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2020年10月29日木曜日

キャッチャーの生きる道

ある高校の野球部。甲子園に何度も出場している名門校だ。部員数も多い。

彼はキャッチャーだった。チームで三番手のキャッチャー。

スタメンのキャッチャーは捕球技術に優れ、肩も強かった。広い視野を持ち、チームメイトからの信頼も厚かった。

二番手のキャッチャーはエラーが多かったが、バッティングの成績はチームでもトップクラスだった。
だから代打で起用されることも多かったし、一番手キャッチャーがけがなどで出場できないときは代わりにマスクをかぶった。

彼は、永遠に自分の出番はまわってこないであろうことを悟った。
キャッチャーとしての技術もバッティング技術もそこそこ。一番手、二番手にはかなわない。


彼は自分の役割について考え、ピッチング練習用のキャッチャーを買って出るようになった。

これが性に合った。
ピッチング練習は、彼にとって練習ではなかった。ピッチング練習こそが彼にとっての本番だった。

ピッチャーの肩の状態を見きわめ、無理なく調子を上げられるよう声をかけ、おだてたりアドバイスをしたりしてピッチャーの精神状態をコントロールした。

「いかにピッチャーを気持ちよくさせるか」だけを念頭に置いた捕球方法を身につけた。


彼のチームは甲子園に出たものの初戦で敗退した。
チームメイトのうちあるものは大学で野球を続け、あるものは野球をやめた。プロに入るものはいなかった。声すらかからなかった。

唯一プロに進んだのは彼だった。
ただし選手としてではない。「ピッチング練習専用のキャッチャー」としてだった。



という夢を見た。

だからなんだ、という話だが、夢にしては妙にリアルだったので書いておく。


2020年10月20日火曜日

日本中に元気を与えたいです

ちょっと、困っているんですが。

なにがってあなた、こないだ大会出場の意気込みを聞かれて
「こんなときだから、日本中に元気を与えたいです」
って言ってたじゃないですか。

困るんですけど。
うちの子、元気がありあまってるんです。
夜もぜんぜん寝ないし、学校でもじっとしていられなくて走り回っているんです。
私が何度学校から呼びだされたことか。

これ以上元気を与えられたらもう手に負えません。

お願いですからやめてください。
日本中に元気を与えるのはやめてください。

あなたが元気をまきちらすせいで困っている人もいるんです。
日本中に元気を与えるのはところかまわずタバコを吸うようなものだと心得てください。


それからうちの子、将来は暗殺者になるとかイルカになりたいとかわけのわからないことを言って困ってるんです。

もう三年生なんですからそろそろ現実も見てほしいんです。
願えばなんでもかんでも叶うわけじゃないって気づいてほしいんです。

だからあなたがこないだ「日本中のみなさんに夢と希望を届けたいです」って言ってましたけど、それもやめてください。

届けないでください。夢も希望も。
うちには夢と希望がありすぎて困っているんです。これ以上押しつけられても困るんです。


元気にしても夢にしても希望にしても、うちはまにあってますんで自分の家だけでやってください!


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2020年10月15日木曜日

【コント】合唱コンクール

「指揮者は山口で決まりだな。
 じゃあ次、伴奏。伴奏やってくれる人ー!」

  「……」

「誰もいないのか。合唱コンクールの伴奏なんてそんなに上手じゃなくてもいいんだぞ、誰かピアノやってくれる人ー」

  「……」

「なんだ、誰もやりたくないのか。
 しかし誰かがやらなきゃいけないんだから頼むよ。
 まずピアノ弾ける人に出てきてもらって、その中から決めようか。
 ピアノ弾ける人―」

  「……」

「いやいや、三十人もいるんだから誰かひとりぐらいピアノ弾けるやついるだろ。
 正直に言ってみろ、ピアノ習ってたやつは?」

  「……」

「べつに十年やってたとかじゃなくていいんだぞ。
 そんなに難しい曲じゃないんだし。一年以上ピアノ習ってたやつは?」

  「……」

「え……? マジで……。マジでこのクラス、ピアノ弾けるやついないの!?
 ひとりも? ひとりぐらいいるでしょ」

  「……」

「あれだよ。ピアノじゃなくてもいいんだよ。
 エレクトーンでもいいしオルガンでもいいし、なんならアコーディオンでもいいんだよ」

  「……」

「さすがにアコーディオンはいないか。あれは道化師が弾くやつだもんな」

  「あのー」

「おっ、大竹。おまえ弾けるのか。
 いいんだぞ、男子でもぜんぜん」

  「小学校の授業で鍵盤ハーモニカやったんで、『きらきら星』ぐらいなら弾けますが」

「ぜんぜん弾けねえじゃん!
 上手じゃなくてもいいって言ったけど、『きらきら星』はないわー。
 『きらきら星』って披露宴で新婦の友人がハンドベルでやるやつじゃん。あんなの演奏するって言わねえんだよ。お茶にごすって言うんだよ」

  「あのー」

「おっ、川島。なんだよおまえ弾けるのかよ、早く言えよ」

  「ピアノは弾けないんですけど、ハープなら十年やってます」

「ハハハハープ!?
 ハープっておまえあれだろ、人魚が岩の上に座って奏でるやつだろ。
 おまえあれ十年やってんの? すげー」

  「あとテルミンもできます」

「テルミンってなによ」

  「世界初の電子楽器です」

「あーあれか。楽器本体にさわらずに空間に手を置くだけで音が出るやつか。あれできるってすげー。一芸入試狙えんじゃん」

  「それからビューグルも弾けます

「ビューグルってなによ」

  「ビューグルは軍隊が使うラッパです」

「なにおまえ軍隊のラッパ吹けんの。ほんとに民間人?」

  「あとチューブラーベル教室も十年通ってます」

「チューブラーベルってなによ」

  「『のど自慢』の鐘でおなじみのやつです」

「あーあれか。うそ、あれ専門の教室あんの。あれきわめてNHK以外の就職先あんのかよ」

  「あとカホンとタムタムとリソフォンとツィンクとブブゼラと法螺も一応お金とって演奏できるぐらいの腕前はありますけど……」

「なんかわかんないけど超すげーじゃん。じゃあ伴奏やれよ!」

  「ピアノはやったことないのでドの音がどこかも知りません」

「なんでだよ。そんなマイナー楽器きわめてるくせになんでピアノ弾いたことないんだよ。そういうマイナー楽器はピアノとかギターとかで大成するのをあきらめたやつが逃げるとこだろ!」

  「ひどい偏見ですね」

「もういいや、さっきのなんとかベルでいいや。のど自慢の鐘のやつ。あれで音階演奏できるだろ。あれを伴奏にしよう」

  「あーでも私がチューブラーベルで弾けるの、のど自慢の“不合格のときの音”だけなんですよね……」

「チューブラーベル教室に通ってる十年間、何やってたの!?」

2020年10月4日日曜日

ビフォーアフター殺人事件


もう今は流行りじゃないかもしれないけど、ふた昔前の新本格ミステリって妙な形をした館が出てくるじゃない。

「〇〇館」って名前がついてて、住みにくそうな間取りの屋敷。

あれ何かに似てるなーとおもったら、『大改造!!劇的ビフォーアフター』でリフォームした後の住宅だ。
謎の仕掛けがあったり、独特の間取りをしていたり。
まあ元々問題がある家をリフォームしてるんだからしょうがないんだけど。

あの住宅を舞台に本格ミステリが書けるんじゃないかな。
匠による劇的リフォーム後の住宅で次々に起こる殺人事件。

まずは館の主人である依頼者が殺され、次に家の仕掛けを知っているせいでトリックに気づいてしまったリフォームの匠が殺される。劇的すぎるリフォームのせいで陸の孤島と化した館で次々に起こる凶行……。

はたして犯人は誰なのか? 被害者を結ぶ家族の思い出とは? 大胆な犯行に使われた収納トリックとは?

