2023年5月8日月曜日

【読書感想文】津村 記久子『この世にたやすい仕事はない』 / やりがいがあってもなくてもイヤだ

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この世にたやすい仕事はない

津村 記久子

内容(e-honより)
「一日コラーゲンの抽出を見守るような仕事はありますかね?」ストレスに耐えかね前職を去った私のふざけた質問に、職安の相談員は、ありますとメガネをキラリと光らせる。隠しカメラを使った小説家の監視、巡回バスのニッチなアナウンス原稿づくり、そして…。社会という宇宙で心震わすマニアックな仕事を巡りつつ自分の居場所を探す、共感と感動のお仕事小説。芸術選奨新人賞受賞。


 ちょっと変なお仕事小説。

 同じ会社で10年以上働いていた「私」だが、燃え尽き症候群のようになって退職し、人付き合いや文章を読むことや仕事にのめりこむことがイヤになる。「たやすい仕事」を求める私に紹介されたのが、「ある小説家の生活をひたすら監視しつづける仕事」「バスのアナウンスに入れる近隣の施設の広告の原稿作成の仕事」「おかきの袋の裏に書いてあるちょっとした豆知識を考える仕事」「『熱中症に気をつけよう』などのあまりメッセージ性のないポスターを貼ってまわる仕事」「広大な公園の中にある小さな小屋にいるだけの仕事」など、一風変わった仕事ばかり。

 どの仕事にもそれなりのやりがいとそれなりの楽しさがあるが、それなりの苦労やストレスもあり……。




 特におもしろかったのは第三章『おかきの袋の仕事』。

 労働環境はいいし、周りの同僚もいい人ばかりだし、仕事の責任も軽いし、でもそれなりにおもしろさもある。徐々にのめりこむ主人公。さらに自分の仕事がおもわぬ高評価を受け、会社の業績にも貢献する。

 だが仕事が認められるようになると周囲からの期待は高まり、同時にプレッシャーや責任感を強く感じるようになる。やりがいやおもしろさと感じていたことが次第に重荷に感じられるようになり……。

 この感覚、なんとなくわかるなあ。

 やりがいがないのはイヤだけど、やりがいがあるのもやっぱりイヤなんだよね。

「あんまり期待されていなかった仕事で期待以上の成果を上げる」とか「自分の仕事が会社の業績に大きく貢献する」ってそれ自体はすごくおもしろいことなんだけど、おもしろいがゆえに重荷になってしまうんだよね。重圧は増えるし、二回目以降は最初ほど評価もされないし。あんまりうまくいきすぎると、イヤになることが増えてしまう。

 プロ野球で三冠王を達成した選手なんて、翌年はすごくやりにくいだろうなあ。昨年より悪ければがっかりされるし、昨年以上の成績を出しても前ほどは評価されない。


 ぼくが書店で働いていたとき、ある人の業務を引き継いだ。担当売場にあれこれ手を入れたので、前年と比べて売上が大きく伸びた。で、ぼくはさっさと異動願いを出してその売場を離れた。なぜなら、1年目は前年比120%の売上を出せても、2年目は良くて100%ぐらいにしかできないとわかっていたから。

 これが理想の働き方だよね。新しい場所に行って業務を改善し、改善したらさっさとそこを離れて次の場所に移る。なかなかそんな仕事ないけど。




 ぼくは今までに四社で正社員として働いてきた。もうすぐ五社目に移る。

 幸いなことに転職を重ねるたびに労働時間は短くなり、給与は増えていった。どんどん働きやすくなっている。ぼく自身が多少スキルを身につけたこともあるし、時代という要因もある(ぼくが大学卒業した頃は景気も良くなくて人出も余っていたのでブラック企業全盛期だった)。

 でも転職がうまくいった最大の要因は運だ。どんな仕事もやってみるまでわからない。慣れてきたら仕事の内容についてはある程度想像がつくが、上司や同僚や顧客がどんな人かは働いてみないとわからない。

 だから転職を迷っている人にはどんどん転職を薦めたい。嫌だったらまたやめればいい。幸い、今の日本は働き手の数が減っている。また次の仕事が見つかりやすい状況だ。

 いろんな会社で二十年ぐらい働いてわかったのは、どの会社もそれなりに良さはあって、それなりに悪さがあるということだ。あたりまえだけど。

 就活生向けにR社やM社が「あなたに最適な仕事が見つかる! 適職診断」なんてやってるけど、最適な仕事なんてない。「わりと我慢できる仕事」と「これ以上我慢できない仕事」があるだけだ。きっと自営業や社長になったって、仕事に対する不満はずっと残るだろう。好きなことを仕事にしている人はいるけど(少ないけど)、好きなことだけを仕事にしている人はいない。

 どんなに給与が良くて楽でやりがいがあっても、不満の種は決して消えない。


 もしぼくが大学生に戻って就活をやり直すとしたら「やりがいとか仕事がおもしろそうかとか」は一切捨てて、雇用条件だけを見るな。業種はなんでもいい。長くなくて安定している労働時間とそこそこの給与。やりがいなんてのはどの仕事にもあるし、どの仕事でも完全には満たされない。でも労働環境がきついと生活すべてがだめになる。労働なんかのために人生を捨てることはない。

 就活したときは仕事選びを「終の棲家を購入するようなもの」って考えてたけど、「賃貸物件をさがすようなもの」ぐらいに考えたらよかったな。どの部屋を借りるかは大事だけど、ぜったいに失敗はあるし、大失敗ならまた引越せばいい。引越しによって失うものはそんなに多くない。「どんな部屋に住んでいるか」は私という人間を示す要素のひとつではあるけど、一生を決定づけるほど大事なことではない。

 二十年近く働いた今だからそうおもえるんだけど。




『この世にたやすい仕事はない』の主人公は他人にあまり心を開かない。ぼくもそういう人間なので、彼女の思考はわりとよく理解できる。

 私は改めて、同じ場所にいて話ができているということは、同じ場所にいて話ができているということは、心理的な距離もないということになる、という仮の定義をまったく疑わない人たちというものを目の当たりにした、ということに気が付き、ちょっと感動して震えた。どういうことなんだろう。団塊ぐらいの年齢の人ってみんなこんな価値観なのか。いやいやまさかな。

 わかるなあ。世の中には「私は腹を割って話したのだからあなたも当然そうすべきだし、そうしてくれているはず」と信じている人っているよなあ。

 たとえば「会社をやめます」って言ったときに「辞めるって決める前になんで相談してくれんかったん」って言った上司とか。安心して相談できる上司、相談して改善するとおもえる環境やったら辞めてへんで!


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3 件のコメント:

  1. いつもブログ見ています。質問ですが、職種や会社規模はころころ変えているのでしょうか?求職中で参考にしたいので、もし返事いただければうれしいです。

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    1. コメントありがとうございます!
      職種はころころ変わってます。会社規模は同じぐらいですかね。
      ただ、どの仕事も現実にあるかどうかわからないような仕事なので、あんまり仕事選びの参考にはならないんじゃないですかねー。

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    2. あ、すいません。犬犬様ご自身の事を聞きたくメールしました。あまり世の中に事知らないですが、給料って職種が同一じゃなきゃ上がらないのではないか、と疑問に思いまして。

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