2024年4月25日木曜日

【読書感想文】渡辺 佑基 『ペンギンが教えてくれた物理のはなし』 / マグロはそこまで速く泳がない

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ペンギンが教えてくれた物理のはなし

渡辺 佑基

内容(e-honより)
ペンギン、アザラシ、クジラにサメにアホウドリ…大自然を生き、その生態が多くの謎に包まれた野生動物たち。彼らに直接記録機器を取り付ける「バイオ(bio=生物)+ロギング(logging=記録)」によって明らかにされた、驚きの姿とは?若き生物学者が七転八倒しながら動物たちの背景にある物理メカニズムを読み解き、進化的な意義に迫る!第68回毎日出版文化賞受賞作。

 おもしろかった!

 バイオロギングという手法(生物に記録装置をとりつけてなるべく自然な行動を測定する方法)を使って野生生物の生態を研究している生物学者による、研究ルポ。

 「生物学者なのになぜ物理の話?」とおもうかもしれないが、読めばわかる。生物の行動を知るには物理の知識がかなり有用なのだ。それを、ぼくのようにたいして物理の知識がない人間にも(なんとなく)わかるように伝えてくれる。文章も軽妙で、おもしろい。



 たとえば。

 マグロという魚は、他のあまたの魚類とは根本的に異なる生理的な特徴をひとつもっている。
 体温が高いのである。種やサイズにもよるが、マグロ類はまわりの水温よりも一〇度ほど高い体温を常に保っている。血管や筋肉の配置が特殊化しており、尾びれの往復運動によって発生した熱を体内にため込むことができるからである。
 魚類は変温動物であり、体温は周りの水温と常に等しいというのが一般的な常識である。けれども中にはマグロのような常識外れの魚がいることを覚えておこう。
 ともあれ体温が高ければ筋肉の活性が上がるので、マグロは尾びれをすばやく振り続けることができる。尾びれの振りの速さはそのまま遊泳スピードに直結するので、マグロは他の魚に比べて速く、持続的に泳ぐことができる。
 そして速く泳ぐことができれば、途方もない長距離の回遊も限られた時間内に成し遂げることができる。たとえば東西に八〇〇〇キロも広がる太平洋を、もしも時速二・五キロのイタチザメが横断しようとすれば、片道一三三日もかかる計算になる。いっぽう時速七キロのマグロなら、わずか四八日でそれができる。ただし実際の魚は矢のように直進するのではなく、水平的にも鉛直的にもうろうろするので、それよりはずっと長くかかる。

 マグロが速く泳げるのは、体温が高いからだという。運動効率を上げるためには体温が大事だとは知らなかった。変温動物であるにもかかわらず体温を高められるように進化したマグロは、他の魚よりも速く泳げるようになった。生物はいろんな進化をするものだ。

 また、体が大きいほど速く移動できるという。代謝速度はおおよそ体重の3/4乗に比例するが、水の抵抗は体表面積(体重の2/3乗)に比例する。だから体が大きくなるほど代謝速度の余剰が生まれるというわけ。

 そういや短距離走のトップ選手もみんな身体でかいもんなあ(たとえばウサイン・ボルトの身長は195cn)。移動の無駄をそぎ落としていけば、最終的には身体の大きさの勝負になるのか。


 ところで、マグロはどれぐらいのスピードで泳ぐか知っているだろうか?

 ぼくは「80km/hを超える」という話を聞いたことがある。本によっては「100km/h以上の速度で泳ぐ」と書いてあるそうだ。ところが著者によるとそれはとんでもない大間違いで、せいぜい7km/hぐらいなんだそうだ(それでも海中ではダントツで速い)。

 100km/hと7km/hではぜんぜんちがうじゃないかとおもうが、それぐらい海中の生物の生態のことはよくわかっていなかったそうだ。実験場で計測した値(速度ではなく力を測ったりするらしい)と、野生のマグロを計測した値ではそれぐらい違うらしい。

 ちなみに「マグロ 速度」で検索すると、わりと信頼あるサイトでも「マグロ100km/h近い説」を掲げている。

 ほんとはどっちが正しいかはぼくには判断できないけど、やっぱり水中で100km/hってのは無理がある気がする。水中の移動は空気中の十数倍の抵抗を受けるんだから。



 渡り鳥などの移動を記録するジオロケータの説明。

 動物の移動はGPSを使って計測しているのかとおもいきや、そうでもないらしい。GPSは、位置情報を装置自体に記録しているため、動物につけて移動を記録した後、再度同じ動物を捕まえて装置を回収しなくてはならないらしい。しかし一度放した野生生物をふたたび捕獲するのは至難の業。GPSを回収しないことにはどこにいるかもわからないしね。

