2026年9月25日金曜日

【読書感想文】奥山 真司『世界最強の地政学』 / 戦争は勝ち負けじゃない

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世界最強の地政学

奥山 真司

内容(e-honより)
地政学とは「国家戦略を考える上でベースとなる知の集積」です。そしてその前提には「人間は集団をつくり、互いに争う」という認識があります。だから地政学が注目される時代は、不幸な時代とも言えます―。地政学研究の旗手が明快に解説、不安な時代を生きるための基礎教養。

 地政学とは体系化された「学問」ではなく、国家戦略や国際関係を読み解くための「視点」である……という謙虚な説明から入るところが好感が持てる。

「これさえ知ればすべてがよくわかる!」みたいな大風呂敷を広げる本はろくなもんじゃないからね。知識のある人ほど謙虚になる。



 国際問題を考えるうえで、「自国がどうしたいか」「どうすれば自国にとって得か」だけ考えていてもしかたがない。「相手はどうしたいのか」「どうすれば相手にとって得になるか」を考えないといけない。人間関係と同じだね。

 そして、都会で生まれ育った人と田舎で生まれ育った人がちがう価値観を持つように、地理的な環境によって国家の重視するものも変わってくる……というのが地政学の考え方だ。

 特に重要なのが、ランドパワー(陸上権力)とシーパワー(海上権力)のちがい。ロシアや中国に代表されるランドパワー国家は、多くの国と陸上で接しているため、いつ攻め込まれるかもしれないという恐怖を常に抱えている。

 中国の万里の長城なんて、まさにランドパワー国家の不安を体現したものだ。このへんの感覚は、島国・日本人からするとちょっと想像しにくい。たしかに仲の悪い国と陸で接していたら「明日攻め込まれるかもしれない」という気持ちになるかもしれない。

 だからランドパワーの国は、シーパワーの国よりも「周辺国を軍事力で押さえつけたい」という気持ちが強くなる。

 だが……。

 これをさらに俯瞰的にみると、「ランドパワーのジレンマ」というべきものが浮かび上がってきます。
 つまり、怖い近隣勢力を遠ざけたい。→そのためには、自国の領土を拡大するか、周辺諸国を絶対に敵対しない、強い影響下に置くのが望ましい。そこまではいいのですが、そうしたロシアの行動は、近隣諸国にとっては脅威であり、侵略でしかありません。すると、ロシアが「恐怖」を払拭し、自国の安全を高めようと思えば思うほど、近隣諸国との緊張は増し、かえって紛争の可能性を高めてしまうのです。これは中国や過去のドイツにもあてはまるランドパワーの大国が抱えるパラドックスといえるでしょう。

 周辺国を軍事力で押さえつけたい。けれど押さえつけようとすればするほど当然周辺国は反発する。かえって仲が悪くなる。そこで余計に軍事力を強化し、そうするとさらに緊張が高まり……という悪循環だ。

 ロシアのウクライナ侵攻を見ていると、まさに「ランドパワーのジレンマ」に陥っているように感じる。傍から見ていると、ウクライナを侵略することでロシアは損しかしていないように見える。攻め込まれたウクライナはNATOと接近し、ロシアとNATOの関係は悪化している。

 損しかしないように見えても、ロシアからすれば「追い詰められたからこうするしかなかった」という被害者意識なのかもしれない。



 戦争というとついつい「どっちが悪いか」というジャッジをしてしまいがちだが、著者はあくまでリアリスティックに「どうするのが得か」という視点で戦争を見ている。

 そのうえで、戦争で重要なのは「勝つこと」ではなく「どのような戦後秩序を築くか」だと語る。

 なるほどね。戦争が終わっても国際関係は続く。敵国の国民だって全滅させることはできないだろう。戦いに完勝したとしても、生き残った人たちからの復讐におびえ、他国からも非難されるようなことになれば、それは負けだろう。

 こういう視点は今の日本にはあまりないものだよね。「戦争はいけないことだから反対!」と言う人たちも、「他国が侵略してきたら戦うしかない!」と言う人たちも、どっちも「どういう戦後秩序を築くか」という視点が欠けている。勝ちか負けかのどちらかしかないとおもっている。

 ウクライナ戦争にしても、パレスチナ・イスラエル戦争にしても、当事者たちには「戦後に有利な状況にもっていく」という意識があるんだろうか。「勝つまで戦う」でやっているように見えてしまう。



 その点、数々の戦争を経て多くの植民地を手にしたイギリスは非常にしたたかだ。

「戦いに勝つこと」ではなく「どうすれば自国に有利になるか」で動いている。

 島国であるイギリスは、本国の領土がそれほど大きくはなく、人口も世界各地を占領支配しつづけられる規模ではありません。そこで彼らが編み出したのは、世界中で自分たちの拠点となる港湾(点)を押さえ、それを結ぶ航路(線)を支配する「ネットワーク型の支配」だったのです。
 イギリスが置いた主な海外拠点としては、カナダ、オーストラリア、インド、南アフリカなどの英連邦諸国をはじめとして、地中海方面では、大西洋との境目にあたるジブラルタル、中央に位置するマルタ島、東地中海のキプロス島が挙げられます。中東では、エジプトのカイロ、アレクサンドリア、そしてスエズ運河を押さえ、極東ではシンガポールが重要な拠点でした。
 現在でも、造船所が置かれているジブラルタル、ペルシャ湾、紅海、インド洋における中継地であるバーレーン、ペルシャ湾のすぐ外側に位置するオマーン、インド太平洋地域で艦艇の修理と補給も行うシンガポールに、英海軍の基地があります。

 少し前に読んだ、保阪 正康『なぜ日本人は間違えたのか』にも似たようなことが書いてあった。日本は日中戦争で、自国よりもずっと広くてずっと人口の多い中国をまるまる占領しようとして失敗した。その点イギリスはアヘン戦争後も中国全土の統治などは考えず、上海に租界を置いて「点」で支配しようとした、と。

 最近でも、イランがホルムズ海峡を封鎖したことでタンカーなどが通行できなくなり、世界中に大打撃を与えることになった。

 べつに戦争で全面的に勝利しなくても、重要な「点」さえ押さえれば世界情勢を自国に有利に動かせるのだ。



 戦争というと、善か悪か、あるいは勝つか負けるかで考えてしまうが、最も重要なのは「得か損か」だよね。

 こういうこと言うとあちこちから非難されそうだけど。


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