謎が謎を呼ぶ劇的ビフォーアフター殺人事件。近日公開。


2020年8月23日日曜日

人体感染業協同組合


地元の人たちが山に入って自分たちが食べる分だけの山菜や木の実を採っている。
地主は知っているが特にとがめたりしない。もちろん法律に照らせばよくないことだが、多少は人の手が入ったほうが山も荒れないので事実上黙認している。

ところがある日、トラックで乗りつけて山にあるものを根こそぎ持っていく業者が現れる。毎日のようにやってきてごっそり資源を持っていく。このままだと山が丸裸にされてしまう。
仕方なく地主は「関係者以外立入禁止」の看板を立てる。細々と山菜を採るぐらいならかまわないのだが、業者に「あいつらだって採ってるじゃないか」と言われないため、地元の住民を含め一切の立ち入りを禁ずるようになる。
ロープを張りめぐらし、防犯カメラを設置し、見つけ次第警察に通報する。

これまで細々と山菜を採っていた人たちは寂しいおもいをする……。



ってことが細菌やウイルスの世界でも起こってるんじゃないだろうか。

いろんな細菌やウイルスが人間を媒介して生存、繁殖していた。
人間からしたら害がないこともないが、完全に除外するのもコストがかかるし、中にはいいことをしてくれる菌もある。
多少は人体に入ってくるのもしかたないとおもってそこそこうまく共存していた。

そこに新しいウイルスがやってくる。
こいつは人体を荒らしまくるし、殺してしまうことも少なくない。放っておくとどんどん増える。
仕方なく人間は手洗いうがいをし、マスクをかけてアルコール除菌をし、他人との接触を避けるようになる。凶悪なウイルスだけを防ぐことはできないのであらゆる菌やウイルスを除去することに努める。

困ったのはこれまでそこそこうまく人間と共存していた菌やウイルスたちだ。
おいおいおれたちはそこまで悪さをしてこなかったぜ、まあまあうまくやってたんだ、たまにはいいことだってしてやったし。

でも、だめなのだ。
一部の不届き者を排除するためには、全員を締めだすしかないのだ。


こうして人体から締めだされた菌やウイルスたちは怒っている。
あいつらのせいで。

そのとき、ひとりの菌が言いだす。
「これまで、みんながおもいおもいに人体を感染させてきた。どれだけ感染させるか、どんな症状を引き起こさせるかは各菌の判断に任せられていた。今後、そういうやりかたはダメなんじゃないか。業界団体をつくり、ガイドラインを作って、どこまでならやっていいかの基準を明確にしよう」

インフルエンザウイルスが反対する。
「おまえらみたいな弱小菌はそれでいいかもしれないけど、基準なんか決めたらおれたちは感染力を抑えないといけなくなるじゃないか」

「もちろん不公平を感じるかもしれない。だが好き勝手に感染していたら、いつか限りある資源をとりつくしてしまうことになる。そうなってしまっては元も子もない。ここはひとつ我慢してはくれないか。とはいえインフルエンザウイルスの言い分もあるだろうから、冬は解禁期間と定めて感染を拡大させてもいいことにしよう」

結局最後はインフルエンザウイルスも折れ、自主規制基準を定めてそれぞれが守ることで一致する。

人体感染業協同組合(人協)の誕生である。


数十年後、covid-19というウイルス界のトランプ大統領みたいなやつが現れて、人協からの脱退をちらつかせながら自主規制議定書への批准を拒否することになるのだが、それはまたべつのお話……。


2020年6月30日火曜日

【コント】誘拐ビジネス

「もしもし」

 「桂川だな」

「そうですが」

 「単刀直入にいこう。おまえの息子をあずかった」

「おまえ……なんて卑劣な……」

 「こっちの要求はシンプルだ。現金で一億円用意しろ。受け渡し手段は後で連絡する」

「そんなこと急に言われても……」

 「おっと、用意できないとは言わねえよな。金庫にたんまりあるのをこっちは知ってんだ」

「……」

 「わかってるとはおもうが、誰にも知らせるんじゃねえぞ。じゃなきゃ息子の命は保証しない」

「おまえには人の心がないのか」

 「これは取引だ。ビジネスライクにいこうぜ。それがあんたのやりかただろ? へっへっへ」

「……わかった。ビジネスライクにいきましょう」

 「?」

「こちらの希望条件をお伝えします。本日中に息子を我が家まで無事に送り届けること。息子の無事を確認したら、息子を預かってくれた謝礼として現金で十万円手渡します。領収書は不要です」

 「は?」

「半日のベビーシッター代としては十分すぎる額かと見ています。食費や交通費など、息子の面倒をみるのに要した経費は別途請求してくれればお支払いします」

 「ちょっと待て、ふざけんな。なんだ十万円って。こっちは一億円要求してんだ」

「一億円は呑めません。どうしてもというのであれば他をあたってください。十万円なら捻出可能です」

 「おまえ息子がかわいくないのか」

「ビジネスライクにいきましょう」

 「は?」

「よくお考えください。
 そちらが今日中に息子を連れてきてくだされば、十万円が手に入るわけです。こちらは警察には知らせません。
 ですが連れてきていただかなければこちらとしても警察権力に頼らざるをえません。九分九厘そちらは逮捕されるでしょう。仮に逃げおおせたとしてもずっとおびえて暮らすことになるでしょう。もちろん一億円は手に入りません」

 「……」

「ビジネスライクにお考えください。どちらが利益を生むか」

 「……おまえが約束を守るという保証は?」

「もちろん契約書を取り交わします。フリーメールを用意してくだされば、そこに捺印済みの契約書のPDFファイルをお送りします。そちらは捺印して返送してください」

 「そうするとこちらの氏名住所が知られてしまう」

「そのときにはもう契約成立です。契約書はそちらの手元にもあるわけですから。こちらが支払わなければ契約不履行で管轄裁判所に申し出てくださってもかまいません」

 「しかし一億円のはずが……。苦労して計画してきたのに……」

「『コンコルド効果』という言葉をご存じでしょうか」

 「なんだそれは」

「それまで投資してきた時間や労力を惜しむあまり、利益を生まないとわかっていても撤退を決断できない心理のことです。
 計画を実行しようが中止しようが、これまでに投下したコストは返ってきません。だったら未来だけに目を向け、どう行動するのが利益を最大化するかを考えたほうが得だとおもいませんか」

 「たしかに……」

「過去は変えられませんが、未来は変えられるんですよ」

 「いい言葉だな……いえ、いい言葉ですね……」

「おわかりいただいたようでなによりです」

 「ではこちら側のタスクとして、さっそくフリーメールをご用意させていただきます」

「こちらは現金のご用意に取りかからせていただきます」

 「それでは、今後とも引き続きよろしくお願いいたします」

「何卒よろしくお願いいたします」


2020年5月22日金曜日

【小説】肥満禁止社会


いつものように改札に定期を入れるとブザーが鳴った。
そうだった、今日からだった。すっかり忘れていた。カードケースを取りだし、ICカードを押しあてる。
今日から二倍の料金か。ため息をつく。だが仕方がない。

改札を抜け、階段をおりる。膝が痛むので手すりにつかまりながらゆっくりと。他の乗客たちはエスカレーターでホームへとおりてゆく。必死に階段をおりるおれのことを笑っているように見える。ちくしょう、ほんとはおれのようなやつこそエスカレーターを必要としているのに。

地下鉄に乗りこむとちょうど座席が空いていた。一瞬躊躇するが、二倍の運賃を払ったことをおもいだして腰をおろした。二倍の運賃を払っているのだから当然座る権利があるはずだ。
ほっと一息ついて鞄から文庫本を取りだしたのもつかぬま、老婆から声をかけられた。
「ちょっと、座るんだから立ちなさいよ」
さっき扉が閉まる直前に駆けこんできたババアだ。

昨日までならおとなしく立ちあがっていたところだが、今日はちがう。なにしろ運賃二倍なのだ。
「わたしは二倍の運賃を払っているんですよ。当然座る権利もあるはずです」
「はあ? 何言ってるのよ。そんなの関係ないでしょ。デブに座る権利があるわけないじゃない」
周りの乗客がこちらを見る。一人の中年男がこちらに近づいてきた。まるでこうなるのを待っていたと言うような薄笑いを浮かべて。
「まあまあ。こちらの女性に席を譲ってあげましょうよ。こちらは細身の方なんですから」
ババアはほれみなさいよという顔でこちらを睨みつける。だがおれも黙ってはいられない。
「しかしですね。今日から体重100kg以上は運賃が二倍になるんですよ。二倍払っているんだから当然座席を二人分使う権利もあるでしょう」
「運賃が二倍なのは重量が二倍だからです。それで得られるのは乗る権利であって座席を二人分占める権利ではありませんよ。ほら」
男は反論を予想していたかのようにタブレットの画面を見せてきた。新聞社のサイトが表示されており『今日から施行! 肥満乗客対策法に関するQ&A』という記事があった。記事の内容はちらりと見ただけだが、どうやらおれのほうが分が悪いようだ。あきらめて立ちあがる。
ババアはわざとらしく座席に脱臭スプレーを吹きかけてから腰をおろした。その隣にスペースはあるがもちろんおれは座れない。仮に座れたとしてもあのババアの隣に座るのはごめんだが。

事の成り行きを見ていた乗客数人がスマホを取りだして何やら入力しはじめた。きっとSNSで「デブが迷惑行為!」的なことを発信するのだろう。
おまえらも全員デブになれ。心のなかで呪いをかける。

おれはスマホを取りだして、検索窓に「肥満乗客対策法」と打ちこんだ。
すぐにさっきのサイトが見つかった。じっくり読んだが、やはり肥満に座る権利はないらしい。「立つことでカロリー消費を増やし、肥満から解放されることが狙い」なんて書いている。まるでおれたちのために立たせてやっている、とでもいうように。
嘘つけ。「デブはじゃま」が本音のくせに。

ここ数年の肥満バッシングはすさまじい。
ポリティカルコレクトネスだのなんだの言ってるくせに、デブだけは差別してもよいという風潮だ。昨年の流行語大賞には「デブハラ」がトップ10入りした。デブは存在自体がいやがらせなのだそうだ。
おかげですっかり肩身が狭くなってしまった。狭くないけど。