 そこで、GPSを使わずに位置情報を計測するのがジオロケータだ。

 ジオロケータは数分に一回程度、周りの明るさ(照度)を記録する。測位に使うパラメータはそれだけ。ジオロケータが小型化できるのも、そのわりに長もちするのも、電波を発信したりせず、ただ黙々と照度を記録していくだけだからである。そして一年間の照度の記録から、一年間の鳥の移動経路を算出することができる。
 照度から移動経路がわかる。これは狐につままれたような、でも言われてみればごく簡単な、大航海時代の船乗りも使った天測である。
 一日のうちの照度の変化に注目すれば、照度が急に上がった日の出の時刻と、照度が急に下がった日の入りの時刻がわかる。そして日の出の時刻と日の入りの時刻がわかれば、その日の昼間の長さがわかる。さらに日の出と日の入りの真ん中をとれば、南中の時刻もわかる。必要なのは昼間の長さと南中の時刻。さあ、これで測位の準備は早くも完了。
 地球スケールで見たとき、昼間の長さは緯度(南北方向)によって変化する。夏の間は緯度が高くなるほど昼は長くなるし、逆に冬の間は、緯度が高くなるほど昼は短くなる。だから昼の長さがわかれば、おおざっぱな緯度を推定することができる。
 次に南中の時刻。再び地球スケールで見たとき、南中の時刻は経度(東西方向)によって変わる。たとえば東京とロンドンとでは九時間の時差があるから、南中の時刻もだいたい九時間ずれている。だから南中の時刻がわかれば、ざっくりとした経度を推定することができる。
 このようにして照度の記録から、地球上のだいたいの緯度、経度を推定するのがジオロケータの測位システムである。シンプルこのうえなし。

 なんと時刻ごとの照度の推移がわかれば地球上のどこにいるかがわかるというのだ。

 精度が粗い、春分の日と秋分の日の前後はは機能しない(地球上どこにいても昼と夜の長さが同じになるので)などの問題はあるそうだが、「明るさを計測するだけで場所が特定できる」ってのはすごい仕組みだなあ。

 緯度が低いほど昼の時間が長いとか、南中時間は東に行くほど早いとか、理科の授業で習うから知識としては知っていても、こうやって実際に活用することはむずかしい。

 生物学と物理学と天文学の知識が結びつく。わくわくする話だ。



 あとおもしろかったのは、鳥の翼の話。

 烏にとって飛行速度を下げられるメリットは大きい。ゆったりと空中を舞いながら周辺を広く見渡し、食べ物を探すことができるし、グンカンドリの場合は空中で速度を落とし、ターゲットの鳥にいやらしく付きまとうことができる。そのうえ遅く飛ぶことができれば、上昇気流に乗って上空で円を描く際、円の半径を小さくできるので、規模の小さな上昇気流をうまく利用できるというメリットがある。
 これには少し説明が必要かもしれない。上昇気流に乗って円を描くとき、烏の体には外向きの遠心力がのしかかる。遠心力が強すぎると、カーブで曲がりきれない車のように鳥の体も円の外にはじき出されてしまう。 遠心力は「(速度)の二乗(回転半径)」に比例する。外にはじき出されないよう遠心力を低く保つためには、分子である速度を下げるか、分母である回転半径を増やすか、どちらかしかない。大きな翼のおかげで速度を下げることできれば、回転半径は増やさないで済む。つまり小回りができるようになる。しかも遠心力に対して速度は二乗で効く。ということは、速度をほんの少しでも下げることができれば、回転半径はずっと小さくて済む。
(中略)
 意外なことに、鳥の普段の生活で重宝するのは遅く飛べる能力である。遅く飛べる鳥は速くも飛べるが、速く飛べる烏が遅く飛べるとは限らない。

「速く飛ぶより遅く飛ぶ能力のほうが大事」ってのはおもしろいね。なるほどなあ。ふつうは遅く飛ぶと落っこちちゃうもんな。遅く飛べるってことはそれだけ飛行技術が高いってことか。

「自転車は速く進むよりも遅く進むほうがむずかしい」にも似ているかもしれない。子どもの自転車はたいてい速すぎるし、年寄りの自転車は遅いせいでふらふらしている。



 著者が自分で書いているように、後半になるほどどんどんおもしろくなる。

 科学解説のパートだけでなく調査にまつわるエッセイ部分もおもしろい。科学好きにはおすすめの本。


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