2026年3月24日火曜日

【読書感想文】ボニー・ガルマス『化学の授業をはじめます。』 / おとぎ話のような単純さ

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化学の授業をはじめます。

ボニー・ガルマス(著)  鈴木 美朋(訳)

内容(e-honより)
1960年代アメリカ。才能ある化学者だが女性ゆえ保守的な科学界で苦闘するエリザベスは、未婚のシングルマザーになったうえ失職してしまう。ひょんなことから彼女が得た仕事は、料理番組の出演者だった!?「セクシーに、男性の気を引く料理を教えろ」という命令に反して、科学的に料理を説くエリザベス。しかし意外にもそれが視聴者の心をつかみ―。全米250万部、世界600万部。2022年最高の小説がついに日本上陸!

 舞台は1960年代のアメリカ。エリザベスは女性であるがゆえに様々な不利益を被ってきた。教授のアカハラ&セクハラのせいで博士号は取得できず、勤務先の研究所では正当に能力が評価されない。さらに未婚の母となったことが原因でクビになってしまう。研究所に復帰しても手柄を横取りされる。

 そんな折、エリザベスはひょんなことからテレビ番組の料理番組の司会者に抜擢される。その歯に衣着せぬ物言いや科学的な語りがウケて料理番組は全米で大人気になり……。


 女性の生きづらさを描いたフェミニズム小説。主張はわかるんだが、ちょっとテーマを強調しすぎというか、はっきりいって説教くさい。主人公のエリザベスは無神論者なのだが、皮肉なことにこの小説が聖書のようになっている。

 横暴で無理解な男たちの姿がこれでもかと強調され、悪人は一片の同情の余地もないどうしようもない悪人として描かれる。そして己の正しさを信じて突き進んだ主人公やその味方はやがては世間から認められ、悪人は報いを受ける。

 水戸黄門や遠山の金さんといっしょだよね。いってみれば勧善懲悪ポルノ。リアリティなんからどうでもいいからとにかくスカッとする小説を読みたい人にはいいんだろうけど、個人的には丁寧に人間を描いた小説を読みたいな。ちょっと単純明快すぎる。


 主人公のように「正しいことは正しいと言う、納得のいかないことには決して組しない」という生き方ができればいい。誰もが願うことだ。

 でもそんな生き方が貫くことができるのは、ごくごく一握りの才能と幸運に恵まれた天才だけだ。そういう人の話を読みたければ『シンデレラ』や『はなさかじいさん』を読んでいればいい。

 以前読んだチョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』は、特別な才能や奇跡的な幸運に恵まれない女性の人生を書くことで、女性の生きづらさを描いていた。個人的にはこっちのほうが100倍有意義なことをやっていたとおもう。

『82年生まれ、キム・ジヨン』が丁寧にリアルな女性の人生を書いていた分、『科学の授業をはじめます。』の単純明快すぎるストーリーが気になってしまった。




 おもしろかったのは、主人公・エリザベスの生き方よりも、その周囲にいるボート愛好家の人たち。ふだんは理知的なのに、ボートのこととなると憑りつかれたかのように他のことが何も考えられなくなる。

「それに、わたしはやることがたくさんあるので」エリザベスはもう一度言った。
「朝四時半に? 出かけたと気づかれる前に帰ってこられます。二番ですよ」彼はこれが最後のチャンスだと言わんばかりに強調した。「覚えていますか? この話はしましたよね」
 エリザベスはかぶりを振った。キャルヴィンもこうだった――ボートが何より優先されて当然だと思っていた。エリザベスは、ある朝別のボートの漕手たちが、五番が来ないと不思議がっていたのを思い出した。コックスが五番の自宅に電話をかけると、彼は高熱を出していた。「そうか、でもいますぐ来るんだ、いいな?」と、コックスは命じたのだった。
「ミス・ゾット」メイソンは言った。「いますぐにとは言いませんが、ほんとうにあなたが必要なんです。一緒に漕いだのは数回ですが、あのとき感じたものは本物でした。それに、またボートを漕げば、あなたが楽しい気持ちになれる。われわれみんなが」今朝のことを思い出す。「楽しい気持ちになれます。ご近所さんに訊いてみてください。子守をしてくれるかどうか」「朝四時半から?」
「ボートについてその点が知られていないのは残念ですね」メイソンは立ち去る前に言った。「ボートって、みんながひまな時間帯に漕ぐんですよ」

 これは産婦人科医が、一歳の乳児を持つエリザベスをボートの練習に誘うシーン。

 赤ちゃんを持つ母親を誘うなよ。しかも産婦人科医が。しかも朝四時半って。朝四時半がひまなわけないやろ。ツッコミ所しかない。

 しかもボートの練習はめちゃくちゃハードで、漕ぎ終わると毎回「もう二度とやるもんか」と思う、なんて語っている……。

 いるよなあ、こういう狂人! ぼくも一時長距離走をやっていたのでちょっと気持ちはわかるけど……。



 エリザベスのやっている料理番組『午後六時に夕食を』はすごくおもしろそうだ。ぼくも観てみたい。

 ウォルターはしばらく目を閉じ、観客席のざわめきに耳を澄ませた。椅子がきしむ音、小さな咳。遠くから、カリウムとマグネシウムが体内でどのような働きをするか説明するエリザベスの声が聞こえてくる。この部分のためにウォルターが書いたキュー・カードは、とくに自信作だったのに。“ほうれん草ってきれいな色ですよね。緑色。春を思わせます”。彼女はそれをすっ飛ばした。
「……ほうれん草は肉と同じくらいの鉄分が含まれているから体力の増強に効果があると信じられています。しかし実際には、ほうれん草はシュウ酸の含有率が高く、鉄分の吸収を阻害します。つまり、ポパイはほうれん草で強くなったとほのめかしていますが、彼を信じてはいけません」

 よく、テレビはバカに向けて作るって言うじゃない。実際、多くの作り手はそう考えているんだろう(よく伝わってくる)。

 たしかに世の中にはバカも多いけど、学ぶことを好きな人も多いとおもうんだよね。だからもっと本当の教養番組をつくってほしい。Eテレとかはたまに本気の教養番組を作ってるけど。

 フェミニズム小説としてはイマイチだったけど、「知に対して真摯に向き合う人が世間と格闘する小説」としてはけっこうおもしろく読めた。


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