2026年9月2日水曜日

【読書感想文】チャールズ・デュヒッグ『相手の本音を引き出す会話の正解』 / 一朝一夕で使えないテクニックだからこそ役に立つ

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相手の本音を引き出す会話の正解

チャールズ・デュヒッグ(著)  渡会 圭子(訳)

内容(e-honより)
「それ、こうしたらいいんじゃない?」アドバイスをしたつもりが、「共感が欲しかった」と言われてしまう。その原因は話の内容ではなく、会話の種類のズレにあった。「伝わる会話」とは何か?NASAの採用面接からSNSの炎上まであらゆる会話を科学で解明。

 いい本だった。安易なビジネス書みたいなタイトルだけど、内容は科学的知見に基づくちゃんとしたもの。

 小手先のテクニックではなく、心の底から相手と通じ合う方法を説いている。


 個人的にちょうど今、仕事で「伝え方」について頭を悩ませているところだったのですごく参考になった。

 ぼくはずけずけとものを言ってしまうタイプで、「正しいことを言って何が悪いの?」と思ってしまうことも多々ある。でもそれじゃ他人を動かすことはできないと40歳をすぎてやっと気づいた。遅ぇ。


 たとえば自分が嫌いな上司から納得のいかない理由で説教を食らっているときのことを考えてみる。どういう行動をとるだろうか。口では「はい、わかりました、気を付けます」と言いながら、内心では「うっせえな。おまえがおかしいんだろ。この意味のない説教早く終わらねえかな」と考える。それがふつうの人間だ。

 なのに、自分が他人に注意しているときは、相手は真剣に聞いてくれていると思ってしまう。相手の話は自分に響いてないのに、自分の話は相手に響いていると思いこんでしまう。

 ・相手が無口になる、表情が動かなくなる、視線があなたの顔以外のどこかに向いている、物思いにふけっているように見える、あなたの言葉に対して自分の考えを言わないといったことはないだろうか。
 こうした反応は「話をよく聞いている」と誤解されやすい。しかしだいたいは違っている。(次のいくつかの章で説明しているが、話をよく聞くというのはもっと能動的な行為なのだ。)これらは、相手は今の話題ではなく、別のことを話したがっているというシグナルである。その場合、あなたは全員が望んでいることを知るための調査──そして実験──を続ける必要がある。
 こうした反応は見逃されやすい。それは一部には、人の頭の領域の大半は話すことで占められてしまうからだ。しかしこれらの手がかりに気づく訓練をすれば、何をどう話すかの問いに答える役に立つ。

   自分が話を聞き流しているのと同様、自分の話も基本的に相手に伝わっていないものと思った方がいい。「基本的には伝わらない」とおもえば、伝わるためにはどうすればいいかという発想になる。



 話をするときは「何をどう話すか」「どう感じるのか」「私たちは何者なのか」を意識することが必要だと著者は書く。

 詳しくは本書を読んでいただきたいが、ぼくが特に重要だと感じたのは「どう感じるのか」の部分である。


 感じていることについて話し合っていると、他の人たちは話を聞かずにはいられなくなる。そして自己の感情を吐露しはじめ、今度は私たちが耳を傾けることになる。

 情報だけで人は動かない。「100万人が死んだ」という情報よりも「たった1人の息子を亡くして私がどれだけ悲しい思いをしたか」という話のほうがずっと人の心を動かす。

 そこで「感情を吐きだすこと」と「感情を吐きださせること」が必要になる。

「弱みをさらけださせる質問に組み替えるのは難しいと思われるかもしれない」とエプリーは私に言った。「しかし実際はさがし始めると意外に見つかるものだ。たとえば電車に乗って、職場に向かう人たちと話をしているとき『あなたの仕事は何ですか?』と尋ねる。その後に『その仕事は好きですか?』とか『他に何かしてみたいことはありますか?』と尋ねるかもしれない。そこで二つの質問ができて、その人の夢の話まで聞くチャンスを手に入れている」

 なるほどなー!

