2026年6月15日月曜日

【読書感想文】鈴木 俊貴『僕には鳥の言葉がわかる』 / 情熱的で醒めた視点を持つ研究者

このエントリーをはてなブックマークに追加

僕には鳥の言葉がわかる

鈴木 俊貴

内容(e-honより)
古代ギリシャ時代から現代まで、言葉を持つのは人間だけだと決めつけられてきた。しかし、シジュウカラたちは、それが間違いであることを教えてくれた。人間には人間の言葉があるように、鳥には鳥の言葉がある。シジュウカラは言葉を使って文を作る。世界を驚かせた研究者が綴る、大発見に至るまでの鳥愛あふれる研究の日々。


 少し前に、アリク・カーシェンバウム『まじめに動物の言語を考えてみた』という本を読んだ(→ 感想)。

 動物が音声を使って様々なコミュニケーションをとっていることを認めた上で、「とはいえ他の動物たちは人間の言葉に翻訳できるような言葉は持っていなさそうだ」といった論調だった(誤解を招きそうなので補足しておくと、人間が他の動物たちに比べて優れているとは書いていない。ただ異なると書いているだけだ)。


 それを読んだ後だったので、この『僕には鳥の言葉がわかる』というタイトルを見たときは「正確性を欠くタイトルだな。研究者としての知的誠実さが足りないのでは」と思っていた。

 そして読んでみた。

 いや、「鳥の言葉がわかる」という言葉は決して大げさじゃないな! もちろん「鳥の言葉を一対一で人間の言葉に翻訳できる」という意味ではないが、鳥の言葉を“わかる”ことは可能かもしれない。この場合の“わかる”とは、“理解する”というよりは“感じる”に近いけど……。



 シジュウカラのヒナが、親鳥の鳴き声によって異なる反応を見せることについて。

 夢中で観察しているといろいろなことに気がつくが、もっとも印象に残ったことはヒナの聞く耳の発達だ。この時期のヒナは、巣箱の外から聞こえてくる親鳥の声にも敏感に耳を傾けて、応じているようだった。
 たとえば、父親が近くで「ツツピーツツピー」とさえずると、「はやく餌を持ってきて」と言わんばかりに「ビビビ!」と激しく声を出す。すると、親も急いで巣箱の中に餌を運び入れるのだ。周囲から聞こえる様々な鳥の声のうち、自分の父親の声を覚えて、それにだけ餌を求めて鳴くのかもしれない。一体どうやって覚えたんだろうと不思議に思う。
 ある日、いつものようにカメラをつけて巣箱を観察していると、ハシブトガラスが近くの木までやってきた。ヒナは相変わらず「ビビビ!」と鳴いて、親に餌を求めている。「このままではマズいかも」と思った瞬間、「ピーツピ!」という親鳥の声が森に響いた。
 カラスに警戒して鳴いているのは明らかだ。この声は、人間やネコなど、他の動物が巣箱に近づいた時にもよく出すので、「警戒しろ!」という意味だろう。
 それと同時に、あることにも気がついた。先ほどまで騒がしかったヒナの声が聞こえないのだ。モニターで巣箱の中を確認すると、ヒナたちはググッとうずくまって静まり返っている。「そうか! ヒナは親鳥の声に対して静まることで、カラスに巣の場所を特定されないようにしてるんだ。それだけではない。もし、カラスが巣箱に気づいて嘴を突っ込んできたとしても、うずくまってさえいれば、つまみ出されずに済むだろう! なんて賢い方法なんだ」と僕は思った。
 親鳥はカラスがその場を去るまで警戒の声を出し続けた。そして、ヒナたちもずっとうずくまったまま、ひと声も発さず静かにしていた。

 ヒナたちは親鳥が近づくと餌をねだる声を出すが、親鳥が警戒音を出すと、鳴くのを辞めて巣の中でうずくまるという。

「じっとしろ!」というメッセージを伝えることに成功しているので、これは言語といってもいいのではないだろうか。最も人間が使う「じっとしろ!」とはまったく同じではないけれど。

 人間の「じっとしろ!」は敵に見つかりそうなときも、逆に獲物に気づかれないようにするときにも、朝礼で落ち着きのない生徒を叱るときにも使えるが、おそらくシジュウカラの「ピーツピ!」にそこまでの汎用性はない(どっちが優れているということはない)。



 カラスが巣に接近したときには「ピーツピ!」と鳴くシジュウカラは、ヘビが接近したときには「ジャージャー」という声で鳴く。

 そして「ピーツピ!」を聞いたヒナは、カラスから身を守るために巣の中でじっとするのに対し、「ジャージャー」を聞くと親鳥は地面を見下ろす。さらにヒナは巣箱から飛び立つ。

