2023年10月4日水曜日

【読書感想文】リチャード・プレストン『ホット・ゾーン ウイルス制圧に命を懸けた人々』 / 狂暴すぎて拡がらないウイルス

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ホット・ゾーン

ウイルス制圧に命を懸けた人々

リチャード・プレストン(著) 高見 浩(訳)

内容(e-honより)
1989年、米国の首都ワシントン近郊にあるサルの検疫所をエボラ・ウイルスが襲った。致死率90%、人間の脳や内臓を溶かし「崩壊」に至らしめるエボラ出血熱のパンデミックを阻止すべく、ユーサムリッド(米陸軍伝染病医学研究所)の科学者たちが立ち上がる。感染と隣り合わせの極限状況で、彼らは何を思い、どのように戦ったのか?未曾有のウイルス禍と制圧作戦の全貌を伴いた、世界的ベストセラー。


 いっとき、アフリカで大流行したとして話題になったエボラ出血熱。最近ではあまり話題にならないが(新型コロナウイルスが流行ったからね)、2019年にも流行しているし、いまだ治療法も予防法もわかっていない。いつまた広がっても、そしてアフリカ以外の地域で感染者が出てもおかしくない病気なのだ。

「すごく怖い病気」ということしか知らなかったが、この本を読むと、エボラ出血熱のおそろしさは想像をはるかに上回っていたことがわかる。

 いったい何がモネを殺したのか、彼らにはさっぱりわからなかった。死因の見当がまるでつかない──不可解な死、というほかなかった。モネは検屍のために解剖された。まずわかったのは腎臓が破壊され、肝臓も壊死していたことだった。モネの肝臓は死亡する数日前からすでに機能を停止していたのだ。それは黄色く変色しており、融解した部分もいくつかあった──全体として、死後三日を経た死体の肝臓にそっくりだった。モネは死ぬ前からすでに死体に変わっていたかのようだった。臓器の内層が剝離するのも、死後三日ほど経た死体に通常見られる特徴の一つである。いったい、正確な死因は何だったのだろう? それを断言するのは不可能だった。考えられる原因がたくさんありすぎたからである。モネの体内ではすべてが、ありとあらゆる組織が異常を呈していたのだ。そのどれ一つをとっても致命的だったろうと思われた。血栓、大量出血、プリンのように変質した肝臓、それに血が充満した臓器。

 生きながらにして、内臓を破壊し、溶かしてしまう病気。感染した人はまるでゾンビのような見た目になるという(本物のゾンビは誰も見たことがないけど)。内臓が先に死んでしまうのだから、それも当然だろう。


 ところで、タガメって昆虫知ってる? 田んぼとか小川にいるやつなんだけど。

 こいつの餌のとりかたってのがほんとにおそろしくて、オタマジャクシとかフナとかにしがみついて、口から針みたいなのを刺して消化液を注入するのね。で、獲物の肉とか内臓を溶かして(骨まで溶かすそうだ)、それをちゅうちゅう吸うのだ。ああ、おっそろしい。

 このタガメの捕食方法を知ったのは子どものころだったので身震いするほどおそろしくて、つくづくフナやドジョウに生まれなくてよかったとおもったものだ。生きたまま身体の内部を溶かされる死に方なんて最悪だもの。

 その、フナにとってのタガメに相当するのがエボラウイルスだ。ヒトの身体にとりついて内臓を溶かしてしまう。おまけにタガメとちがってエボラウイルスは目に見えず、どんどん増殖してあっという間にヒトからヒトへと渡り歩く。

 エボラウイルスの感染率は極めて高く、発病した場合の致死率は50%を超えるという(90%を超えたこともあったとか)。




 感染しやすい、感染経路もよくわからない、かかったらとんでもない苦しみとともにほぼ死なせる、とどこをとっても最悪なエボラウイルスだが、これまでのところ、世界中に広がるような流行は見せていない。

