保健室登校
矢部 嵩
まず断っておくけど、ハッピーな小説を読みたい人、わかりやすいお話が好きな人、グロテスクな描写が苦手な人にはまったくもっておすすめしない。とにかく展開はグロいし、わけのわからないことが起こるし、文章は癖が強くて読みづらい。でも、慣れるとそれが病みつきになってくる。珍味。
ぼくは『魔女の子供はやってこない』ですっかり矢部嵩氏の濃厚な味付けにハマってしまったので(といっても頻繁に読みたいわけではない。たまに無性に読みたくなる)、『保健室登校』も読んでみた。こっちのほうが古い作品集だけど。
うん、おもっていたとおりの変な味付け。『魔女の子供はやってこない』もずいぶん癖の強い味だとおもったけど、『保健室登校』はもっと洗練されていない。
特に会話文はすごい。
口語文とか言文一致とかいっても、小説の会話文と現実の会話文はまったくちがう。小説の会話は文法的に正しいし、無駄も誤りもない。ドラマのセリフもたいていそう。でも現実の会話はそうではない。もっとむちゃくちゃだ。省略も多いし語順も時系列も変だし文法的にもぜんぜん正しくない。矢部嵩作品は、その実際の会話文を忠実に再現している。
じつはすごくむずかしいことをやっている。「私廊下見てたの教室のドアが開いてて確か、風入って寒いから誰か閉めればいいのにと思ってずっと気にしてたんだけど、それもあいまって覚えてる」なんて、口では言うけど、書こうとおもっても書けない。義務教育を受けていたらぜったいに修正されるから。
すごいよねえ。どういう人生を送ってたらこういう文章書けるんだろう。学校行ったことないのか? とおもってしまう。
こういう文章が並んでいるのですごく読みづらいんだけど、慣れてくるとリアルな会話を聞いているようでわりとすんなり入ってくる。黙読だと気持ち悪いけど、音読するとけっこう理解できるんだよね。
転校したばかりなのにクラス中からあからさまに嫌われる『クラス旅行』
クラス対抗リレーで勝利するために足の遅い生徒が次々にけがを負わさればたばたと死んでゆく『血まみれ運動会』
頭のイカれた教師がお気に入りの生徒の関心を引くために暴走する『期末試験』
理科の実験中に宇宙人が盗まれてクラス内で犯人探しがはじまる『平日』
合唱コンクールに向けて命を削った練習がおこなわれる『殺人合唱コン(練習)』
の五編を収録。
どうよ、この異常なラインナップ。ちなみに上に書いたあらすじはこれでも抑えていて、本編はもっともっと異常だからね。作中で数十人は死ぬか重傷を負わされている。
通っているときはなかなか気づかなかったけど、学校ってかなり異常なことがおこなわれていて、たかが遊びにすぎない部活のために他のあらゆることを犠牲にしたり、一イベントである文化祭や合唱コンクールのために遅くまで残ったり朝早く登校することを強いたり、なにかとおかしい。運動会とか文化祭とか合唱コンクールとかのためにがんばらないやつが悪いみたいな風潮とか。なぜ悪いかと訊かれても誰も説明できないだろう。
「そりゃあみんなががんばっているから……」
「みんなががんばっているときに自分だけがんばらないのがなぜ悪いんですか」
「……」
みたいに。
でも学生にはその異常さがわからない。教師にもわからない。
『保健室登校』は、学校が抱える異常さを大げさに表現して教育問題に鋭いメスを入れる……というような大それた小説じゃないです、たぶん。ただただ気持ち悪い小説。
ばったばった人が死ぬし、血は流れるし、脚はちぎれるし、のどは焼けるし、はらわたは飛び出る。
グロテスクな話が続くが、それでもどこかユーモラス。
いろいろ書きたいことはある気がするけど、でもこの本の魅力は説明しようがない。だって類似の本がないんだもの。唯一無二の気持ち悪さ。
「変な本が好き」という人は読んでみてください。ハズレを引きたくない、という人にはまったくおすすめしません。
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