2023年12月13日水曜日

【読書感想文】高橋 篤史『亀裂 創業家の悲劇』 / 骨肉の争い

このエントリーをはてなブックマークに追加

亀裂

創業家の悲劇

高橋 篤史

内容(e-honより)
会社を追われたセイコー御曹司。ソニー創業者・盛田昭夫の不肖の息子。コロワイド、HIS創業者とM資本詐欺。圧巻の取材と膨大な資料で解き明かす、有名企業一族8家の相克。


 同族経営の会社は多い。

 経営のことなどまるでわからないぼくからすると、家族と同じ会社で働くだけでも嫌なのに、自分の子どもや兄弟を会社の後継者に据えようとする経営者の気持ちはまったくわからない。そんなの揉めるだけじゃない? しかも家族仲も悪くなるとしかおもえないんだけど。

 でも、多くの経営者が、経験や知識の豊富な他人よりも、(客観的に見れば)どう考えても劣っている息子に経営権を譲る。経営者だけではない。政治家も子どもに地盤を継がせようとするし、医者も子どもに病院を引き継ごうとしたりする。

 子どもに何か残してやりたい気持ちはわかるが、権力じゃなくて財産で分け与えるほうがいいんじゃないかと傍からはおもう。でもよほど旨味があるんだろう。理解できないけど。


 家族経営だと、うまくいっているときは「利害が一致しやすい」「情報伝達が早い」などのメリットもあるのだろうが、意見が食い違ったときなどには家族である分その対立は深刻なものになることが多い。他人同士であれば考え方の違いがどうしようもなく深まれば袂を分かつものだが、家族であればそれもできない。憎しみは深まるばかり。骨肉の争いというやつだ。

 ぼくが以前いた会社も同族経営だった。社長の息子がふたりいて、それぞれ常務と専務だった。ご多分に漏れず仲が悪かった。特に長男と次男は不仲で、ふたりが話しているところはほとんど見たことがなかった。父親(社長)と長男も目を合わさずにしゃべっていた。

 まあそうなるだろうな。ぼくは今父親とそこそこ良好な関係を築いているが、それは離れて暮らしていて、年に数回会う程度だからだ。いっしょの会社にいて毎日顔をつきあわせていて、さらに意見がぶつかっても最終的には自分のほうが折れなきゃいけない(相手は社長なので)となったら確実に嫌いになる自信がある。不仲になるほうがふつうだろう。それでも人は我が子を後継者にしたがる。




 そんな「家族経営の確執」八例を描いた経済ノンフィクション。金の流れだとか買収だとかの説明は会社法などの知識がないとわかりづらい。そのへんは飛ばして読んだが、主題は家族の対立なので特に問題はなし。


 有名なところだと、2015年頃にニュースをにぎわせていた大塚家具の父娘の対立。

 己の腕で会社を大きくしてきた自負のある父親と、新しいやり方を求める娘。一度は社長の座を娘に譲ったものの、方向性の違いにより娘は社長を解任され父親が社長に再就任。しかし娘は社内勢力を伸ばし、株主総会で父親を社長の椅子から引きずりおろす。父親は自分が大きくした会社を出て、新たな会社(匠大塚)を創設。

 再び社長の座についた娘だったが、父親とは異なる路線を求めすぎたことや、かつての取引先や職人の信頼を失ったことで業績は悪化。大塚家具はヤマダ電機に吸収される形で消滅した(匠大塚は今も健在)。


 ううむ。ワイドショーネタとして無責任に見ているにはおもしろい題材だが、我が事ならばこんなにつらいことはない。我が子と闘っても、勝っても負けてもいい結果にはならない。それでも闘わざるをえない。古今東西くりかえされてきた親子の対立。




 家族の対立は読んでいてなんとなく心苦しかったが、経営者のダメエピソードはなかなかおもしろかった(下世話)。

 大手外食チェーン・コロワイドの蔵人金男が「M資金詐欺」という詐欺に引っかかった話とか。GHQが占領下の日本で接収した財産を秘密裏に運用している「M資金」を提供するという話を持ちかけたマック青井という人物の話を信じ、数十億円を騙しとられたそうだ(ちなみにM資金の話を使った詐欺は60年ほど前からおこなわれていて、詐欺の常套手段らしい)。