肥満乗客対策法についてもおれは納得していない。
「重量が二倍であれば運賃も二倍にするのは正当な料金体系だ。郵便物だって重さに応じて値段が変わるじゃないか」というのが賛成派の主張だ。
だったら体重六十キロの人間は四十キロの人間の五割増しにしろよ。幼児だって体重に応じて料金負担しろよ。おれはそうおもうが、肥満者の意見は通らない。
結局みんな太ったやつを差別したいだけなのだ。喫煙者と太った人間はどれだけ差別してもいい。それが世の風潮なのだ。

きっかけは数年前だった。
SNSで作家が書いた「デブのせいで六人掛けの座席に五人しか座れない」という投稿が爆発的に拡散された。
それをきっかけに「楽しみにしていたライブなのに隣がデブだったせいで窮屈だった」「デブがいるとエスカレーターがスムーズに流れない」だのといった声が広がりはじめた。あげくには「高速道路が渋滞するのはデブのせいだ」なんて言いがかりとしか思えない投稿もあったが、反論よりも支持のほうがずっと多かった。
ちょうど同じ頃に厚生労働省が「医療費が増えているのは肥満のせい」「介護職の離職率が高いのは肥満老人の介護負担が大きいから」なんてデータを発表して、一気に肥満バッシングムードが高まった。国民からの批判をかわすためにおれたちをスケープゴートにしているだけなのに、人々はかんたんに乗せられた。
今じゃどの鉄道会社も「肥満の方は標準体型の方に席をお譲りください」とアナウンスをしている。肥満禁止車両までつくられた。まるで痴漢のような扱いだ。

医療費も上がった。100kg以上は保険証を持っていても6割負担。それでも「医療費増大は肥満のせい」という声は収まることがない。
肥満のほうが早死にするから生涯医療費は少なくて済む、なんてデータを上げて擁護する声もあったが(もちろん擁護者も肥満なのだろう)、焼け石に水。世間が求めているのはデータではなくサンドバッグなのだ。

言いたいことはたくさんある。
好きで太っているんじゃない。遺伝子のせいなんだ。人よりよく食べるということはたくさんお金を使っているということだ。消費税もいっぱい払ってるんだ。8%の商品ばっかりだけど。経済を回して税金負担しているんだ。蔑むな、むしろ称えよ。
でも言わない。
世間が求めているのはもの言うデブではなくもの食うデブなのだ。


2020年2月18日火曜日

鉄道マエストロ


電車乗客の指揮者になりたい。

満員電車でタクトをふりまわして他の乗客たちの行動を指揮するのだ。


ほらそこ、もっと奥に詰められるだろ。おまえがそこでふんばってるせいでこっちがぎゅうぎゅう詰めなんだよ。

そこのおっさん、おまえが右か左に寄ればあと一人座れるんだぞ。寄らんかい。

そこのおばちゃん、リュックは胸の前で持つか網棚に上げるかせんかい。じゃまだよ。

スマホ見てる少年、目の前にマタニティつけた女性が立ってるぞ。ちゃんと見ろよ、ただのでぶじゃないぞ。

おねえちゃん、傘は自分の前で持たんかい。人に当たるから。

にいちゃん、壁にもたれて内側を向くんじゃない。他人の顔面と向き合わなきゃいけない人の気持ちも考えんかい。外側を向くのがルールなんだよ。鉄道乗客法で定められてるのを知らんのか。そんなのないけど。



ぼくの的確な指揮で、乗客たちに六方最密充填構造原子のように最適なフォーメーションをとらせるのだ。

マエストロのタクトは片時も休まない。



さあ。もうすぐ駅に着くぞ。降りるやつは準備しろよ。到着してからあわてるんじゃないぞ。

こらこらおっさん。だからといって今から出口に向かおうとするんじゃない。
扉が開いてないのに隙間をつくれるわけないだろ。
どうせ次はターミナル駅。いっぱい降りるんだからそれを待ってから向かっても十分間に合うぞ。

出口横のにいちゃん。そのポジションをキープするんだったらいったん降りんかい。

うわうわうわ。おばちゃん、並んでる人を押しのけて乗りこもうとするんじゃない。よしそこの大学生、そのおばちゃんを一発どついていいぞ。

おいそこの変なやつ、狭い電車内でタクトをふりまわすんじゃない! 周囲の迷惑だろ!
指揮者はぼくひとりで十分だ!


2019年12月3日火曜日

【食レポ】監獄ラーメン

(この文章は実在のお店とは何の関係もありません)

歩く。どこで飯を食おう。
一蘭という看板が目に入る。一蘭。聞いたことある。有名ラーメン店じゃないか。
食にこだわりのないぼくでも聞いたことのあるお店なのだからよほどうまいのだろう。

細く暗い階段を降りると目の前には食券の自販機が。
ラーメンが九百円。む。高い。
ちょっとためらうが、すでにぼくの後ろからは新たな客が降りてきている。引き返しづらい。
ラーメンの券を買って席に着く。

自販機の横には細い廊下がある。ラーメン屋に廊下?
ホテルじゃあるまいし。
廊下を進んで、驚いた。
テーブルと椅子がずらり。席と席の間には仕切り板。

これは。
うわさには聞いたことがあるが、実物を見たのははじめてだ。
「ラーメンに集中できるように席と席の間が仕切られているこだわりのラーメン屋」じゃないか!
まさか実在するなんて。

緊張しながら席に着く。
どこかで見た光景。そうだ、高三のときに夏季講習で行った予備校だ。予備校の自習室だ。
目の前には紙が一枚。オーダー用紙らしい。
麺の硬さ……(やわらかめ・ふつう・かため)みたいな選択肢がいくつも並んでいる。
設問に次々に答えてゆく。センター試験を受けたときのことをちらりと思いだす。

目の前にボタンがある。ボタンを押すと目の前の扉が開いた。どうやらそこは通路になっているらしい。
店員が出てきた。が、店員の顔は見えない。扉の高さは低く、店員の手元しか見えない。これもラーメンに集中できるようにする配慮なのだろう。

これはもう個室だ。
まさかラーメン屋に入って個室に案内されるとはおもわなかった。
席にひとつずつ蛇口までついている。「ラーメンに最適な厳選した水が出ます」と書かれている。うむ。しゃらくせえ。

傍らにはメモ用紙が置かれている。
なんでも「店員に伝えたいことはこちらに書いて提出することもできます。ラーメンに集中できるように」とのことだ。なるほどなるほど。しちめんどくせえ。

おそるおそる周りを眺める。緊張する。人がラーメンに集中しているのをじゃまするなと怒られるのではないだろうか。
意外とカップルや友人同士の組み合わせもいる。小さい声で会話をしている。
こんなカプセルホテルみたいなラーメン屋に来るカップルがいることが信じられない。そういうプレイを楽しんでいるのか?

なんだかまるで監獄に入ったような気分だ。
そのとき目の前の扉が開いた。
「23番、メシだ!」
番号で呼ばれ、目の前にどすんとラーメンが置かれる。そうだった、ぼくはこの監獄に収監されたのだった。

さあ食おうとプラスチックのスプーンを手に取り……スプーン?

ボタンを押す。扉が開いて店員が姿を現す。といっても手元しか見えないのだが。
「あの……」と言いかけると店員がメモ用紙を指さす。そうだった。私語は禁止なのだ。
あわててメモ用紙に鉛筆を走らせる。芯が丸まっているので書きづらい。
「お箸をください」
と書いて渡すと、店員が低い声で言った。
「だめだ、当店では先の尖ったものの使用は禁止されている。自殺に使われるおそれがあるからな」

おまえはしゃべるんかい。
「せめてフォークを」
と書きかけたところで目の前の扉が閉まった。規則は厳しい。
もう一度看守を呼ぼうかとおもったが、これ以上抗議して懲罰房に入れられたらかなわない。あそこに入れられたら一週間麺ののびきったラーメンしか食べさせてもらえないのだ。

しかたない。スプーンで食うしかない。
まずは丼をもってスープをすする。
うまい……。冷えていない。味がついている。こんなうまいものをこの監獄で食えるなんて。

スプーンで麺をたぐりよせ、慣れぬ手つきで口元にたぐりよせる。
うまい……。いつもの粉っぽいパンと具のないスープとは大違いだ。この監獄であたたかくて味のついている食事をとらせていただけるなんて、ぼくはなんて幸せなんだろう。
身体の芯からあたたまる。すきま風の吹きこむ独房にラーメンのやさしい香りがあふれる。
なんてすばらしいお店なんだ、一蘭。


2019年11月25日月曜日

オトガイ選手の頓着


オトガイです。
ええ、フィギュアスケート選手の。
そうです。いえ、家族とかではなく本人です。

実況やってた藤原さんですよね。
こないだの放送、観ました。
それでですね、藤原さんの実況に関していくつか気になった点があったんで言っておこうとおもいまして。
いえクレームってわけではないんですけどね。


