あの頃の誰か
東野 圭吾
バブル期を舞台にしたミステリ短篇集……かとおもったけど、あれ?
どうやら「バブル期を舞台にした」ではなく「著者がバブル期に書いたけど単行本未収録だった作品」を集めたものらしい。
『シャレードがいっぱい』
シャレードとは、言葉あてゲームのことらしい。言葉が謎解きのカギになっているのは二つ。いっぱい……? どちらもそんなに質は高くない。
女が男を所有している車で値踏みしていたり、クリスマスイブは高級ホテルの予約争奪戦をしていたり、設定はバブル丸出しでとにかくダサい。これをバブルまっただなかに書いていたというのがおもしろい。バブルの空気を茶化してるわけじゃなく、ほんとにこれがリアルだったんだなあ。
『玲子とレイコ』
ある男性が殺された。近くで犯人の女性が見つかったが、彼女は二重人格で事件当時のことをまったくおぼえていない様子。おまけに犯人と被害者とは顔を会わせたこともなかった。彼女の“別人格”はなぜその男を殺したのか……。
犯人が異常者なので、動機は理不尽、行動もかなりいきあたりばったり、その割に犯行後の行動だけはやたらと計画的。なんでなんだ?
『再生魔術の女』
家族や科学技術を多く題材に扱う東野圭吾らしいテーマ。しかし話運びに無理があるし、そもそも「個人で養子縁組の斡旋をしている女」ってなんなんだよ。人身売買じゃねえか。
さよなら『お父さん』
後の『秘密』の原型となった小説。事故により身体は娘だが心は妻になる、というSF設定。これは長篇に書き直して正解だったね。短篇だと「心が妻になった小学生の娘が大人になって結婚式」までの展開が急すぎてついていけない。
『名探偵退場』
『名探偵の掟』シリーズの原型のような作品かな。年老いた名探偵が久しぶりのクローズド・サークルでの本格殺人事件に挑むが……という話。
だが『名探偵の掟』が皮肉やユーモアがびしばし効いていたのに対し、こちらはどうもパワー不足。ギャグをやりたいのか、意外なオチをつけたいのか、どっちつかずという印象。
『虎も女も』
あーこれおぼえてるなー。昔、講談社が『IN POCKET』という200円ぐらいの文庫サイズの雑誌を出していて、その中で『虎も女も』というタイトルでいろんな作家が競作をする、という企画があったんだよね(元ネタは19世紀の短篇『女か虎か?』)。その中の一作。
誰が参加していたかはわからないけど、たいていの競作がそうであるように、ひどい出来の作品ばかりだった(そもそも広がりのあるお題じゃない)。その中でいちばんマシだったのが東野圭吾氏のこの作品。とはいえ地口オチで、ぎりぎり形にしたというレベル。これがいちばんマシだったんだからひどい企画だったんだなあ。
『眠りたい死にたくない』
あこがれの先輩女性からデートに誘われた主人公。ところが女性に車で送ってもらっているうちに、不意に睡魔に襲われ、気づいたら……。
十数ページの短い作品。これがいちばん完成度が高かったかな。ただ、犯人の動機やターゲットの選定に対して行動が大がかりすぎて、そこまで手の込んだことするか? とおもったけど。
あとタイトルのせいで結末がだいたいわかってしまうのはよくないな。
『二十年目の約束』
結婚するときから子どもはつくらないと宣言していた男と結婚した主人公。夫が何かを隠している様子なのでこっそり後をつけたところ……。
いい話風。でもいろいろと雑。自分のせいで(とおもっている)幼なじみが死んだからその罪滅ぼしのために子どもをつくらない約束をした、というのも意味わからないし、子どもはつくらないけど結婚はするというのもますます意味不明。よほど結婚しなきゃいけない事情があったの? そのあたりが何も書かれていないけど。
というわけで、未収録作品集の例に漏れず、出来のよろしくない作品だらけでした。これはむりやり本にまとめた出版社が悪い。出すべきじゃないから出してなかったのに。静かに眠らせてあげればよかったのに。
ほんと、アーティストが死んだ後に出る未発表曲を収録したアルバムとか、遺稿集とか、出すのやめてあげてほしいなあ。作家だって望んでないだろうし、ファンもがっかりするし。尾崎豊なんて死後にコンピレーションアルバムを9枚も出されてるんだよ。生きてるときに出したアルバムよりも多い。死人を働かせすぎ。
東野圭吾氏もあとがきで言い訳を並べている。本人的にも「人気あるからってこんな本出しちゃって申し訳ない」という後ろめたさがあったんだろうなあ。
せめて未収録作品集なら未収録作品集とちゃんとうたって出してほしい。だまして買わせるようなことはやめてよね、光文社さん。
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