2024年3月7日木曜日

【読書感想文】奥田 英朗『コロナと潜水服』 / 本だからこそかける偏見

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コロナと潜水服

奥田 英朗

内容(e-honより)
早期退職を拒み、工場の警備員へと異動させられた家電メーカーの中高年社員たち。そこにはなぜかボクシング用品が揃っていた―。(「ファイトクラブ」)五歳の息子には、新型コロナウイルスを感知する能力があるらしい。我が子を信じ、奇妙な自主隔離生活を始めるパパの身に起こる顛末とは?(表題作)ほか“ささやかな奇跡”に、人生が愛おしくなる全5編を収録。

 短篇集。すべて超常現象が起こる話。といって幽霊というほどおどろおどろしいものではなく、なんか霊的なふしぎなことが起こる、という程度。

 取り壊し寸前の古い家を買ったら男の子の気配を感じる『海の家』、追い出し部屋に異動させられた社員の前に謎のボクシングコーチが現れる『ファイトクラブ』、占いというより呪いをかける『占い師』、息子が人を見て新型コロナウイルスに感染しているかどうかを言い当てるようになる『コロナと潜水服』、中古車を買ったら前の持ち主の思い出の地に連れていかれる『パンダに乗って』の五編。


 個人的にはちょっと期待外れ。そもそも超常現象を扱った話が好きじゃないんだよなあ。なんとでもアリになっちゃうからさ。小説をつくるほうからしたらこんなに楽なネタもないんじゃないだろうか(書いたことないから知らないけど)。どんな不条理なことが起きても超常現象のせいにしたら「そういうものですから」で済ませられちゃうもんね。

 オカルトならオカルトで、ちゃんとルールを設定してほしいな。




 わりと好きだったのは『占い師』。

 プロ野球選手を彼氏に持つ女性。自身もミスコン女王、コンパニオン、フリーアナウンサーなど華やかな道を歩んできた。

 ある年、彼氏の成績が急上昇。たちまち球界の人気選手となる。だがそれと同時に彼女への連絡回数は減り、態度もそっけないものに変わってゆく。彼の周りには虎視眈々と有力選手を狙っている(ように見える)女性アナウンサー。

 彼女が“占い師”に相談すると、翌日から彼は絶不調に。自信を失った彼は彼女に癒しを求めるようになる。会う回数が増えたのはうれしいが、このままでは成績不振でクビになる。プロ野球選手でなくなった彼には魅力がない。

 再び占い師に相談すると成績が上昇するが……。


 活躍しすぎてほしくないが、さりとてまったく活躍しないのも困る、という女性の身勝手な欲望をあからさまに書いた短編。悪意に満ちている。

 男が書いているので「ああいう女はこんなもんだろ」とばかにした感じがありありと伝わってくるが、その乱暴さがかえって楽しい。小説なんだから、偏見や悪意に満ちていてもいい。エンタテインメントの読者が求めているのは正しさじゃない。

 小説なら許される。昔は「本には書けないようなことでもネットになら書ける」だったけど、今じゃ「ネットで書いたら炎上するようなことでも本ならそこまで多くの人の目に留まらないから大丈夫」になってるからね。


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