えーと、まず何から言おうかな。これにしようか。

ぼくの紹介シーンで、「前回大会の悔しさをバネに練習に励んでまいりました」って言ってましたよね。
ああいうのやめてもらえますか。
ぼくは前回九位でしたけど、まったく悔しいとはおもっていませんでしたから。
だって九位って自己ベストでしたからね。
勝手に悔しいことにしないでもらえますか。
前回大会の後にお祝いの会の席を設けてくれた後援会の人たちにも失礼ですし。

あと細かいことを言いますけど「励んでまいりました」って謙譲語ですよね。それ他人に対して使うのおかしくないですか。
いや同じ日本人だからとか、そんなの理由にならないでしょ。なんであなたがぼくの代わりにへりくだるんですか。
「励んでいらっしゃいました」でしょうが。


それから演技の直前。
「日の丸を背負って挑みます!」って言ってましたよね。
あれもおかしくないですか。ぼくの衣装の背中にはスポンサーさんであるコメカミ食品さんのロゴが入ってますからね。知ってます? コメカミ食品さんのロゴ。黄色と青のシマシマ。日の丸とは似ても似つかぬデザインですよ。
あっ、比喩? ああ、「日本中の期待を背負って」って意味ですか。
でもね。だとしてもおかしくないですか。
どう考えたって日本中が期待してるのはぼくじゃなくてサクラコウジ選手でしょ。イケメンですもん。世界ランクも彼のほうが上だし。
いやいいんですよ、そんなフォローしなくても。不人気なのは自分がいちばんよくわかってますから。
だいたいあなたたちは番組をあげてサクラコウジ選手を応援してるじゃないですか。
ぼく、測ったんですよ。ぼくの紹介VTRは一分二十四秒。それに対してサクラコウジくんのVTRは四分五十五秒でしたからね。
ただぼく、地元の北葛城郡ではけっこう人気なんですよ。ですから言うのであれば「北葛城郡の郡章である河童のマークを背負って」にしてほしかったですね。
それであれば北葛城郡の後援会の人たちも喜んでくれたでしょうから。


それから「いよいよ総決算」「これまでのスケート人生の集大成」って言ってましたよね。
勝手にぼくの決算期を決めないでくださいよ。あと五年ぐらいは現役にしがみつこうとおもってるんですから。
やめるのかとおもってびっくりするじゃないですか。北葛城郡の後援会のみなさんが。

それから転倒したときに
「ちょっと集中力が途切れたか」
って言ってましたけど、あのときはまあまあ集中してましたよ。エロいこと考えてたのは最初だけですからね!


で、いちばん許せないのは最後の一言です。
「オトガイ選手、今後メンタル面を鍛えればさらに強くなるでしょう」
って言いましたよね。
精神科医でもないのに勝手にぼくの精神鑑定をしないでください!
あんなこと言ったら、まるでぼくが細かいことばかり気にするめんどくさい人間みたいじゃないですか!


2019年8月28日水曜日

8月末になってあわてて宿題をやる小中学生向け 自由研究の書き方


ネットで検索してここにたどりついた君、もう大丈夫です。

自由研究だね? 何から手をつけていいかわからなくて困ってるんだね?

うん、わかるよ。
ぼくもかつては困っていた。困っていたなんてもんじゃない。途方に暮れていた。

でももう困っていない。
なぜかって?
学校を卒業したからだ。

そうだね、身も蓋もないね。

でもふざけてるわけじゃない。そのとおりなんだ。大人になったら自由研究で困らないんだ。

大人が
「学生の頃、ちゃんと英語やっとけばよかったなー」とか
「もっと歴史の勉強をしっかりやっておけばよかった」とか言っているのを聞いたことがないかい?

あるだろう。大人はいつも「もっと勉強しておけばよかった」とおもいながら、けれど勉強しない生き物なんだ。最高だね。

じゃあ大人が
「学生の頃、もっとちゃんと自由研究をしておけばよかったー!」
と嘆いているのを聞いたことがあるかな。ないよね。
それは、自由研究は何の役にも立たないからだ。

学生のときに自由研究に力を入れようが入れまいが、将来にはなんの影響もないんだ。


自由研究は役に立たないのに、どうしてやらなくちゃいけないのかって?

それは、役に立たないことをやる訓練のためだ。

大人になったら何の役にも立たないことをいっぱいしなくちゃいけない。
上司のつまらない話を興味深そうに聞くとか、断られるとわかっているのに電話で営業をかけるとか、妻の愚痴につきあわされた結果自分の意見を述べたら「そういうの求めてないから」と言われるとか。

大人は役に立たないことを我慢する対価としてお給料をもらったり、家庭内の平穏を保ったりしているわけだ。

君たちぐらいの年齢のうちから自由研究のように役に立たないことをやっていると、大人になって役に立たないことを押しつけられても動じなくなる。

だからこれはとても大事なことなんだ。
野球部がでかい声を出しながら走ったり、朝礼で校長先生が長いお話をしてくださったり、卒業式の練習にたっぷり時間をかけたりするのも、みんな「役に立たないことの修行」のためだ。

そこに疑問を持って「これに何の意味があるんですか」なんていうのは、君がまだまだ子どもだからだ。意味がないことに意味があることを大人は知っている。


【ここまでのまとめ】

自由研究は役に立たないことをする修行





君たちが「自由研究って何をやればいいの?」と困るのは、役に立つことをやろうと考えているからだ。
まずその前提を捨てよう。

自由研究は役に立たないことをする練習のためにあるんだから、研究の内容も当然ながら役に立たないものでなくちゃいけない。

たとえば「町内の道路標識の数をかぞえてみた」とか「神社の前に一日立って何人の人が訪れるか調べた」みたいなのがいい。

小学校低学年のとき、朝顔の観察日記をつけさせられなかったか? あれなんて「役に立たないこと」の代表みたいなものだ。
全国の小学生が何十年も観察しているものをいまさら観察したって新たな発見があるはずがない。キング・オブ・無用だ。
みんな朝顔の観察日記を入口にして「役に立たないこと」の第一歩を踏みだすんだ。

いくら役に立たないからといっても、おもしろいものはダメだ。
「コーラの缶をどれだけ振れば爆発するかやってみた」みたいなやつ。YouTuberがやっているようなやつだね。

おもしろいものは、先生から「こいつは自由研究を楽しんどるな。けしからん」とおもわれる。
さっきも言ったように、自由研究は精神を鍛えるための修行だ。
先生は、生徒が勉強を楽しむのが嫌いなんだ。
だから自由研究のテーマはつまらなければつまらないほどいい。

おすすめは、「誰でもやれるけどめんどくさいし何の役にも立たないから誰もやらないこと」だ。

そんなのつまらないよ、とおもうだろう。
でも研究というのはそういうものだ。

君たちは知らないとおもうけど、世の中にはたくさんの研究者がいる。たくさんのおじさんやおばさんが大学や大学院で一生懸命研究をしている。
研究者と呼ばれるおじさんやおばさんが何をしているかというと、ほとんどが
「誰でもやれるけどめんどくさいし何の役にも立たないから誰もやらないこと」だ。

考えてみてほしい。
役に立つことならとっくに他の誰かが研究しているはずだよね。
だから、ユニークな研究をしようとおもったら、誰でもやれるけどめんどくさいし何の役にも立たないことを研究しなくちゃいけないんだ。

先生の立場にたって考えてみよう。

 めんどくさいことをした = がんばった
 誰もやらないことをした = ユニーク
 何の役にも立たないことをした = この子は自由研究の目的を正しく理解している

君の二学期の評価は爆上がりまちがいなしだ!


【ここまでのまとめ】

めんどくさいし何の役にも立たないから誰もやらないことを研究しよう





めんどくさいし何の役にも立たないから誰もやらないことをするのがいい、ということは理解してもらえたとおもう。

では具体的な研究方法について説明しよう。

たとえば
「コンビニの商品の数をかぞえてみる」
というテーマを選んだとしよう。

君は近所のコンビニに行く。
店員の目を盗んで、品数を数えはじめる。

断言しよう。
十分でめんどくさくなる。
もちろん、退屈な作業を根気強く続けられる人もいる。
だけどそういう人は夏休みの宿題をぎりぎりまでためこんで、あわててネットで検索したりしない。
つまり君たちはまちがいなくすぐに飽きる。

しかしピンチはチャンスだ。

人間はずっと面倒なことを乗りこえるために科学を発展させてきた。
すべてを数えるのが面倒なら、一部だけ数えるのはどうだろう。コンビニの棚の高さはだいたいどこも同じだから、一部だけ数えてそれを(数えた分の床面積/店全体の床面積)で割れば、概算ではあるが店全体の商品数がつかめるじゃないか!

