2020年1月31日金曜日

リュックあいてる

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電車で前に立っている女性が背負っているリュック。
リュックの口がちょっとあいてる。
腕一本が余裕で入るぐらい。


不用心だな、とおもう。
でもそれだけ。何もしない。
勝手にファスナーを閉めたらスリや痴漢とまちがわれるかもしれない。
かといって声をかけて教えてやるほどでもない。全開になってて中のものが落ちそうになったらさすがに教えるけど、そこまででもない。ちょっとあいてるだけだもの。

ここは見て見ぬふり。
それが大人の処世術。

しかし意識はずっとそこにある。
いやもうとっくにリュックの中に腕をつっこんでいる。まさぐっている。
腕をつっこんで、これは手帳、これは携帯電話、これは化粧ポーチ、これは財布、中には札が四枚。たいしたことないな。
しかし狭いな。ちょっと物を乱雑に詰めこみすぎなんじゃないか。

いつのまにかぼく自身がリュックの中に入っている。
暗いけど中が見えないほどではない。なぜならぼくの頭上、リュックの口があいているから。
スマホの上に立ってあたりをみわたす。壁がきたない。このリュック、けっこう使いこまれている。このペットボトルはいつのだ。なんかにおうぞ。
たいしたものは入ってないな。お嬢さん、今度からは気をつけなよ。悪い人だったら財布を盗んだり個人情報を手に入れたりしてたぞ。ぼくだからリュックの中に入りこむだけで済んだけど。


ふいに、背後から肩を叩かれる。

ひっ。ぼくはあわてて意識をリュックから出し、肉体に戻ってくる。
まずい、勝手に他人のリュックに入ってたことがばれたのか。
おそるおそる振り向くと、後ろの男性が言う。

「リュックあいてますよ」

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