友人・花泥棒氏と話していて、野球の話からスポーツの審判の話になり、相撲の行司の話になった。
「相撲の行司ってどういう人がなるんでしょうね」
野球のアンパイアやサッカーのレフェリーになるのは、きっと野球やサッカーの選手だった人だろう。
いろんな事情で現役続行が困難になり、それでもなんらかの形で競技に関わりたいと思い、審判を志す。そんなケースが多いのではないだろうか。想像だけど。
でも相撲の行司はちがうような気がする。
見るからに力士とは別人種だ。部屋に入門して何年か稽古を積んだけどなかなか十両になれないので行司の道へ、みたいなコースではなさそうだ。元力士の体格ではないもの。
調べてみると、行司になるためには19歳までにテストを受けなければならないらしい。年齢制限があったのだ。
厳しいと言われている将棋の世界でも「23歳の誕生日までに初段に昇格できなければプロにはなれない」というルールだ。年齢制限だけでいうなら行司はもっと厳しい。
しかし行司が19歳までなんて知らなかった。ぼくが高校生のときの進路指導の先生は一言もそんなこと言ってくれなかった。
「おまえ進路どうすんだ。進学か、就職か、それとも行司か。進学したらもう行司にはなれないんだぞ」って教えてくれなかった。ひどい。こうして若者の可能性は潰えていくのだ。
行司になりたいと思っている高校生は早く進路を決めよう。時間いっぱい、待ったなしだ。
行司の人口は力士よりずっと少ない。相当な狭き門だ。
日本相撲協会の「行司一覧」によると、現在の行司の人数は44人らしい。
日本で44人。たぶん世界でも44人。少ない。超激レアカードだ。どれぐらい少ないかっていったら、たぶんプロの蛇使いが日本に44人ぐらいじゃないかな。それぐらいのめずらしさだ。合コンの相手が行司だったら自慢していい。恋の軍配も上がるはず。なんじゃそりゃ。
さらに調べていると、同じく日本相撲協会の「床山一覧」が目に留まった。
床山というのは力士の髷を結う職業の人だ。
これまた、どういう人がこの職に就くのか、素人には想像もつかない。
美容師専門学校に「床山コース」なんてのがあって、そこで指定の教育課程を修めた人が床山になるんだろうか。それとも宝塚音楽学校みたいに恐山床山学校みたいなのがあるんだろうか。
床山の人数は現在52名。これまた険しき門だ。
力士が四股名を持つように、床山にも床山ネーム(っていうか知らんけど)があるらしい。
相撲協会のHPには、こんな名前が並んでいる。
床蜂 (とこはち)
床松 (とこまつ)
床淀 (とこよど)
床鶴 (とこつる)
床弓 (とこゆみ)
床平 (とこひら)
……
圧巻の「床」一覧だ。 |
「床」ではじまる名前がずらり。50人ほどの床山がいるが、全員「床」がついている。
この一覧を見て、ぼくは『おそ松くん』を思いだした。おそ松、一松、チョロ松、カラ松、ジュウシ松……(あとひとり忘れた)。
兄弟で統一感のあるネーミングにしようとしてたら思いのほか子だくさんになって名付けに苦戦している親のようで、なんとなくおかしい。
しかし「床」ではじまる名前を50以上も考えなくてはならないのはたいへんだろう。
花泥棒氏は「和尚さんはたいへんだったでしょうね」と云っていた。
いきなり苗字を持つことを義務づけられた平民のように、みんな和尚さんに床山ネームをつけてもらいにいっていると想像するととてもユーモラスだ。
いやじっさい、和尚さんはたいへんだっただろう。「床藤はもう使ったっけ?」みたいになったりして。和尚さんなのかな。床山ネームをつけるのがうまい「床上手」みたいな職業の人がべつにいるのかな。
和尚さんも、はじめはその人のパーソナリティーにあった名前をつけていただろうけど、後半はネタ切れになってきて目に留まったものをつけたりしてそうだ。豆が落ちてたから床豆、とか。
「床鶏(とこけい)」という床山がいるが、これなんかは「おまえ昼飯何食った?」「ケンタッキーです」「じゃあ床鶏だ」みたいなやりとりがあったと想像される。
力士の髷がいちばん注目されるのは、なんといっても断髪式だろう。なくなる瞬間がいちばんスポットを浴びるというのも皮肉なものだ。
断髪式では感きわまって涙を流す元関取も多いが、床山はきっとそれ以上につらいだろう。
自分が丹精を込めて結った髷が、次々に切り落とされてゆくのだ。その心中たるや、想像するに余りある。
しかし力士が引退するときは断髪式というセレモニーがあるが、床山が引退するときはどうするのだろう。
引退試合ならぬ引退結いみたいなセレモニーがあるのだろうか。渾身の髷を結って最後はステージの真ん中に櫛をそっと置く、みたいな演出があるのかもしれない。
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