……とはならない。
そういう知恵をはたらかせることのできる子はそもそも夏休みの宿題をためこんで(以下略)。

お店の人に聞く、チームを作って手分けして数える、コンビニ本部に問い合わせる……。
何度も言うけど、そういった気の利いた方法は君たちの仕事じゃない。七月中に自由研究に取り組む優秀な子たちの仕事だ。

だから君たちはただただ端から順番に商品を数える。
そして店員さんに言われるだろう。
「ごめん、他のお客さんのじゃまになるから買わないんだったら出ていってくれるかな」と。

ここで、あちこちのコンビニをまわって
「何分までなら店員に注意されないのか」「店員が注意するときの言葉はどんなものが多いのか」「セブンイレブン、ローソン、ファミリーマートなどの店によって注意のしかたにちがいはあるのか」「注意されても無視しつづけたらどうなるのか」
を調べれば立派な研究報告になるんだけど、まあ君たちには無理だろう。

きっと君たちは注意されたことで、やめるためのいい口実ができたとおもって家に帰るだけだろう。


【ここまでのまとめ】

めんどくさいことはすぐに飽きる





結局、ほとんど何も調べられなかった。
君の手元にあるのは
「ジュース:40種類 コーヒー:13種類 お酒:33種類 何かよくわからない飲み物:2種類」
みたいなメモだけだ。

もう一度調べにいく気力はない。さっき店員に注意されたところだし、なにより外は暑い。一度家に戻ったら、もう二度と外には出たくない。

この一枚のメモをもとに自由研究レポートを書くしかない。

調査内容を適当にでっちあげるという方法もあるが、これはおすすめしない。

嘘をつくのがよくないからじゃない。嘘をつくのはたいへんだからだ。
それらしい嘘をつくためには知識や想像力や論理的思考力を必要とする。君たちにはないものだ。
もっともらしい嘘をつくぐらいなら、ほんとうのことを書くほうがずっとかんたんだ。

だから書こう。ほんとうのことを。

自由研究のテーマを決めたこと。コンビニまで行ったこと。はじめはちゃんと調査する気だったこと。すぐに飽きたこと。店員から注意されたこと。そのときの心境の変化。気恥ずかしくなってアイスを買って帰ったこと。暑さですぐに溶けてきたのでアイスを食べながら帰ったこと。溶けたアイスが手についてべたべたしたこと。とりあえず家に帰ったこと。家に帰ったらもう調べる気がなくなったこと。そのときの心境の変化。

これぐらい書けば、レポート用紙はそこそこ埋まるはずだ。
残すは、結論だけ。

結論、これが大事だ。
これがなければただの日記に過ぎない。だけど中盤がひどくても結論がそれっぽければ、一応研究レポートとしての体裁が整う。

それが書けないんだよ、とおもうだろう。
よしっ、特別だ。
ここまで読んでくれた君だけに、どんな研究にも使える万能の結論をお教えしよう。
このまま書き写してくれてかまわない。

 いろいろ調べましたが、結局よくわかりませんでした。
 ですが何もわからなかったわけではありません。「このやりかたで調べてもわからない」ということがわかったのです。
 かの有名な発明王トーマス・エジソンはこんな言葉を残しました。「私は失敗したことがない。ただ、一万通りのうまく行かない方法を見つけただけだ」と。
 ぼくの研究は成功しませんでしたが、失敗を通して成功に一歩近づくことができました。ぼくの研究人生における大きな一歩だったことはまちがいありません。
 このことに気づけただけでも自由研究をしたことに価値があったとおもいますし、このようなすばらしい宿題を出してくださった先生に対して深い感謝の念を抱いたことをここに記録します。

どうだい。
気づき、もっともらしい小理屈、先生への媚び。どれをとっても完璧な結論だね。

ぜひ、この手法で自由研究のレポートを作ってくれ。
もちろん成果は保証しないよ。


【まとめ】

結論でそれっぽいことを書いておけばそれなりのものになる



2019年8月27日火曜日

スマホを持って三十年前にタイムスリップした人


あーこんなもんじゃないんだよ。ほんとに。

そんなもんで驚かれちゃこまるっていうか。
いや驚いてくれるのはうれしいんだけど。
でもほんとはこんなもんじゃないんだよ。


うん。この時代の人たちからしたら、こんなに小さな機械が時計とカメラとビデオカメラと電卓とボイスレコーダーとスケジュール帳と懐中電灯になるのはすごいよね。驚きだよね。

ほんとはね。
もっとすごいの、これ。
世界中のいろんな情報が一瞬で調べられるの。ニュース記事も読めるし、テレビも見られるし、百科事典も見られるし、漫画も読めるし、何万種類ものゲームができるし、こちらから情報を世界に向けて発信することもできるの。
本来ならね。今は無理だけど。

この時代に通信環境ないもんなあ。
携帯キャリアもないし、Wi-Fiも飛んでるわけないし。
通信できないからアプリも入れられないしな。そもそもアプリストアがないもんな。

電卓とかカメラとかはこの機械の本質じゃないの。
スマホ見て「電卓とカメラになるんだ。すげー」っていうのは、ドラえもん見て「動いたりしゃべったりするロボットだ。すげー」っていうようなものなの。それもすごいけど、いちばんすごいのはそこじゃないの。四次元ポケットのとこなの。

ドラえもんでいうところの四次元ポケットが、インターネットでありアプリなんだけど、この時代だとそれが使えないんだよなあ。ほんと残念。

あっ、ちょっと無駄に使わないで。
電卓なんかこの時代にもあるでしょ。
電卓機能で電池消耗させないで。電池なくなったら終わりなんだから。

電池あるよ、じゃないんだよ。
単三電池とかでしょ。この時代の電池って。
ちがう? えっ、ボタン電池かい!
ボタン電池なんてひさしぶりに見たわ。こんなの三十年後の未来じゃ誰も使ってないよ。だせー。

必要なのはバッテリーなの。いや車のバッテリーじゃなくて。いやピッチャーとキャッチャーでもなくて。それはわかるでしょ。
あー、充電器あればなー。
せめてちゃんと充電してたらなー。なんで残り5%のタイミングでタイムスリップしちゃうかなー。

え?
ああ、そうだね。そうだけど。
使ってるとちょっとあったかいからカイロとしても使えるけど。
それ、ドラえもんに「ちょっとトイレ行ってくるから荷物見といて」ってお願いするぐらいのどうでもいい使い方だからね!


2019年7月18日木曜日

【コント】驚きのラスト! もう一度読み返したくなる! あなたも必ず騙される


「先生、たいへん申しあげづらいんですけどね」

「なんだい」

「これじゃ売れませんよ」

「えっ……。今作はわりと自信があったんだけどな」

「いや、いい作品ですよ。いい作品なんです。でも売れないんです」

「というと」

「先生のお書きになるミステリはよくできているんですよ。たぶん読んだらおもしろかったと言ってくれるとおもいます。でもそれだけなんです」

「それだけでいいじゃないか」

「それだけじゃだめなんです。売れないんです。なんていったらいいのかな……」

「つまりぼくの作品にはケレン味がないってことか」

「ケレン味?」

「つまり派手さとか奇抜さとか」

「そうです! それなんです! そのケレン味とやらがないと売れないんです。実力派作家の安定のクオリティ、これじゃミステリファンにしか買ってもらえません。広告費を投じて派手な宣伝を打つこともできないんです」

「なるほど。たしかに君の言うことももっともだ。ぼくも子どもじゃないからね。おもしろい作品と売れる作品がちがうことも理解している」

「でしょ」

「しかし、だったらどうしたらいいとおもう」

「ずばり叙述トリックです! ほら、あるでしょ。実は語り手が男だったことが最後に明らかになるやつとか、実は時系列が逆だったとか、実は前半と後半の語り手は別人だったとか」

「ああ、叙述トリックね……。あれあんまり好きじゃないんだよな……。もうやりつくされた感があるでしょ。今さら叙述トリックやるのってなんかダサくない?」

「それはミステリファンの感覚です。ふだん小説を読まない連中は叙述トリックが大好きなんです。というか叙述トリックしか求めていないんです」

「まあ売れるよね。本屋で平積みされてるのはそんなのばっかりだもんね」

「でしょ。『最後の一行であっと驚く!』とか」

『必ずもう一度読み返したくなる!とか」

「で、映画になるんですよ。『映像不可能と言われた原作がまさかの映画化!』っていって」

「『あなたは二度騙される!』とかのキャッチコピーつけられて

「でしょ。よくあるでしょ」

「なんかげんなりしてきた。そういう映画がおもしろかったためしないんだよね……」

「でも、おもしろくないのにその手のキャッチコピーの作品がなくならないのは、客を呼べるからなんですよ」

「まあそういうことになるかな……」

「ですから先生の作品にも叙述トリックの要素を取り入れてください。そしたら帯に『衝撃のラスト! 必ず二度読みたくなる作品』ってキャッチコピーつけて売りだせるんで」

「安易だなあ……」

「安易なのがいいんですって」

「とはいえもう作品は完成しちゃったからな。今さら叙述トリックにはできないよ

「なんでもいいんですよ。叙述トリック要素があれば」

「しかし……」

「こういうのはどうです。主人公がペットを飼ってることにするんです。で、ペットの名前が『ポチ』なんですけど、実はそれが猫だったことが最後の一行で明かされる」

「だからなんだよ」

「キャッチコピーは『ラスト一行のどんでん返し。ネタバレ禁止』でいきましょう」

「だめだって。犬かとおもったら猫だった、じゃどんでん返ってない」

「じゃあ犯人が双子だったってのはどうです」

「双子トリック? それこそ手垢にまみれたやつじゃん。だいた叙述トリックじゃないし

「いいんですよ。騙されてくれればなんだって」

「もうストーリーは完成してるんだよ。どこで双子が入れ替わるの」

「いや、入れ替わりません」

「え?」

「犯人には双子の弟がいるんです。でも弟は遠くに暮らしているので今回の話には登場しない」

「意味ないじゃん」

「でも犯人が捕まるときに言うんです。『弟が知ったら悲しむだろうな……。あ、私双子の弟がいるんですけどね』って。で、刑事が『一卵性? 二卵性?』って訊いて、『一卵性です』『へー意外』っていうやりとりがくりひろげられる、と。これでいきましょう。キャッチコピーは『衝撃のラスト!』で」

