2024年6月14日金曜日

【読書感想文】前野 ウルド 浩太郎『バッタを倒すぜアフリカで』 / 令和の坂本龍馬(の一般的イメージ)

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バッタを倒すぜアフリカで

前野ウルド浩太郎

内容(光文社HPより)
バッタの群れは海岸沿いを飛翔し続けていた。夕方、日の光に赤みが増した頃、風向きが変わり、大群が進路を変え、低空飛行で真正面から我々に向かって飛んできた。大群の渦の中に車もろとも巻き込まれる。翅音は悲鳴のように重苦しく大気を振るわせ、耳元を不気味な轟音がかすめていく。このときを待っていた。群れの暴走を食い止めるため、今こそ秘密兵器を繰り出すときだ。さっそうと作業着を脱ぎ捨て、緑色の全身タイツに着替え、大群の前に躍り出る。
「さぁ、むさぼり喰うがよい」

 アフリカを救うためにバッタの研究に人生を捧げる昆虫学者の奮闘記・第二弾。
前作『バッタを倒しにアフリカへ』の感想はこちら

 前作を読んでいない人には「アフリカを救うって何をおおげさな」とおもうかもしれないが、決しておおげさな話ではない。この人はアフリカで何万人もの命を救うかもしれない人なのだ。

 サバクトビバッタのメスは一週間おきに百個ほどの卵を産み、それを生涯(数ヶ月)くりかえす。さらに幼虫は数週間で卵を生産できるようになるという。

 もちろんほとんどの昆虫の例に漏れず、大半は天敵に食べられてしまい、大人になって卵を産めるようになるのはごく一部だ。が、それはあくまで通常時の話。

 大干ばつが起こるとバッタの天敵が死滅してしまう。その後に大雨が降ると、大量のバッタが捕食されないまま成虫となり、とんでもない大繁殖をする。なにしろ数週間で数百倍になるのだ。ねずみ算どころの話じゃない。

 こうして何百万、何千万、何億という数のバッタが群れになり、移動する。移動の途中でありとあらゆる植物を喰う。農作物はみんなダメになる。その被害は途方もない。バッタの大群が通った後には、比喩ではなく、草一本残らない。人間はもちろん、家畜も野生動物も被害を受ける。

 ぼくは子どもの頃、手塚治虫の『ブッダ』や『シュマリ』を読み、バッタの大群の恐ろしさにふるえあがったものだ(『シュマリ』では人まで喰われていた)。

 バッタの大発生を防ぐことができれば、アフリカの国々は大いに助かることになる。「アフリカを救う」は決してオーバーな表現ではないのだ。




 バッタの繁殖を抑えるには、バッタの交尾や産卵について知らなくてはならない。交尾・産卵を邪魔することができれば数の増加を抑えることができるし、交尾中は無防備になるので殺虫剤散布も効果を上げやすい。

 そのためにはバッタの雄と雌がどこにいるかを調べる必要がある。

 私が選んだ実験方法は「目視」。極めて原始的な研究方法だ。とはいえ、バッタの雌雄の判別能力はおそらく世界トップレベルだし、視力が裸眼で2.0ある私にはピッタリだ。
 複数の研究者が同じ仮説を立てたとしても、検証する方法には個人差があるように思う。めちゃ大変な方法でアプローチするか、一工夫することでラクしてデータをとるか、クスリと笑っちゃうような方法を編み出してデータをとるか。「どんなデータをどうやってとるか」には、研究者の「色」が滲み出てくる。
 私は、化学はさっぱりだし、分子生物学もどういうわけか理解が及ばず、ローテクしか使えない呪いがかけられている。日本では周りの研究者たちがハイテクを駆使し、なにやらきらびやかな研究を推し進めており、時代遅れのようで恥ずかしかった。
 しかし、物資や設備が制限されたサハラ砂漠では、ローテクはほとんど影響を受けず、いつものパフォーマンスを発揮できる。自分の能力を最大限発揮できる場所がここサハラ砂漠で、しかもサバクトビバッタを研究しているときなのだ。

 離れたところからでもバッタの雌雄を見分けることができる能力。他の人が持っていても何の役にも立たない能力だが、著者はこの能力を駆使して、ある場所にいるバスが雄ばかりであることに気づく。それをきっかけに、それまで研究者の間でも知られていなかったバッタの繁殖行動に関する発見をするのだ。特殊能力が大発見につながるのだ。かっこいい。