 この本でいちばん勉強になったのはここ。

 初対面の人と話さなくてはならない状況になったとき、ぼくも相手に質問をしたりしてなんとか会話を続けようとしていた。でもあまり会話が続かない。まして打ち解けるところまでいったことはほとんどない。

 思い返してみれば、そういうときにぼくがしていたのは“事実”に関する質問だ。

「どこ出身ですか?」「お仕事は何をされているんですか?」といった類の。

 質問に対する答えは返ってくるが、それ以上の会話にはなかなか発展しない。

 重要なのは「どこ出身ですか?」の後の「へえ、そこって住みやすいですか?」といった、感情を引きだす質問だったのだ。

「そこって住みやすいですか?」だと聞かれたほうも一生懸命に考えるし、「うーん、若いうちはいいけど仕事をするには不便ですよねー」とか「いやこっちのほうがぜんぜん住みやすいですよ。○○があるし、××にも行きやすいですし」といった回答から、その人の人となりや大事にしているものが見えてくる。

 勉強になったぜ。



 口論になったときの考え方について。

 ではどうすればこのような相互理解に至るのか。最初のステップは、それぞれの戦いの中に対立が一つだけでなく、最低でも二つあると認識することだ。まず表面的な問題があり、それで互いの意見が対立する。そしてその下には感情的な対立がある。「たとえばある夫婦が、もう一人子どもをつくることについてけんかをしているとしましょう」とヒーンが私に言った。「まずいちばん上の層の対立はあなたはもう一人子どもを欲しがっているけれど、私はそれを望んでいないというもので、一見それがけんかの理由に思えます。しかしもっと深い感情の問題もあるのです。あなたが私のキャリアよりも子ども優先で考えていることに腹が立つ、あるいはもう一人子どもをつくったら破産しそうで怖い、あなたは私の望みを気にしていないように見えてがっかりしている、などです」そのような感情的な対立は不明瞭で、特定できないことも多いが、信じられないくらい強力である。そこには議論が過熱して妥協の余地が失われてしまうほどの怒りや失望がたまっているからだ。

 そうだよなー。そうなんだよなー。

 これは深く受け止めないといけない。よく妻に叱られる夫として。

 妻から「洗面所を使った後に水が飛び散ってたから気を付けて」と言われたとき、ほんとは「風呂場も汚いし、台所の使い方も荒っぽいし、でもいっつも掃除をするのは私ばっかりで、その間あなたはグーグー寝てるのはおかしいよね? どう考えたって家事の負担が半々じゃないよね」と言われているのだ。

「洗面所をきれいに使おう」とおもうだけではだめなのだ。


 これはほんと大事。ぼくも十五年結婚生活を続けているのでよくわかる。

「不満があるなら溜めこまずに全部言ってくれたらいいじゃない」なんておもうのはど素人だ。注意する方だって不快だし、だいたい不満を逐一口にしていたらぼくなんか一日に七十五回ぐらい妻から注意されることになって、家庭内の雰囲気は最悪になる。

 妻は言わないでいてくれているのだ。だがこちらはそれに甘えて「言われたことだけ気を付けよう」としてはいけないのだ。

 重々肝に銘じておかねば。



 大事なのは話し方だけではない、聞き方も重要だ。

 だから自分が聞いていることを証明したければ、話が終わったあとにそれを示す必要がある。注意を向けていることを示したいのであれば、話が途切れたとき、その人の言ったことが頭に入っていることを証明しなければならないのだ。
 そしてそのために最良の方法は、いま聞いたことを自分の言葉で繰り返し、それで合っているかどうか尋ねることだ。
 これはいたってシンプルなテクニックだ。話し手に質問し、いま聞いたことを振り返り、理解できているかどうか確認を求めるというだけだ。しかし研究によれば、相手の話を聞きたいことを証明する、唯一かつ最も効果的なテクニックだという。この方法は理解のためのルーピングと呼ばれることがある。その目的は相手が言ったことをそのまま繰り返すことではなく、他人の考えを自分の言葉で絞り出し、その視点を理解し、そこからものごとを見ようと努力していることを証明することだ。それからこのプロセスを何度も何度も繰り返すうちに全員が満足する。「会話の最初にこのルーピングのようなテクニックを使うと、最終的に対立がエスカレートするのを防ぐ」ことが、二〇二〇年のある研究でわかった。その参加者は「よりよいチームメイト、アドバイザーで、今後協力していくのに望ましいパートナー」とみなされる。