 こうした話を聞くと「ビジネスの場で数々の修羅場をくぐっているはずの経営者が、そんな嘘くさすぎる話に引っかかるなんて」とおもうのだが、百戦錬磨の自信家経営者だからこそ引っかかるのかもしれない。

 にしてもなあ。“マック青井が持ってきた秘密組織に関する儲け話”に数十億円出すかねえ。よっぽど話がうまかったのかね。




 ソニーの創業者の息子・盛田英夫の話もぶっとんでいた。

 そうしたなか、エクレストンからゲイノーに対しまたとない情報がもたらされた。フランスの自動車メーカー、プジョーがF1エンジン部門を売却する意向を持っているというのだ。ゲイノーは初期投資額を2億ドルと見積もった事業計画を策定するとともに、スカラブローニを窓口に立て買収交渉を進めた。
 合意に至ったのは2000年12月のことである。買収額は5000万ユーロとされた。これを用立てるのに利用されたのもレイケイが保有するソニー株だテルライド買収時と同様のスキームでMINTはソニー株を担保として差し入れ、ベルギーのデクシアから60億円を、アメリカのシティから165億円を調達した。計229億円はルクセンブルのF1事業統括会社AMTHに貸し付けられた。
 この頃、英夫はレイケイにおける会議でこう発言している。「F1事業はハイリスクであり、投資の配当の何の保証もない。また、この貸し付けはたぶん返済されないことを認識している」というのである。F1参入は最初から採算を度外視した常識外れに贅沢な、きわめて個人趣味の色彩が濃いものだった。

 典型的なバカボンの金の使い方。どんどんソニー株を売り、スキー場やF1などの趣味につっこんだらしい。当然ながら大損。

 この人、調べたら「実家が太い」が唯一のとりえである人が通う大学として関西では名高いA大学出身だった。あーなるほど。

 「コネ以外に何のとりえもない坊ちゃん」と見られる
→ それを払拭するため、社内の誰もやっていない事業に金をつっこむ
→ 誰もやっていないということは儲からないから。当然ながら失敗する
→ さらに挽回しようと一発逆転に賭ける

という、破滅するギャンブラーのような思考をたどるんだろうな。

 こういう重役がいると、金銭的な損失だけでなく(それもものすごいけど)真面目に働いている社員のやる気も削ぐんだよなあ。百害あって一利もない存在なのだが、それでも親だけは甘やかしてしまうのよね。親の愛はどんな人の目も曇らせる。




 なんかあとがきでおそろしい話が書いてあった。

 筆者が知る例では、その経営者が代理母の調達に選んだのは東南アジアだった。多忙なためだろう、自らにかわって現地に派遣したのは長男だ。精子提供主はその経営者だが、卵子を提供したのが誰かは分からない。妻のものかもしれないし、ひょっとすると、その手のマーケットで購入した第三者提供のものかもしれない。その後、生まれた子供たち十数人の一部は来日し、皆、都内の有名幼稚園に通ったと聞く。その子らの戸籍上の扱いもまた不明だが、それぞれの名前には経営者が一代で築き上げた会社の名前の一部がつけられているとい来日組とは別の子供らはスイスなど海外で育てられているらしい。
 代理出産によって大量に生まれた彼ら彼女らは成長の過程で自らの出自についてどのように教えられるのだろうか?その時、彼ら彼女らはどんな反応を示すのか? 兄弟姉妹の関係性は保てるのか、保てないのか? あるいは、はなからそうしたものとは別種の関係性のなか、育てられているのか? 遺伝上の父親が望むとおり彼ら彼女らはグループ各社のトップに就く道を選ぶのだろうか?そして、グループは思惑どおり永続的な発展を遂げることが可能なのか?疑問は尽きない。

 こんなSFみたいなことがもう起こってるの?

 ウソみたいな話だけど、技術的には可能だし、どんなにボンクラでも自分の子どもというだけで重用する経営者たちの話を読んだ後だと、ひょっとしたら……という気にもなってしまう。


【関連記事】

【読書感想文】西川 美和『ゆれる』

父親に、あのとき言わなくてよかった言葉



 その他の読書感想文はこちら


このエントリーをはてなブックマークに追加

0 件のコメント:

コメントを投稿