 この「目視でバッタの雄雌を数える」もそうだが、著者がやっていることはとにかく地道で労力のかかる作業だ。炎天下の砂漠で一日中バッタを観察したり、バッタが発生したと聞けば車を飛ばして駆けつけたり。

 私が考えついた方法はこうだ。
 集団飼育した幼虫が羽化したらすかさず背中に修正液で背番号をつけて、集団飼育下でも個体識別できるようにし、産卵履歴を追うのだ。
 雌雄合わせて40匹ほどを一つの飼育ケージに入れて集団飼育すると、約2週間で性成熟し始める。産卵用の砂床を飼育ケージにセットし採卵する。産んだ直後を0日とし、産卵0~6日でメス成虫を解剖するのだが、きっかり24時間後、ジャスト1日単位の卵巣発達に関するデータをとるようにするには、各個体が何日の何時に産んだかを記録する必要がある。
 そこで、朝9時から夜の20時まで産卵床を与え、それ以外の夜間は与えないようにした。
 なかには産卵床がない夜間にケージの床に産卵してしまう個体もいる。そのような個体を排除するために、全てのメス成虫を毎朝体重測定し、産卵に伴って体重が激減した個体を把握するようにした。
 そして、飼育室に住み込む代わりに、産卵の確認を30分ごとに行う。産卵は2時間近く続くため、30分以内に産卵を終了する個体はまずいない。「安くて、早くて、美味い弁当を開発せよ」という無茶な注文に答えなければならない状況があるように、あちこちの要望にこたえられるように実験を計画するのも研究の醍醐味である。

 バッタ一匹一匹の身体に直接背番号をつけて30分ごとに観察して産卵記録をつけたり。

 うーん。ハードだ……。ぼくはすぐに「なんとかして楽をできないか」と考える人間なので、こういうひたすら地道な作業は大の苦手だ(逆にVBAやRPAのような作業を楽にしてくれるツールをいじるのは大好きだ)。

 しかしぼくのようにな人間は、すでにあるものを加工することはできても、まったく新しいものを発見したり生みだしたりはできない。誰にも真似のできない発見や発明をできるのは、砂漠でバッタを追いかけたり、30分ごとにバッタの観察をしたりする人なのだろう。




 著者は研究者としてももちろんすごいが、それに加えて、文章もおもしろい。なぜおもしろいかというと、人との関わり方が濃密だからだ。

 アフリカの友人からビジネスをはじめたいと言われればポンと百万円単位の金を出す(事業は失敗し金は返ってこない)、賞をもらえば賞金は研究所の職員たちで分ける(しかも総額は賞金よりも高い)。

 とにかく気風がいい。人のために気前よくお金を使う。労力も使う。だからみんなから好かれる。好かれるから評価が上がり、仕事やお金が入ってくる。それをまた人のために使う。なんとすばらしいスパイラルか。こういう人ばかりなら経済はすごく良くなるのだが。


 お金だけでなく、「人のため」「社会のため」「未来のため」という著者の意識が本の節々にあふれている。

 はっきり言って、もっと若手研究者の可能性に懸けてほしい。サバクトビバッタは地球規模の農業害虫で、モーセが海を割った頃から問題となってきた。サバクトビバッタに縁もゆかりもない日本の、若手研究者(当時31歳)、しかもフィールドワーク初心者が生態に関する謎の一端を解き明かすことができたのだ。これは、日本の義務教育や研究者育成システムの賜物と言える。日本に限らず世界の若手研究者は、世界が抱える難問を解き明かすポテンシャルを秘めている。
 ただ、今回の研究のように単純に時間がかかったり、研究者自身が成長しなければ手掛けられなかったりするものもあり、2~3年の研究成果だけで評価されるシステムだと、チャレンジングな課題に挑むことは難しい。それこそ今回の研究は10年かかった。なけなしの私費を投入し、自身の印税で元を取るような算段がうまくいくことは少ないはずだ。若手研究者が国内外で成長し、研究に専念できる機会に恵まれる、日本学術振興会のようなシステムの維持・構築は極めて重要な社会の課題だ。
 これは研究に限った話ではない。

 バッタという小さいものも追いながら、学問全体のことを考え、国家全体、世界全体の未来を見据えている。

 なんかさ、「一般的な坂本龍馬のイメージ」ってあるじゃない。豪快で、視野が広くて、未来のことを見据えていて、誰からも好かれて、頼りになる感じのイメージ。実際の坂本龍馬がどうだったか知らないけど。

 前野ウルド浩太郎という人はそのイメージにぴったり。

 ほんと、百年後の教科書に載っているかもしれない人だしね。


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