2026年6月23日火曜日

【読書感想文】サイモン・マッカーシー=ジョーンズ『悪意の科学 意地悪な行動はなぜ進化し社会を動かしているのか?』 / 己の中の悪意と向き合わされる本

このエントリーをはてなブックマークに追加

悪意の科学

意地悪な行動はなぜ進化し社会を動かしているのか?

サイモン・マッカーシー=ジョーンズ(著) プレシ南日子(訳)

内容(e-honより)
悪意の力を明かし、人間観をくつがえす傑作!悪意はなぜ失われずに進化してきたか?悪意をもたらす遺伝子、脳の仕組みとは?なぜ自分に害が及んでも意地悪をするのか?善良な人まで引きずり下ろそうとするわけ。悪意と罰の起源とは?悪意にはどのような効用・利点があるか?悪意をコントロールするには?…脳科学・心理学・遺伝学・人類学・ゲーム理論などの最新成果を駆使して、まったく新しい人間観が示される…

 この本における「悪意」とは「自分が損をする(得をしない)としても他者に損害を与えるような行為」を指す。

 たとえばあおり運転とか。気に入らない運転の車があると、その後ろにぴったりついて嫌がらせをする。それをしたところで自分が得をするわけではない。むしろ損をする(事故に遭う確率が上がる)。それでもそうした運転をする人は後を絶たない。

 そこまでいかなくても、気に入らない有名人をSNSで攻撃するとか。たいていの場合、炎上させたって自分が得をするわけではない。むしろ自身の評判を下げるだけだ。それでも多くの人にとって「気に入らないやつを攻撃する」行動は楽しい。



“悪意”は決してひとにぎりの人だけが見せるものではなく、多くの人の選択となって社会全体に影響を及ぼすこともある。

 悪意の影響は、選挙の行方だけでなく、当選者が推進する政策やそれに対する有権者の反応にも及ぶ。所得配分に関する政策について考えてみよう。経済状況が悪化している時代には、貧富の差を縮める政府が支持されるはずだ。ところが2008年の不況の際、人々は政府による所得の再配分をさほど重視していなかった。これは減税により自分たちよりも低い社会階層の人々との差が縮まる場合、たとえ生活が多少楽になるとしても、減税を望まない人々が一定数いたためだと考えられる。人間の「最下位を避けようとする」性質が表れたのだ。

 最低賃金の引き上げに最も反対するのは、金持ちや経営者よりも「最低賃金よりはちょっと上の給与で働いている人たち」だという。ふつうに考えれば彼らは最低賃金の引き上げによって恩恵を被る立場の人たちだ。

 それでも「自分より下の立場の連中が自分と同じ位置にくるかもしれない」という思いが“悪意”に走らせる。貯蓄の少ない者が生活保護受給者を非難したり、貧しい者が金持ち優遇政策をとっている政党に投票したりといった例は枚挙にいとまがない。自らにとっての実益よりも「あいつらを困らせたい」という“悪意”のほうが優先されることは決してめずらしくない。

 そして“悪意”は直接的な攻撃の形をとらないことも多い。

 仕返しが可能な現実の世界で、自分を不公平に扱った人々に直接、悪意のある行動をすることは、最後通牒ゲームの結果から想像するよりもずっとまれだ。小規模な部族社会に関する人類学的研究では、人々が協力関係を維持するためにこのような行動をとることは確認されていない。彼らは別の形態のコストの低い反支配行動をとる。彼らは安上がりな悪意を使うのだ。
 不公平な人を罰する個人的なコストを減らす方法の1つは、1人あたりのコストを減らすことだ。それには集団内でコストを負担し合えばいい。小規模な社会では、目に余る行ないをした人々を個人ではなく集団が殺す。そうすれば個人に対する反撃を最小限にできるからだ。同様に西洋ではほかの人も同じ相手に罰を与えている場合のほうが、人々は気楽に罰を与える。人数が多いほうが安全だからだ。
 罰のコストを減らす別の方法は、直接的な対立よりも安上がりな方法を用いることだ。たとえばうわさ話(ゴシップ)や嘲笑、村八分などがこれにあたる。現実の世界、特に小規模な社会では、人々は直接的な対立よりもこれらの方法を使いがちだ。

 悪いうわさを流す、集団で村八分にする、といった方法だ。正面切って悪意をぶつけるよりも、こちらのほうが自らの立場は安全だ。

 人間はいじめが大好きなのは、喧嘩よりもいじめのほうがリスクが低いからだ。



“悪意”と書くと無条件で悪いもののようにおもえるが、悪意はメリットもある。というよりメリットがあるからヒトは悪意をはたらくように進化したわけだ。

 悪意の理由は単純だ。悪意のある行動をとると得するからだ。短期的に見ると悪意のある行動が、長期的な利益をもたらすことも多い。悪意+時間=利己主義というわけだ。反支配的悪意は乱暴者や支配者、暴君を引きずり下ろす。この場合、悪意は正義を守る手段となりうる。他者に害を及ぼす人に悪意を向けると社会関係資本が増える。そして、ほかの人々からの協力や高い評価という見返りが得られる。一方、自分に害を与える相手に悪意を向ければ、相手はわたしたちにもっと気を使わなければならなくなる。やがて人間は言葉の助けを借りて、コストのかかる罰をより安上がりで安全に使えるようになった。また、神や国家に悪意のある行動を委託するようにもなった。こうして今や人間は、ニーチェのいうところの「盗んできた歯」でかみつけるようになったのだ。

