまう。自尊心に負けたー! と敗北感に打ちひしがれてその日はもう仕事が手につかない。

まとめると、ぼくの要求としてはただひとつ、近すぎず、遠すぎず、遅すぎず、早すぎず、ちょうどいい間合いで渡してほしい。欲を言えば渡す人が美女であってぼくの手を包みこむようにしてティッシュを握らせてくれればそれでいい。

ただそれだけのささやかな願いだ。



さっきのティッシュ配りは完璧だった。
絶妙なタイミング、ちょうどいい距離、押しつけがましくない表情。どこをとっても一級品。さぞかし名のあるティッシュ配り士なのであろう。

ティッシュだと意識する間もなく手渡されていた。
すごい剣豪になると斬った相手に斬られたことを気づかせないというが、まさにそんな感じだった。気づかぬうちに斬られた気分。それでいて不快ではなくむしろすがすがしい。

彼と出会うことは二度とないだろう。
でももしふたりが生まれ変わったら、マラソンランナーと給水所の係員として出会いたい。そして少しもペースを落とすことなく受け取れる絶妙な間合いで給水してほしい。


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