「ピーツピ!」のときは対カラスの行動(カラスが巣箱にクチバシを突っ込んでもつつかれないようにうずくまる)を取るのに対し、「ジャージャー」のときは対ヘビの行動(飛んで逃げる)をおこなう。異なる刺激に対して異なる音を出し、異なる音に対して異なる行動をアウトプットする。これは……言語だ。

 さらに著者は、枝に紐をつけて動かす実験をすることで、「ジャージャー」を聞いた後ではシジュウカラが枝をヘビと見間違うのに対し、音がない場合は見間違えないことを確かめる。

 そして二〇一七年五月、ようやく僕はすべての実験を終えた。気がつくと、実験を始めてから四年の月日が流れていた。結果はとてもクリアなものだった。八十四羽のシジュウカラからデータを得たが、本当予想通りの結果が得られた。
 ここまできて、ようやくシジュウカラの鳴き声にも“言葉”があると証明できた。「ジャージャー」という声を聞いたシジュウカラは、頭にヘビのイメージを思い描き、それを用いて視界の中からヘビのようなものを探す。だから、ヘビのような動きをする枝を、ヘビと見間違えて確認してしまうのだ。つまり、「ジャージャー」はヘビを示す"名詞"のようなものだといえる。
 これはすごい発見である! それまでにも、多くの動物学者がベルベットモンキーやミーアキャット、プレーリードッグ、ハンドウイルカなどの鳴き声を調べてきた。しかし、ある鳴き声が内的な感情ではなく、外的な対象物を指示し、聞き手にそのイメージを想起させることを明らかにした例は一つもなかった。僕の研究が、初めてそれを証明したのである。

 このあたりの実験の設計がすごくうまくて、実験の詳細を見ているだけでわくわくする。


 もしぼくが研究者だったら「カラスとヘビが近づいた時では異なる声を出して、異なる反応を見せる」と気づいた時点で「シジュウカラは敵によって言語を使い分けてる! まちがいない! やったぜ、オレすげー!」と発表しちゃうとおもうんだけど、鈴木俊貴さんはそこから数々の反論を想定して、その反論に負けないための実験をデザインしている。これがプロの研究者かー。

 研究者というと好きなことに対してまっしぐらな人、というイメージだけど、一流の研究者は情熱だけでなく醒めた視点も併せ持っているんだな。



 シジュウカラの“言語”はシジュウカラだけでなく、他の鳥も理解できるらしい。

 シジュウカラの鳴き声を聞いて他種の鳥が逃げたり、逆に他種の鳥の鳴き声を聞いてシジュウカラが警戒を強めたり。多種多様な鳥が協力して警戒に当たったほうが天敵から逃れる確率は上がるからだ。

 さらにそれを逆手にとって他の鳥を騙すことさえするというから驚きだ。

 たとえば、シジュウカラがタカを見つけて「ヒヒヒ」と鳴けば周りにいるコガラやヤマガラは一斉に藪に逃げ入るし、餌を見つけて「ヂヂヂヂ」と鳴けば、次から次へと集まってくる。反対に、シジュウカラもコガラやヤマガラの言葉を理解できる。森の中の小鳥たちは、周りに棲んでいるいくつもの鳥の言葉の意味を学習し、天敵から身を守ったり、食べ物を見つけるために役立てているのである。バイリンガルどころではない。“鳥リンガル”だ。
 たまに嘘をつくことだってある。たとえば、シジュウカラは、自分より体の大きなヤマガラやゴジュウカラが餌場を独占していると、「ヒヒヒ」とタカが来た時の声で警報を出すことがある。実は空にタカなんていないのに、そう鳴くのだ。すると、大きな鳥はまんまと騙され、藪に逃げ入る。その隙にシジュウカラは餌をゲットできるというわけだ。僕もしょっちゅう騙されるが、騙し騙される関係も、他種の言葉がわかるからこそ成り立つものだ。

 人間のように「嘘の情報を流して追い払ってやろう」と考えているわけではないだろうが、結果的には誤情報によって他個体の行動を操作しているわけでから、“嘘をつく”といっても大きな間違いではあるまい。


「鳥の言葉」と言ってしまうと誤解を招くかもしれないけれど、シジュウカラなどの鳥が部分的には人間と同等、あるいはそれ以上に高度なコミュニケーションをとっていることは間違いなさそうだ。

 研究内容もおもしろいし、文章も親しみやすいし、選んでいるトピックスもほどよく初心者向け、ほどよく専門的で、すごくよくできた本でした。


【関連記事】

【読書感想文】アリク・カーシェンバウム『まじめに動物の言語を考えてみた』 / 「遊んでほしいワン」とは言わない

【読書感想文】『生きものは不思議 最前線に立つ研究者15人の白熱!講義』 / 魚は論理的思考をする



 その他の読書感想文はこちら


このエントリーをはてなブックマークに追加

0 件のコメント:

コメントを投稿