 これまで何度も流行したが、暴風雨のように人々を殺した後、しばらくすると消滅してしまう。なぜか。

 エボラ・スーダン・ウイルスがなぜ消滅したのか、考えられる理由はほかにもある。それはあまりにも獰猛すぎたのだ。最初にとりついた宿主を殺すのに急で、ほかの宿主に乗り移る暇がなかったのである。おまけに、このウイルスは空中を飛び移ることはなかった。それはあくまでも血を媒介にして伝染した。そして、出血した犠牲者たちは、多くの人間と接触する間もないうちに死亡したため、ウイルスが新しい宿主に飛び移る機会もあまりなかったのだろう。もし患者たちが咳きこんで、ウイルスを空中に吐き出していたら──その結果はまた違ったものになっていたかもしれない。いずれにせよ、エボラ・スーダンは、火が藁の束をなめ尽くすように中部アフリカの数百の命を焼き殺した。そのうち、炎は中央で燃え尽き、灰の山となって終息した。それは、いままさしくエイズの流行に見られるように、消火不可能な炭鉱の火事さながら、いつまでも地上でいぶりつづける、というようなことにはならなかった。エボラ・スーダンは密林の奥に撤退したのだ。が、そこで死滅したわけではない。未知の宿主の中で何代も循環を繰り返しながら、それは今日まで生きつづけているにちがいない。それは自らの形を変え、別の形態に変身する能力を持っている。いつの日か、それはまた新しい形態で人類の間に潜入してこないとは、だれも断言できない。

 エボラウイルスは狂暴すぎて拡がりにくい。なぜなら感染者がウイルスを別の人間に運ぶ前に死んでしまうから。皮肉なことに。

 その点、数年前に大流行した新型コロナウイルスは、拡大するのにはちょうどよかった。致死率が低く(エボラウイルスに比べるとゼロみたいなもの)、潜伏期間が長く、感染者が別の個体へと運びやすかった。おまけに空気感染する。

 ウイルスからすると「ヒトは生かさず殺さず上手に利用するのがいいぜ」ってな感じなんだろうね。


 ただ、これまでエボラウイルスが世界中に大流行しなかったのはあくまで結果の話であって、今後も流行しないという保証はない。もっと感染力が高くて、空気感染するタイプの新種が出てきて、あっという間に全世界を覆いつくす可能性はある。




 エボラウイルスは、アメリカでも感染拡大しそうになったことがあった。

 研究所で飼われていたサルからエボラウイルスが見つかり、さらにそのサルに触れたり嚙まれたりした研究者に感染したのだ。

 だが彼らは発症せず、感染もそれ以上拡がらなかった。

 レストン・モンキー・ハウスの従業員たちが感染したのは、病状の出ないエボラ・ウイルスだった。なぜこのウイルスは彼らを殺さなかったのだろう? 今日に至るまで、その疑問に明快に答え得る人間はいない。病状の出ないエボラ──彼らのかかったのは、〝エボラ風邪〟とでも言うべきものだった。おそらくは、このウイルスのごく微小な遺伝子コードの相違が、このウイルス粒子中の七つの謎の蛋白質の一つの形態を変えた。それがたぶん、人間に与える効果を劇的に変えて、サルには致命的でも人間にはほとんど無害なウイルスを誕生させたのではあるまいか? いずれにしろ、このウイルス株がサルと人間の相違を知っているのは事実である。そしてもし将来、このウイルスがまた別の方向に突然変異したとしたら……。

 感染拡大しなかったのは、防疫努力もあったが、「運が良かったから」という理由も大きい。ということは、もしも運が悪ければ感染拡大していた可能性もあったわけで……。


 人類はほとんどの病気をある程度コントロールできるようになったとおもってしまいがちだけど、ぜんぜんそんなことないんだよね。このさきどんなに医学が進んでも、永遠に病気には悩まされることだろう。新型コロナウイルス流行のときもおもったけど。

 まあ老人がいつまでも死なない世界もそれはそれで悲惨なので、悪いことばかりではないけどさ。


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