「衝撃が軽すぎる。ガードレールにこすったときぐらいの衝撃じゃん」

「でもなんか意外な感じがしません? 知り合いが双子だと知ったときって。子どもの頃は同級生に双子がいても意外とはおもわないじゃないですか。両方知ってるから。でも大人になってから知り合った人が、付き合って何年かしてからなにかの拍子に『私は双子の妹がいるんですけど』って言ったらちょっとびっくりするでしょ」

「ちょっとびっくりするけど。『この人にそっくりな人がどこかにいるんだー』とおもったらなんかふしぎな気持ちになるけど。『あたりまえだけど一卵性双生児でも大人になったら別々の人生を歩むんだよなあ』とか考えてしまうけど」

「でしょ。『ラスト一行で明かされる意外な真実&奇妙な味わいの物語』これでいきましょう」

「それ小説の味わいじゃなくて単に双子ってなんとなくミステリアスだよねってだけじゃん」

「だめですかね」

「だめだめ。やっぱりそんな小手先の騙しはよくないよ。ちゃんとミステリの質で勝負しよう。このままいこう」

「じゃあこうしましょう。作品自体はこのままいきます。でも帯には『驚きのラスト! 必ずもう一度読み返したくなる!』というコピーをつけましょう」

「えっ、だって王道のミステリだよ。殺人事件が起こって刑事が推理をして犯人を捕まえる話だけど。そんなに意外性ないでしょ」

「だからこそですよ。『驚きのラスト! もう一度読み返したくなる! あなたも必ず騙される』って触れ込みだから、読者は身構えながら読みますよね。どんな意外な事実があるんだろうとおもいながら。ところが最後の一行まで読んでも何も起こらない。読者は驚く。えっ、何もないじゃん。そしておもう。自分が何か見落としていたのかも。で、もう一度読み返したくなる」

「ひでえ」

「そして気づくわけですよ。あっ、騙された! と」

「出版社にね」


2019年6月4日火曜日

訓示語呂合わせ


えー、新年の訓示というとえらそうですが、今日はみなさんが仕事に取り組むうえでの心構えについて話したいとおもいます。

昔からこんなことわざがあります。

「いい国つくろう鎌倉幕府」

このことわざはですね、鎌倉幕府のような難しい事業でも、みんなで力を合わせればいいものができるよ、という意味ですね。
諸君にも、ぜひ「いい国つくろう」の精神で取り組んでもらいたい。

昨今はですね、個人主義といいますか、自分さえよければよいという考え方が蔓延しているようにおもいます。
けれど、仕事というのはそういうものではないと私はおもうんですね。
自分のため、会社のため、それだけではいけません。
チームのため、お客様のため、ひいては社会のため。こういう考え方を持っていない会社は長続きしないと私はおもうんです。

「人並みにおごれや」

これはマザー・テレサの言葉ですが、やはり博愛の精神を忘れてはいい仕事はできません。

自分だけよければいい、「水兵リーベぼくの船!」というような独善的な考え方は捨ててください。

そうすれば必ず、「なんと見事な平城京」と呼ばれるような立派な功績を残すことができるはずです。

また、過去の成功に溺れてはいけません。

昔から、「白紙に戻そう遣唐使」といいますよね。

遣唐使のように一世を風靡したものでも、時がたてば時代遅れになってしまう。
こうした時流の変化に取り残されないために、常に自己研鑽を怠ってはいけません。

せいいっぱいひたむきに努力する、「しゃかりきコロンブス」じゃなかった、「意欲に燃えるコロンブス」の精神で励んでください。

それでは、今年も4649お願いします。

2019年5月31日金曜日

【ショートショート】社会貢献ポイント


国民の社会貢献度が厳密に計測できるようになった。

国民のありとあらゆるデータは国家によって管理されている。数万ものパラメータを解析することで、個人の歩む人生、周囲に与える影響が相当な精度で予見できるようになったのだ。

SCP(社会貢献ポイント)と呼ばれるその数値は最大100のスコアで表される。
90を超えるような傑出した人物はそうそういない。ほとんどは30から70ぐらいに収まる。
ごくまれに、0を下回る人物がいる。社会にとって特に危険度が高いとされる人物だ。過去30年間に0を下回った人間は20人ほどだが、その大半が殺人犯、それも生涯のうちに複数の人間を殺害した凶悪犯だ。残りは「これから大量殺人を犯すであろう」人物だ。

SCPは暗号化されて厳重に管理されており、個人が知ることはできない。
いってみればSCPとは「人の価値」をポイント化することであり、それがかんたんに公表されれば人権が脅かされるというのがその理由だ。
犯罪者であろうとこれは変わらない。
SCPとはあくまで社会の全体的な変化をとらえるために考案された指標であり、国民に優劣をつけるためのものではない。国民一人あたりの国内総生産には意味があるが、自分ひとりの生産額は知らないのと同じだ。


ところが、ある若手国会議員がインターネット番組の対談でおこなった発言により風向きが変わる。

「人権はたしかに必要なものです。ですが他の人の幸福を犠牲にしてまで守らなければならないものでしょうか。
 たったひとりの独裁者によって数万人の命が奪われることもあります。それでも独裁者の生命は守られなければならないものでしょうか。
 SCPが著しく低い人間、いってみれば社会にとって有害である人間。これをあらかじめ社会から排除することの何がいけないのでしょうか。
 洪水が起きてからダムを建設しますか? 火事が起きてから消防訓練をおこないますか? それと同じです。人を殺してから裁くのでは遅すぎます。SCPによって殺す前に裁くことができるようになったのです。これからの時代、犯罪は捜査するものではなく、予防するものになるのです!」

議員の長身と甘いマスクが与えるスマートな印象、自信ありげにふりかざされるトレードマークの扇子、わかりやすい語り口、そして誰もが心のなかに隠していた本音をむきだしにしたその主張は、観ている者の心をとらえた。
この動画は何千万回と再生され、好意的な反応が多数を占めた。

新時代の功利主義は閉塞的な時代の空気にマッチして受け入れられた。
超高齢社会、先の見えない不況、拡がる一方の格差。追い詰められた者たちによる自己破壊的な殺人事件も増えていた。

罪のない市民を狙った凶悪犯罪に胸を痛めていた優しい市民、生産性の低い労働者はいらないとおもっている経営者、悪質なクレーマーに悩まされている従業員、認知症の老人の介護に疲れはてたヘルパー、時間稼ぎとしかおもえない野党の質問にうんざりしていた与党議員。
立場を超えて賛成の声が上がった。

もちろん反対派や慎重派も存在したが、彼らの声は説得力に乏しかった。
きれいごとだけでは世の中は良くならない、犯罪者の味方をするやつは自分が犯罪者予備軍だからだ、反対するなら代案を出せ。そうした意見の前には沈黙するしかなかった。

SCPが著しく低い人物、すなわち社会にとって著しく有害であるとされる人物を処分する法案、通称SCP法が国会を通過するまでに何年もかからなかった。

「この法案は善良な市民にとってはもちろん、処分されるSCPの低い人にとってもまた福音となるはずです」
今やすっかり党の重鎮となった議員は、優雅に扇子を振りながらカメラの前で微笑んだ。
「彼らは言ってみれば未来の犯罪者。罪を犯して後ろ指を指され家族に迷惑をかけながら死刑になるよりも、罪を犯す前に潔く身を隠すほうがずっといいと思いませんか?」
カメラの向こうの犯罪者を説得するようにこう述べた。

「もちろん運用は慎重におこないますよ。まずはSCPが0未満のお方、つまり大量殺人犯予備軍ですね。この人たちに社会から退場していただくことになります。さすがに彼らを守れという人はいないでしょう」



法案が施行され、最初の[退場者]が決定した。
[退場者]のSCPは-2758。歴代ワーストの数値だ。
数千人の命を奪う人物、という計算になる。

[退場者]の身柄は速やかに拘束された。

「そんなわけがない。何かのまちがいだ!」
当然[退場者]は抵抗したが、SCPの測定にまちがいが起こらないことは国会審議中に十分に検証されたことだ。決定は絶対に覆らない。