 これはすぐにでもできるテクニックだね。やりすぎるとだいぶうっとうしいけど。


 相手の言ったことを「それって……ってことですか?」と質問する。相手の発言内容を確実に理解することができる。それだけではない。相手の言うことをまとめようとおもったら、相手の視点と自分の思考を重ね合わせなければならない。いわゆる「相手の立場に立って考える」というやつだ。

 SNSの議論なんかを見ていると(不毛だからあんまり見ないようにしてるけど)、そもそも両者とも相手のことを理解しようとなんかしていないことがほとんどだ。はなから相手のことを「思慮の足りない人間」と決めつけ、その結論を導くための証拠を必死になって探している。

 でも多くの問題には良い面と悪い面があり、対立する両者とも正しいことを言っていたりする。たとえば原発の存続に関する議論であれば「原発が生み出すエネルギーは重要な価値がある」と「原発が抱えるリスクはとても大きい」はどちらも間違っていない。どちらに重きを置くかという価値観の違いがあるだけだ。

 相手の視点でものを見ることで、建設的な議論ができるようになるはずだ。もっともSNSで議論(という名の一方的な主張)をしている人たちが「建設的な議論」なんて望んでいるかどうかはわからないけど……。



 相手の気を悪くさせる話し方について。

 マイケル・スレピアンとドリュー・ジャコピー・センゴーの研究チームは、会話がうまくいかなくなる原因は数多くあることを発見した。いやなこと、無知なこと、冷酷なことを言ったりする場合もあるだろう。意図的に誰かを仲間外れにすることもあれば、本当に偶然で相手を怒らせてしまうこともあるかもしれない。しかし一つ、必ず人々を不快にさせ、動揺させる行動があった。それは話し手が、聞き手の意思に反して、その人をある集団の一員としてひとくくりにするような発言である。それで話し合いがうまくいかなくなる可能性が高かった。
 ときには話し手が聞き手に対して、その人の意に染まぬ集団のメンバーに入れてしまうこともあった。(「あなたも金持ちだから、たいていの金持ちが俗物だと知っているでしょう」)。このとき聞き手は、自分もまた俗物的だとほのめかされたことに腹を立てる。また話し手が聞き手を、自分たちが高く評価している集団の一員ではないと否定することもあり(「あなたはロースクールに行っていないのだから、法律が実際にどう機能するのか理解していない」)、このとき聞き手は無知だと侮辱されたと感じる。

 望まない一般化をすると相手は怒る。

 これもわかるなあ。昔、友人から「おまえのその意見っていかにも賢い人の意見って感じやな」と言われてめちゃくちゃ腹が立ったことがある。けっこう強めに言い返して、喧嘩になった。

 そこまでひどいことを言われたわけじゃない。でも「賢い人」が褒め言葉ではないこともぼくにはわかった。友人は「頭でっかちな人」みたいな意味で使ったのだとおもう。

 それがぼくには気に食わなかった。自分でもなんでそんなに腹が立っているのかわからないぐらい不愉快だった。


 ぼくが言われた「いかにも賢い人の意見」こそ、まさに「聞き手の意思に反して、その人をある集団の一員としてひとくくりにするような発言」であった。

「これだから女は」的な発言だ。そりゃ人をイラつかせる。だがこの手の発言は巷にあふれている。性犯罪者を非難すればいいのに「男は~」と語ればコメント欄が荒れるのは必至だ。

 女性専用車両が嫌われているのも同じ理由だろう。あれは男全員を「おまえたち痴漢予備軍」とひとくくりにしているのと同じだからだ。あれはれっきとした差別だ(ただし現実的に有用な面もあるので、「不愉快でしょうが差別させてください」という形で鉄道会社がお願いするのであれば拒否するほどではない)。



 まとめ。

 コミュニケーションに対する考え方を根っこから揺さぶってくれるような本だった。

 ただし安っぽいビジネス書に書いてある小手先のテクニックではないので、実践するのはかんたんではない。どれも一朝一夕に身に付く技術ではない。

 でも、だからこそ、どんな状況でも、どんな相手でも普遍的に使える技術だ。

 何度か読み返したい本。


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