ぼくらは海へ
那須 正幹
海辺の小屋に集う小学六年生五人。彼らは廃材を利用して船を作りはじめる。幾度もの失敗を経て、そして途中から加わった二人の協力もあり、ついに全員が乗れる立派な船が完成する。
……というあらすじだけ見れば、さわやかな冒険小説かとおもうだろう。ところがどっこい。物語は、終始どんよりした雰囲気に包まれている。
父親不在のため、母親から進学校に進むようプレッシャーをかけられている誠史。病弱な妹のせいで家庭内の雰囲気が暗い雅彰。家は裕福で成績優秀でありながら、家族愛に飢えている邦俊。家庭の事情で引っ越しをくりかえしている勇。そして家が貧しく、家庭内もあれている嗣郎。
『スタンド・バイ・ミー』『グーニーズ』にも似た、それぞれ問題を抱えた少年たちの冒険譚ともいえるが、『ぼくらは海へ』の少年たちはとうとう最後まで心を一つにすることはない。船作りに対する熱意もバラバラだし、邦俊はほとんど協力しない。誠史は嗣郎を見下しており、新たに加わった康彦や茂男は他のメンバーとぎくしゃくしている。
そして、台風が接近してきたある晩。船の近くに行った嗣郎は暴風によって船が壊れるのを防ごうとした結果、波にさらわれて死んでしまう。
ぼくは小学生のときにこの本を読んで衝撃を受けた。
『ズッコケ三人組』シリーズの那須正幹さんの作品ということで同様のポップな少年冒険譚を期待して読んだのだが、まったくちがう。
それまで読んだ児童文学には、主要登場人物が死んでしまう話なんてなかった。だが嗣郎はあっけなく死んでしまう。嗣郎の死は、強いインパクトを与えた。他のシーンはまったくおぼえていなかったが「メンバーのひとりが死んでしまう話」ということだけはずっとおぼえていた。
さて、おっさんになってから再読してみると、改めて嗣郎の死が残酷な描かれ方をしていることがわかる。
まず嗣郎が台風の晩に外出をしたきっかけは、酒飲みの父親に怒鳴られたことである。母親は止めるが、強くは止めない。それよりも「父親を怒らせないこと」を重要視しているように見える。両親からないがしろに扱われた結果の死。子どもにとってこんな不幸があるだろうか。
おまけに彼は死んでも仲間から悲しまれない。船作りをしていた少年たちは校長先生から叱られるのだが、他の少年たちは反省するどころか「運が悪かった」「かかわらなきゃよかった」「嗣郎が死ぬのはぼくが引っ越した後だったらよかったのに」などと、我が身のことばかり考えている。康彦だけは深く反省するものの、彼にしても優等生としての自分の評価に傷が入るのを心配しているふしがある。
このへんの描写は実にリアルだ。そうなんだよな、子どもって基本的に反省しないんだよな。怒られても「運が悪かった」「あいつのほうが悪いのに」「バレないようにするべきだった」ぐらい。ま、大人もそうか。
そもそも校長先生の叱り方こそが責任転嫁のためである。児童が死んだのは、他の子らが危ないことをしていたから、担任の教師が危険な場所に立ち入らないように厳しく指導していなかったから、という他責感が随所ににじみ出ている。
大人も子どもも、誰も嗣郎の死を本気で悲しんでいない。それより責任をどう押しつけるかのほうが自分にとって大事だ。
でもまあ、こんなもんだよな。他人の死って。
少し前にいとこが自殺したんだよ。ぼくの一歳下だったので小さい頃はいっしょに遊んだけど、遠くに住んでいたので会うのは年に一回ぐらい。思春期になってからは会うこともなくなり、もう二十年近く会ってなかったんだけど。
知らない人じゃないから「そっか……」とはおもったけど、「そっか……」以上の感想は出てこないんだよね。
もう二十年会ってないからどんな顔してたかもおぼえてないし、生きてたとしても会うのは法事ぐらいだっただろう。だからひどい言い方をすれば、彼が生きていようが死んでいようがぼくの人生にはほとんど影響がない。
だから「そっか……」。ニュースでどこかの誰かが不幸な死を遂げたのを見たときぐらいの気持ち。
フィクションの中だと死って仰々しく描かれることが多いけど、じっさいは家族とか恋人とかでなければ「そっか……」ぐらいのもんなのかもしれない。
嗣郎の死が強い印象を与える作品だが、改めて読んでみるととことんリアリスティックな作品だ。
メンバーたちの家庭環境、うまくいかない船作り、学校や塾での居心地の悪さなどどこをとっても都合の良いところがない。登場人物たちを甘やかすことなく、かといって理不尽な目に遭わせることもなく、現実に起こりえる範囲の苦境を与えている。「誠史と邦俊が船で海に出るラスト」だけはファンタジーだけどね。
人間関係もリアルに描かれている。
少年たちの冒険物語というと、なにかと美化されがちだ。自分の少年時代を思い返しても、キラキラした思い出がよみがえってくる。友人たちとひとつになって何かを成し遂げようと懸命になった記憶がよみがえってくる。
でもそのときの気持ちをじっくり思い返してみると、そんなに単純なものではなかった。嫉妬したり、えらそうにしたり、すねたり、見下したり、意地悪をしたり。ぜんぜん対等じゃなかった。心はひとつじゃなかった。
こんなに希望のない児童文学を書けるのはすごいとおもう。皮肉でもなんでもなくほんとに。希望がないからこそ届くことってあるもんなあ。
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