 極端な例でいえばテロやクーデター、そこまでいかなくてもスキャンダルをした議員を引きずりおろしたり、不正をはたらいた企業に対して抗議運動をすることで、不正が正されることがある。また不正に対する抑制にもなる。

「自分勝手なことをすると俺はおまえを罰するぞ」という意思表示が悪意、早く言えば「なめられないようにする」ということだ。悪意を見せることで、将来的に自分が厚遇されるようになるわけだ。

 誰も悪意を行使しなければ権力者のやりたい放題になってしまう。



 だが、悪意は不正を正すために使われるとはかぎらない。

 人より優位に立った人は悪意を向けられやすいが、幸運によって優位を得た人よりも、実力で優位に立った人のほうが悪意を抱かれやすいという。宝くじで大金を得た人よりも、事業で成功して大金を手にした人のほうがねたまれやすいのだ。

 さらに、みんなのためにコストを払った人、つまり「気前のいいひと」にも悪意を向ける。

 人助けや親切な行動を罰するのは、実験として行なうゲームだけの話ではない。人類学に目を向ければ、狩りに成功し、部族の全員で分け合えるような大きな獲物を捕らえた者が非難される事例が見られる。(中略)
 では、なぜ気前のいい人に罰を与える人がいるのだろう? これは反支配的傾向が引き起こされるためと思われる。貢献が少ない人々は、より多く貢献している人々が有利な地位を得たと感じるだろう。寛大な行動をした協力的な人々は地位や評判を手にする。そして、こうした気前のいい人々は支配的になるかもしれないと恐れられてしまう。ヴォルテールが言ったように、最善は善の敵なのだ。
 生物学的市場理論の観点からも、これに関連した説明ができる。生物学的市場理論では、人間は協力相手に選ばれるために競争していると考えられている。選ばれるための方法の1つは、ほかの人々より親切で気前よくなることだ。一方、競争相手を見劣りさせるという戦略もある。善人ぶる者を妨害すれば、実は悪意を持っていても、自分を比較的善良(もしくは少なくとも実際よりは悪くなさそう)に見せられるかもしれない。
 こうした行動をとると、ケチで自尊心がないと見なされるリスクを冒すことになる。しかしながら、自分をより魅力的なパートナーに見せるために気前のいい人々を罰するという発想を裏付ける証拠が見つかっている。人間は他者が別のゲームのパートナー候補を物色していると感じると、自分たちよりも多く貢献した人々に悪意から罰を与える傾向が強くなるのだ。

「気前のいい人」はリーダーに選ばれやすいし、恋愛市場でもパートナーから選ばれやすい。だから周囲から悪意を向けられやすい。


 ふうむ。たしかに自分の周りのことを思い返しても、「いつもおごってくれる上司」って、慕われるどころか嫌われていることのほうが多い気がする。

「いつもおごってくれるなんて優しい人だ!」ではなく「こいつこんなに稼いでるのかよ。だったらこっちに分けろよ」という気持ちになる。
(おごってくれるから嫌いなのか、嫌われてるから好かれようとしておごれるのかわからないけど)

 気前よくふるまうと感謝されるどころか悪意を向けられるなんて……。だったらあんまり気前よくしないほうがいいな。



 この本で挙げられている“悪意”の事例ってよく見聞きしたり、自分自身も同じように感じたりすることだけど、意外とこういうことについて書かれた本って多くない。

 みんな「自分は悪意を抱えていて、隙あらば成功者や自分より人気のあるやつを引きずりおろしたいという気持ちを持っている」ことを認めたくないからね。だから“悪意”ってなかなか研究対象にしにくかったのかもしれない。どうしたって己の中にある醜い感情と向き合うことになるからね。


 ぼくもこの本を読んで、自分の中のイヤな感情と向き合ってしまった。いやあぼくってイヤなやつだよな。わざと歩きスマホをしてるやつの前を横切って歩きづらくさせたり、あとわざわざ●●をしたり■■なやつの邪魔をしたり……(自粛)。


【関連記事】

【読書感想文】エマニュエル=サエズ ガブリエル=ズックマン『つくられた格差 不公平税制が生んだ所得の不平等』 / なぜ民主主義は金持ちだけを優遇するのか

【読書感想文】M・スコット・ペック『平気でうそをつく人たち ~虚偽と邪悪の心理学~』/意志の強い人間には要注意



 その他の読書感想文はこちら


このエントリーをはてなブックマークに追加

0 件のコメント:

コメントを投稿