2015年5月8日金曜日
タンスの裏のホコリほど
思い上がりがちな己を戒めるために胸に刻み込んでいるできごとがある。
高校2年生の冬。
それまで7年間ずっとメガネをかけつづけていたぼくは、はじめてコンタクトレンズをつけて学校に行った。
それはもうドキドキものだった。
「気どってやがると思われるんじゃないだろうか」
「ぼくの素顔を見た女子たちがその美しさに次々と卒倒するんじゃないだろうか」
そんな心配でぼくの頭はいっぱいだった。
実際には、惜しくも卒倒者こそ出なかったものの、
「なかなかかっこいいじゃない」とか
「メガネないほうがいいよ」といったありがたい言葉をかけてもらい、ぼくは無事にコンタクトデビューを果たした。
事件はその3ヶ月後に起こった。
当時ぼくにはKという同級の友人がいた。
ぼくとKは毎日のようにおしゃべりに興じていた。学校帰りにKの家に寄ることもしばしばだった。
ある日ぼくはいつものようにKの家に遊びに行き、ベッドに寝そべってテレビを見ていた。
するとKはまじまじとぼくの顔を見つめ、信じられない言葉を口にした。
「あれ? おまえ、今日はメガネかけてないな。どうしたん?」
ぼくは絶句した。
だってぼくがコンタクトデビューを果たしてから、Kとは少なく見積もっても50回は顔を合わせているのだ。
なのに、その間ずっと彼はぼくがメガネをかけていないことに気がついていなかったのだ。
はじめはKが冗談を口にしているのかと思った。
だがKの表情は真剣そのものだった。
「おまえ……」
しぼりだすように言った後、ぼくは二の句が継げなかった。
このできごとは、重要なことをぼくに教えてくれた。
<世の中の人間は、タンスの裏に落ちているホコリほどもぼくという人間に興味を持っていない>
この事実に気づかせてくれたKには感謝している。
おかげでぼくは謙虚さを学ぶことができた。
誰かに何かを語るとき、
誰かに読ませる文章を書くときは、
「世界はおまえに興味がない」
と自らに言い聞かせながら語るようにしている。
と同時にぼくは世の女性たち(特に妻)に言いたい。
メガネを外したことに3ヶ月気づかない人もいるんだから、
君が髪を切ったことに気づいてあげられないのも仕方ないことだと思わない?
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