対岸の彼女
角田 光代
この小説には、二組の〝女の友情〟が描かれる。
ひとつは、専業主婦・小夜子と女社長・葵。
もうひとつは、高校生時代の葵と同級生のナナコ。
どちらも構図は似ている。
いろんなしがらみに縛られて生きている小夜子は自由闊達に生きているように見える葵にあこがれ、人間関係のわずらわしさに苦悩していた高校生時代の葵もまたしがらみとは無縁のナナコにあこがれる。
誰しもこんなふうに生きていたいと願うだろう。だけどたいていの人はそうはできない。周囲の顔色をうかがいながら、嫌われないように、目立たないように生きる。
……と書いたものの、じつはぼくはそういう窮屈な生き方はあまりしてこなかった。
学生時代は目立つことが大好きで、生徒会長になってふざけたスピーチをしたり、浴衣を着てうろうろしたり、学ランなのにネクタイをしたり、授業中に大きな声を出したりしていた。
とはいえぼくの場合は「自由気ままに生きていた」というよりは「自由気ままに生きている人のふりをしていた」というほうが近かった。浴衣を着たかったというより、〝浴衣を着る変なやつ〟とおもわれたかったのだ。
それでも、平均的な高校生に比べればずっと人目を気にせず生きていたとはおもう。
周りの人たちのほとんどはおもしろがってくれたが、一部の心ない人から「きもい」「調子乗ってる」なんて言葉をぶつけられたこともある。もちろん心は痛んだけど、ぼくにとってはおもしろがられることのほうが大事だったから「変なやつ」として生きていくことを選んだ。
でもそういう生き方ができたのは環境のおかげだったとおもう。
高度経済成長期に開拓された新しい町だったとか、校則の厳しい学校ではなかったとか、学校にヤンキーが少なかったとか、ぼくの母親も「変な息子」に困りながらちょっとおもしろがっていたとか、そういう環境があったからこその話だ。
そしてなにより、ぼくが男だったというのが大きいとおもう。
特に十代ぐらいの頃は女子の友情を見ていると「窮屈な関係だなあ」とおもっていた。
どこへ行くにも何をするにも決まったグループ。誰かがトイレに行くときはついていく。別のグループに出入りすることは、元のグループとの決別を意味する。同じようなファッションをして同じマンガを読み同じ音楽を聴いて同じテレビ番組を観る。
耐えられん。
ぼくにも仲のいいグループはあったけどメンバーは固定ではなかった。
サッカーをするときはこのメンバー、野球をするときはこのメンバー、漫画の貸し借りをするのはこいつ、こいつとはちょっと真面目な話をすることもある。そんな感じだった。
女子のグループは何をするにも一緒のくせに、クラス替えとか進学のタイミングであっさりつながりが切れる。あんなにずっと一緒だったくせに、嘘のようにつながりが切れる。
なんなんだあの関係は。
もちろん女子のグループにもいろんな関係性があるんだろうけどさ。
小田扉『そっと好かれる』という、ぼくの大好きなマンガがある。短篇集だが、このマンガに出てくる女性はみんな他人の目から自由だ。
自分のやりたいことだけをやっている。他人からどうおもわれようと一切気にしない。
すごいなあとおもうと同時に、でも現実にはこんな女性いないよなとおもう。だからこそギャグマンガになるのだ。
(現実にもいるけどたいていアブない人だ)
『対岸の彼女』に出てくる葵(大人時代)とナナコも、〝理想の女友達〟を体現している。
フィクションの世界にしかいない、人の評価から自由な女性だ。
とはいえ、〝理想の女友達〟に見えた葵とナナコも、いろいろな事情を抱えていることが中盤以降明らかになる。決して悩みのない順風満帆な日々を送っているわけではないことがわかる。
彼女たちの暗い過去を読んで、ぼくは逆に安心した。
ああ、やっぱりふつうの人だったんだ。
特に若い頃は人目を気にせずに生きていくのはむずかしいよね。歳をとるといろんなことがどうでもよくなってくるんだけどね。
ぼくは「自分は社交的な人間ではないし、今後もそうだろう。友人はいるけど、今後新たに友だちができることは期待していない。歳をとったら寂しいジジイになるんだろう」とおもって生きている。
自分自身についてはもう覚悟もできているし、諦めも持っている。
だからそれはいいんだけど、自分の娘のこととなるとそうはおもえない。
下の子は二歳なのでまだ性格はわからないけど、上の子はだいぶ性格が見えてきた。人見知り、頑固、他人に厳しい。おせじにもみんなから好かれるタイプではない。我が子を見ていて心配になる。
なんとかして、周囲とうまく付き合っていってほしいなあとおもう。
少々自分を押し殺してでも、周りと合わせて生きていってほしい。休み時間に一緒にトイレに行く友だちができてくれたらいいとおもう。
自分は「親しくない人には好かれなくてもいいや」と生きてるのに、娘のことだと「無難に、ふつうに生きていってほしい」とおもう。
我ながら、勝手な願いだけど。
その他の読書感想文はこちら
0 件のコメント:
コメントを投稿