2026年3月2日月曜日

【読書感想文】瀧本 哲史『武器としての交渉思考』 / デモに効果がない理由

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武器としての交渉思考

瀧本 哲史

内容(e-honより)
交渉は、若者が世の中を動かすための必須スキル。交渉によって仲間と手を組み革命を起こせ。京大最強授業第二弾。

 経営コンサルタント、エンジェル投資家、大学准教授などの経歴を持つ著者による、“若者に向けて”の交渉の指南書。

 とっくに若者でなくなったぼくでも学ぶところは多かった。

 交渉術といっても「交渉相手の斜め向かいに座れ」みたいな小手先の(そしてどこまで本当かわからない)テクニックではなく、もっと根本的なスキルについて語っている。スキルというより思考法、思想。



 くりかえし語られるのは、交渉に必要なのは自分の要求を伝えることではなく、相手の話を聞くことだというメッセージ。

 たとえば、学生が企業に対して「採用活動のあり方を変えてくれ」とおこなったデモ活動について。

 つまり、デモでいくら自分たちの要望を主張したところで、企業側にそれを受け入れるだけの合理的な理由がない。
 だから、彼らの望みが叶えられる可能性はほとんどありません。
 就活デモをすることで、メディアに取り上げられることを狙っているのかもしれませんが、それであればもっと上手なやり方があるのではないかと思います。現状のままでは、デモすること自体が目的化してしまっているようにしか見えないのです。
 厳しいことを言うようですが、彼らの主張は、基本的に子どもの「駄々」と変わりません。「俺が困るから合意しろ!」「わたしが可哀想だから言うことを聞いて!」という主張は、子どもであれば許されますが、大人の振る舞いとは見なされないのです。

(中略)

 相手に交渉のテーブルについてもらうためには、「自分の立場を理解してもらう」ことより、「相手の立場を理解すること」のほうが大切です。
 つまり、「僕が可哀想だからどうにかして!」ではなく、「あなたがこうすると得しますよね」という提案をするべきなのです。
 相手側の立場、利害関係を考えて、相手にメリットのあることを提示すること。

 そうなんだよね。この件にかぎらず、ほとんどのデモってただの主張であって交渉になってないんだよね。だから効果がない。

 よく政治的な主張を大声で叫びながらデモをしている人たちがいるけど、あれなんて無意味どころか逆効果だとおもうんだよね。あれを聞いて「私の考えはまちがっていた! デモ隊の言うとおりだ!」と考えを改める人がどれぐらいいるとおもう? 「うっせえなあ。あいつら嫌いだわ」となる人のほうがずっと多いにちがいない。

 政権に異議を唱えるデモにしても、政権からしたら「デモに参加するような連中はどう転んだって与党に投票することはないだろうから、これ以上嫌われたってどうってことない」って感じだろう。支持者からそっぽを向かれるのは怖いだろうけど、敵対する政党の支持者から嫌われるのは何のデメリットにもならない。

 デモをすれば「おれたちはがんばった!」という自己満足は得られるのだろうが、デモが何かを動かすことはほとんど期待できない。「この法案を引っ込めてくれたら次の総選挙は与党に投票してやるぞー!」ならまだ検討する価値があるだろうけど(その約束を信じてもらえるかどうかは別にして)。


 労働法では「労働三権」として、労働者に団結権、団体交渉権、団体行動権が認められている。

 労働者が団結(労働組合の組織)する権利、労働組合が使用者と賃金や労働条件等について交渉する権利、そしてストライキをする権利だ。

 この権利が力を持つのは、労働者がストライキをちらつかせられるからだ。
「賃金アップを認めないなら従業員が団結してストライキをするぞ。そうなったら困るだろ」
という交渉(もっとあけすけに言えば脅し)をするからこそ、使用者は
「しょうがない。ストで大きな損失を出すよりはマシだから給与を上げるか」
と折れるのだ。

 労働者がたった一人で「給与上げてくれー!」と言っても交渉にはならない。「要望を聞き入れることのメリット、聞き入れないことによるデメリット」を語るからこそ交渉になるのだ。




 交渉する上で重要なのは「バトナ」だと著者は語る。バトナとはBest Alternative To a Negotiated Agreementの頭文字をとった言葉で、直訳すると「交渉による合意のための最良の代替手段」みたいな感じかな。