「おれは社会を良くするために……」
絶叫は途中で途絶えた。
自由を奪われた[退場者]の手から扇子がこぼれ落ちた。


2019年4月26日金曜日

【短歌集】デブの発想


「これぐらい残していてもしょうがない」 デブへといざなう魔法の言葉



頼まないやつはぜったい損してる デブで良かった大盛無料



太れども太れども猶わが生活楽にならざり太い手を見る



太るほど消費カロリー増えるから 太るはむしろ痩せへの近道



鉄道のチケット大人と小人だけ 「1.5人」のチケットなくてもいいのか



「唐揚げにレモンかけてもいいですか」 なぜ我に訊く 代表者じゃない



お土産に買ったサブレが不人気で 我が身を挺して責任をとる



妊婦より重い身体を持ちあげて お腹の我が子をやさしく撫でおり



2019年4月19日金曜日

【コント】ケルベロスが現れました


「至急応援願います!」

 「まずは状況を報告せよ」

「寺町交差点にケルベロスが現れました!」


 「ケルベロス……? なんだそれは」

「神話に出てくる生物であります!」

 「なんだと! あれか、上半身が人で下半身が馬の……」

「お言葉ですが、それはケンタウロスであります! ケルベロスは頭が三つの犬であります!」

 「なるほど。キングギドラみたいなやつか……」

「キングギドラ……。それはなんでありますか!?」

 「ほら、ゴジラ映画に出てくるやつだよ。有名だろ」

「お言葉ですが、自分はゴジラ世代でないであります!」

 「いやおれだって世代じゃないけどそれぐらい知ってるだろふつう……」

「勉強しておきます!」

 「まあいいや、で、キングギドラがどうしたって?」

「キングギドラではなくケルベロスであります!」

 「ああそうか、ケルベロスだったな。何頭いる?」

「三頭であります!」

 「三頭もか。三頭とも寺町交差点にいるのか?」

「お言葉ですが隊長、ケルベロスの頭はつながっております。ですから当然ながら三頭とも同じ場所にいます」

 「待て待て待て。なに? 三頭って頭の数の話か?」

「そうであります!」

 「つまり身体は一つ?」

「そうであります!」

 「だったらおまえ、三頭ってのはおかしいだろ。それは一頭だろ」

「お言葉ですが、自分は頭基準で数えるべきだとおもいます! なぜなら一頭二頭の"頭"は"あたま"という字だからです!」

 「そうだけどさ。じゃあおまえ寿司はどう数えるの? 寿司一貫っていったら何個のこと?」

「一個であります!」

 「えーまじで? 一貫イコール二個でしょ」

「一個であります!」

 「ほんとに? おれは二個だとおもってたけど」

「自分、回転寿司でバイトしてたんですが、そのへんの解釈は人によってちがったであります! だから自分がいた店では"一個"や"一皿"と呼んで、"一貫"は使わないようにしていたであります! そもそも寿司を"一貫、二貫"と数えるようになったのは1990年頃の話で、それまでは"一個、二個"でありました!」

 「おまえくわしいな。寿司の例えはまずかったな。でもケンタウロスの場合は……」

「お言葉ですがケンタウロスではなくケルベロスであります!」

 「そうか。ケルベロスの場合は胴体基準で数えるもんじゃない? 頭三つでひとつの個体でしょ? たとえばさ、ヤツメウナギっているじゃん。あれ眼が八つあるからって四匹っていわないでしょ」

「ヤツメウナギはエラが眼のように見えるからヤツメウナギと呼ばれていますが、実際の眼は二つであります!」

 「えっ、そうなの。知らなかった。おまえウナギのことやたらと知ってんな」

「ヤツメウナギは生物学上はウナギではないであります!」

 「へーそうなんだ、知らなかった……」

「では頭の数基準で三頭ということでよろしいでしょうか!」

 「いや待て待て。まだ納得いってないぞ。……じゃああれはどうだ、鳥。鳥は一羽二羽って数えるだろ。でも羽根一枚につき一羽じゃないよな。つまり羽根が一枚でもあれば一羽」

「……」

 「な? だから頭がいくつあっても胴体がひとつなら一頭なんだよ」

「お言葉ですが隊長、ではウサギはどうなるのでしょう?」

 「ウサギ?」

「羽根が一枚でもあれば一羽とおっしゃいましたが、ウサギには羽根がありません。ですが一羽二羽と数えます。この点についてはどうお考えでしょう!」

 「いやおまえ、ウサギ持ってくるのはずるいだろ……。あれは例外中の例外というか……」

「もしも胴体がふつうのウサギで頭が三つあるケルベロウサギが現れたら、どう数えたらよいのでしょうか! 一頭か、三頭か、一羽か、三羽か……」

 「それ今決めなきゃだめ? 一体なんの話してんだよ……」

「あっ、隊長、それです!」

 「それ?」

「一体、ですよ。一頭二頭と数えるからややこしいのであります。一体、二体と数えれば解決であります。ケルベロスが一体現れました!」

 「あーよかった」

「お言葉ですが隊長、解決した気になるのはまだ早いであります!」

2019年4月10日水曜日

殺人事件まきこまれ事件


オレは探偵。そしてオレは今、船の中で殺人事件にまきこまれている。
まずいまずい。すごくまずい状況だ。

さいわいオレには確固たるアリバイがあったので真っ先に容疑者から外された。
だが、みんなの目が告げている。
「おまえ探偵なんやろ。事件解決せえよ」と。

ムリだ。ムリに決まってる。
探偵といったって、仕事といえば不倫の調査とか素性調査とかが主で、謎解きなんてやったことがない。不倫の調査だってろくにできないのに。

オレは半年前に探偵事務所に雇われたばかり。有給休暇がとれるようになったので実家に帰ろうとフェリーに乗ったらこのありさまだ。なんてついてないんだ。


こんなことなら昨日、酒を飲むんじゃなかった。
船のバーで知り合った女子大生二人組に「一応探偵やらせてもろてますけど」みたいなこと言っちゃったのがまずかった。
「えー探偵さーんですかー! すごーい!」なんて言うから「いやいや、オレが解決した事件なんて数えるほどしかないよ」なんて言っちゃった。調子に乗りすぎた。
ほんとは解決した事件なんて一個もないのに。
それどころかこないだ不倫調査してたら、ターゲットから「さっきからこっちをじろじろ見て何なんですか」って言われちゃったとこなのに。調子こいたー。

まさかバーで飲んでいるあの時にあのおじさんが殺されてたなんてぜんぜん知らなかったよ。おかげでアリバイはできたんだけど。


しかしあの女子大生たち、ちょっとイタい子だな。
死体が見つかって騒然としてるときに、いきなり「探偵さん、解決してください!」とか言うんだもんな。大声で。
ふつう言うかね。勝手に。せめてこっちに来て小声で言えよな。
それに昨夜はかわいく見えたけど今見るとそうでもないし。

おかげで、場がすっかり「探偵が解決してくれる」モードになってしまった。
船のスタッフとかが、頼んでもないのにいちいちこっちに状況報告してくれる。
「被害者が22時に廊下を歩いているところを他の乗客が目撃しています」とか。
いやいやいや。オレ、推理するなんて一言も云ってないから。
船内で殺人が起きて震えてる乗客のひとりだから。


さっき「犯人はこの中にいるってことかな」って言おうとしたら、それまでみんなざわざわしてたのにたまたまみんなが同じタイミングで黙ったせいで急に静かになっちゃった。なんか変な空気になったからオレも途中で言うのをやめた。
そしたら「犯人はこの中にいる……」って、なんか決め台詞っぽくなっちゃった。
あれはしくじった。
あれのせいで「おぉぉ……。さすが探偵だ……」みたいな空気になっちゃったもんな。完全にミスった。

だいたい船の中で人が殺されてんだからそりゃ犯人はこの中にいるだろ。誰でもわかるだろ。
なのに「さすがは探偵は違うぜ」「事件解決は時間の問題だな」みたいことをささやきあってる。こいつらバカなのか。
とても「あと三時間ぐらいしたら港に着くんで、警察に任せましょう」とか言える雰囲気じゃなくなってる。


で、いつのまにやらみんながオレの前に集まってる。
そんで「犯行が可能だったのはこの五人ですね」とかいって容疑者たちがオレの前に並んでる。おまえらもおとなしく並んでるんじゃねえよ。「探偵さん、わたしの無実を証明してください」みたいな目で見てくんじゃねえよババア。

いっそのこと、適当に「謎はすべて解けました。犯人はあなたです」とか言って指さしてみよっかな。確率五分の一だしな。それで的中して、勝手に自白とかはじめてくれたらいいんだけどな。

でも根拠とか訊かれたら困るしな。「いちばん目つきが悪いからです」とかじゃダメだろうな。
まちがってたら名誉棄損とかで訴えられたりするかも。うかつなこと言わないほうがいいな。

一応推理してみるかな。さっきまでの話ぜんぶ聞き流してたから、判断材料はなにひとつないけど。
そういや探偵事務所の先輩に言われたな。「浮気調査をするときは、自分が浮気をするやつの気持ちになって考えるんだ」って。
よしっ、犯人の立場に立って考えてみよう。