 要するに「交渉決裂時の他の選択肢」だ。

 つまりバトナとは、目の前の交渉相手と合意する以外にいくつかの選択肢(Alternative)があったときに、「交渉相手に、私はあなたと合意しなくても別の良い選択肢があるので、それよりも良い条件でなければ合意しない」と宣言できる他の選択肢ということになります。
 バトナとして良いものがあれば、目の前の人と必ずしも合意する必要はないので、交渉上、強い立場になれるわけです。
 逆に、バトナが悪い、あるいは、バトナがない場合は、たとえ条件が悪くても、その相手と合意するほうが決裂するよりはまだマシ、ということになりますので、交渉上、立場は弱くならざるをえません。
 交渉においていちばん初めにやらなければならないのは、できるかぎりたくさんの選択肢を持つこと。具体的には、目の前の交渉相手と合意する以外の選択肢を多く持つこと。
 そして、そのなかのいちばん自分にとってメリットの大きな選択肢(=バトナ)を持ったうえで交渉にのぞむこと。
 まずこれが、合理的な交渉の基本になります。

 ぼくは転職時にこれを実感した。

 数年前に転職したが、そのとき在籍中の会社をどうしてもやめたかったわけではない。「今の会社でもまあいいけどもっといい条件の会社があれば」ぐらいの気持ちだった。この余裕はすごく大事だ。転職先の会社と強気の給与交渉ができる。「別にこっちはこの会社でなくてもいいんですよ」という気持ちで臨めるのだから。

 大学生で就活をしていたときはそのへんをわかっていなくて「たくさん内定をもらっても最終的には1社にしか行けないのだから、たくさん受けてもしょうがないだろ」という気持ちでいた。行きたい会社だけを受けるから、不採用だったときはすごく落ち込む。余裕を失ってどんどん追い詰められ、最終的には「内定が出たらもうどこでもいい」ぐらいの気持ちになっていた。

 今ならわかる。大して行きたくなくても、とりあえず何社か内定はもらっておいたほうがいい。それがバトナとなって自信に満ちた面接ができる。


 何事をするにも、時間的・経済的に余裕があったほうがいいということだ。不動産を探すにしても「どうしても今週中に引っ越し先を見つけないといけないんです」という人より「今よりいい条件の物件があれば引っ越してもいいかな」という人のほうが良い物件に出会えるはずだ(前者は不動産屋からしたらいいカモだろう)。




 最終章で著者から若者に向けてのメッセージ。

 たしかに人は、ひとりではほとんど何もできませんし、いまの日本で行われているデモや各種の政治運動の多くは、現実の社会を動かす力とはなっていません。
 しかしだからといって、諦める必要はありません。正しい社会の捉え方と、正しい変革の方法さえ学べば、世の中を動かすことはできるからです。
 なぜ日本のデモや市民の政治運動が社会を動かせていないのか?
 それは、彼らの行動の多くが、ある意味「雲のようなもの」に向かって行われているからです。
 官公庁や大企業をいくら取り囲んでシュプレヒコールをあげたところで、そこで働くひとりひとりの人は、「まあ自分個人に向かって言われているわけではないしな」と思うのが自然な感情でしょう。
 総体としての組織、いわば不特定多数の顔の見えない人の集団にいくら文句を言ったところで、誰も「自分の責任でなんとかしましょう」とは考えてくれません。
 だから、各種のデモにはほとんど意味がないのです。

(中略)

 大きな権力や広いネットワークを持つ、「これぞ!」というキーパーソンや組織・団体だけを狙って、同時にいくつもの交渉をこなして、相手にとっても自分にとってもメリットがある合意を勝ち取っていく。
 そうすることで初めて、世の中を少しずつ動かしていくことができるのです。

 いやほんと。

 救命救急と同じだよね。「誰か救急車を呼んでください!」だと誰も動かないことが往々にしてあるけど、誰かひとりを指さして「あなた、救急車を呼んでください!」と言えば動いてくれるというやつ。


 いきなり社会全体を動かすなんて無理に決まっている。まずは誰かひとり。できるだけ影響力のある誰か。

 本気で世の中を変えようと思うのなら、デモをしたりSNSで愚痴ったりするより、地元選出の市議会議員にでも陳情に行くほうがよっぽど効果があるだろう。

 ってこんな僻地のブログでぐちぐち書いてるぼくが言うなよって話なんだけど……。


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