ええっと、オレは犯人。船の中で人を殺した。で、死体が見つかった。なんとかして自分に疑いがかからないようにしなければ。
船の乗客には偶然にも探偵がいた。なんか推理らしきものをはじめてる。まずい、このままだとトリックを見破られてアリバイもくずされて自分の犯行だとばれてしまう。なんとかしてこいつの口を封じなければ。一人殺すのも二人殺すのも一緒だ……。


「みなさん、わかりましたよ……。謎はすべてとけました。
 次に狙われるのは……オレです!」


2019年3月26日火曜日

軍手を剥ぎたいんです


私は軍手剥ぎ師です。
軍手を剥ぐのが仕事。といってもわかってもらえないかもしれませんが、ほら、道端に軍手が落ちてるのを目にしたことがあるでしょ。あれが私たちの業績です。


といっても剥ぐのは軍手だけじゃありません。
赤ちゃんの靴下とか、酔っ払いの靴とか、マフラー、ストール、キーホルダーその他さまざまな衣類やアクセサリーをこっそり抜き取って地面に捨てています。

ちょっと特殊な仕事と思うかもしれませんが、立場上は地方公務員です。共済年金にも加入してます。
特定を防ぐためにどの都市かは書きませんが、地方中核都市とだけ言っておきます。

この仕事のことは口外してはいけないことになっているので、家族以外には話したがありません。他人には「市の清掃局の仕事」って言ってます。まあ管轄は清掃局だから嘘じゃないんですが。

軍手や靴下を地面にばらまく理由は、注意喚起です。
財布とか携帯電話とか大事なものを落とさないように、さほど重要じゃなさそうなものを選んで地面に落とします。実際これを導入してから貴重品の遺失物が減ったと聞くのでちゃんと効果はあるらしいです。

あとは若干ですが景気拡大にも効果があるそうです。手袋落としたら買い替えてくれるので。ですから金融政策の一環でもあります。不況のときは少しだけ落とさせる量が増えます。
とはいえ最大の目的はやっぱり注意喚起です。
「私たちの本分は注意喚起です。それを忘れないように」と研修のときにしつこく聞かされました。

注意喚起が目的なので、あまり高価なものは狙いません。
無造作に尻ポケットにつっこんでる軍手とか、だいぶ使いこんでる手袋とかを見定めて落とさせます。

あと多いのは赤ちゃん関係。
子育てしてる人ならわかると思いますが、だっこされてる子やベビーカーに乗ってる子っていろんなもの落としますよね。手袋や靴下とか、ひどいときには靴まで落とす。あれは私たちが乳幼児を重点的に狙っているからです。
あれは落とし物に注意というより「赤ちゃんのことをちゃんと見てあげてね」というメッセージです。
赤ちゃんって目を離してるとすぐにベビーカーから身を乗りだしたり、へんなものを口に入れたりしますよね。だから、ちょくちょく見てくださいねって思いを込めて靴下を脱がして地面に置いてます。

仕事はまあそれなりにやりがいはあります。成果は感じやすいですし。
この仕事はほんとに世の中に必要なのかって考えることもありますが、そんなことを言ったらたいていの仕事がそうだと思うので、とりたてて不満に思うこともありません。
給料は地方公務員としてはごくごく標準的な水準だと思います。他人に話してはいけないことについても、機密保持手当がつくのでストレスに感じたことはありません。

さて、これまでこの仕事のことを誰かに漏らしたことのなかった私がなぜインターネット上で軍手剥ぎ師について書いているのか。
それは、私たちの仕事が奪われようとしているからです。

きっかけは昨年市長が変わったことでした。市長は公務員の大幅コストカットを選挙公約に掲げており、じっさいにいくつかの事業を民営化しようと乗りだしました。市バスや清掃事業など。軍手剥ぎ事業もそのひとつでした。

たしかに軍手剥ぎは利益を上げていません。お金の面で見たら、無駄といえるかもしれません。
ですが、だからこそ公的機関がやるべきなのではないでしょうか。
市長の案では民間の軍手剥ぎ業者に委託し、ゆくゆくは軍手剥ぎそのものをなくそうとしています。

しかし先ほども申しましたように、軍手剥ぎは利益を上げません。剥いだ手袋を転売してしまっては窃盗になりますので、私たちには落とさせることしかできません。
軍手剥ぎ事業に参入してくる業者は当然ながら助成金が目的です。それ自体が悪いことではありませんが、民間業者である以上コストを抑えることになり、それはつまり軍手剥ぎの質の低下につながることは目に見えています。

軍手剥ぎ事業を民営化させることは、短期的には予算削減につながるでしょう。しかしそれは市民の注意力低下につながります。遺失物が増え、市民の財産は減り、警察の労力は増えます。乳幼児の事故も増えることでしょう。長期的には大きな損失となるのです。

どうかみなさまには軍手剥ぎの実態について知っていただき、公共事業としての存続を訴えたいと思い、こうして筆を執った次第です。
どうかご理解いただきますようお願いいたします。

2019年2月15日金曜日

洞口さんじゃがいもをむく


じゃあじゃがいもの皮をむく仕事でもすっかってことで応募即採用。世にじゃがいものむき手は足りていないらしい。

あたしのほかに七人のおばちゃんがいて、八人で理科実験室にあったような大机ひとつを囲んでじゃがいもをむく。
特にノルマとかはなくて、おしゃべりをしながら皮をむいてゆく。むいた皮をどんどん床に捨ててゆくのが愉しい。床にごみを落としちゃだめって言われて育ってきたから、ぽいぽいごみを投げていいってのが新鮮。
足もとが冷えることを除けばいい職場。こたつに入ってやったら最高なんだけどな。でもそうすると布団が汚れるから皮を放りなげるわけにいかないもんな。あと眠っちゃうし。

おばちゃん七人衆は圧倒的に速い。年の甲っていうと怒られそうだから経験年数の差っていっておくけど、巧みに包丁を使ってすらすらむいていく。バナナの皮をむくぐらいのスピード。あんなに鮮やかにむかれたら、むかれてる側のじゃがいもだって気持ちよかろうってなもんよ。

それに比べたらあたしはぜんぜん。おばちゃんが五個むいてるうちにやっと一個むくぐらい。
気のいいおばちゃんたちだから誰も責めるようなことは言わないけど、自分の皮むき偏差値三十五ぐらいなのは自分がいちばんよくわかるから、足引っぱって申し訳ない気持ちになる。
なんとかならんもんかねってワカさんに相談したらピーラー使えばいいじゃんってあっさり名回答。はっはーんこれができるホモサピエンスってやつか。ツールで解決。
あたしなんかピーラーって言葉すら知らなくて、皮むき器って言われてようやっと形状思いえがけたぐらいだからその差たるや。

ということで百均に行ってピーラー購入。
ピーラーだけ買うのもなんか恥ずかしかったからミルク味の飴ちゃんもいっしょに購入。七人のおばちゃんに貢ぐ用。

しかしまさかピーラーが職場の断絶を生むなんてね。
あたしが持ってきたピーラーを見ておっそれいいじゃんあたしも使おう派ともう慣れちゃったし包丁のほうが早いよ派にすっぱり分かれてたちまち勢力は四対四。
さらにピーラー使おう派も、百均のじゃものたりないからいいやつ買おう派と自腹切ってまで高いピーラー買うほどじゃないよ百均で十分よね派で二対二に分裂した(あたしは百均派)。
まだ分かれるのかなとおもったけど二対二になるとそれ以上は分裂しなかった。二人以上いないと派閥にはならないんだな。

べつに派閥ができたからっていがみあったり敵陣営に火矢を投げこんだりとかするわけじゃないんだけど、ツールが変わったことでなんとなく溝ができたような気がする。
あれ、なんかひび入ってない? 気のせいかとおもったけど、前は日によってばらばらだった座る場所も包丁派は包丁派、高級ピーラーは高級ピーラーで固まって座ることが多くなった。知らず知らずのうちに断絶が生じているのだ。

責任を感じた。
あたしが直接七人の中を切り裂いたわけじゃないけどあたしのピーラーが切り裂いたのだ。いや、ピーラーだから七人の仲をむいたというべきか。
なんておそろしいものを生みだしてしまったんだろう。原爆開発のマンハッタン計画に参加した科学者たちの気持ちが痛いほどわかる。

この状況を打破するアイテムはないかとリュックの中をほじくりかえしてみた。ツールにはツール。
ミルク飴が出てきた。おお。百均で買ったのを忘れていた。
ミルク飴をおばちゃん七人衆の口に押しこむとあらふしぎ。なんとなく顔が柔和になって以前のようにおばちゃん間の会話がはずみはじめたじゃないか。

やっぱりミルクよね。ミルク最強。マンハッタン計画、ミルクの前に敗れたり。

まあこのミルク飴のせいでその数週間後におばちゃんのトイレ立てこもり事件が起きるわけだけど、それはまたべつのお話。