2023年12月21日木曜日

【読書感想文】矢部 嵩『保健室登校』 / 唯一無二の気持ち悪さ

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保健室登校

矢部 嵩

内容(e-honより)
とある中学校に転入した少女。新しい級友たちは皆、間近に迫るクラス旅行に夢中で転入生には見向きもしない。女子グループが彼女も旅行に誘おうとすると、断固反対する者が現れて、クラスを二分する大議論に発展。だが、旅行当日の朝、転入生が目の当たりにした衝撃の光景とは―!19歳で作家デビューを果たした異能の新鋭が、ごく平凡な学校生活を次々に異世界へと変えていく。気持ち悪さが癖になる、問題作揃いの短編集。


 まず断っておくけど、ハッピーな小説を読みたい人、わかりやすいお話が好きな人、グロテスクな描写が苦手な人にはまったくもっておすすめしない。とにかく展開はグロいし、わけのわからないことが起こるし、文章は癖が強くて読みづらい。でも、慣れるとそれが病みつきになってくる。珍味。

 ぼくは『魔女の子供はやってこない』ですっかり矢部嵩氏の濃厚な味付けにハマってしまったので(といっても頻繁に読みたいわけではない。たまに無性に読みたくなる)、『保健室登校』も読んでみた。こっちのほうが古い作品集だけど。




 うん、おもっていたとおりの変な味付け。『魔女の子供はやってこない』もずいぶん癖の強い味だとおもったけど、『保健室登校』はもっと洗練されていない。

  特に会話文はすごい。

 口語文とか言文一致とかいっても、小説の会話文と現実の会話文はまったくちがう。小説の会話は文法的に正しいし、無駄も誤りもない。ドラマのセリフもたいていそう。でも現実の会話はそうではない。もっとむちゃくちゃだ。省略も多いし語順も時系列も変だし文法的にもぜんぜん正しくない。矢部嵩作品は、その実際の会話文を忠実に再現している。

「私廊下見てたの教室のドアが開いてて確か、風入って寒いから誰か閉めればいいのにと思ってずっと気にしてたんだけど、それもあいまって覚えてる」
「ちょっと待って」吞み込みながらもう一度、可絵子は念を押した。「本当だね、授業中ずっと気にしてたのね。一人二人見逃したりしないで、ずっと廊下見てたのね。あなたの席から見える廊下はどれくらい」
「多分ずっと見てたと思う、席は一番後ろの列で、ドア開いてるとちょうどそこの」そういってA子は廊下の奥を指差した。「トイレあるでしょ、あれが男女とも見える。私の机から。その横の階段は見えないけれど、トイレの前を誰か通ればきっと見える感じ」

 じつはすごくむずかしいことをやっている。「私廊下見てたの教室のドアが開いてて確か、風入って寒いから誰か閉めればいいのにと思ってずっと気にしてたんだけど、それもあいまって覚えてる」なんて、口では言うけど、書こうとおもっても書けない。義務教育を受けていたらぜったいに修正されるから。

 すごいよねえ。どういう人生を送ってたらこういう文章書けるんだろう。学校行ったことないのか? とおもってしまう。

 こういう文章が並んでいるのですごく読みづらいんだけど、慣れてくるとリアルな会話を聞いているようでわりとすんなり入ってくる。黙読だと気持ち悪いけど、音読するとけっこう理解できるんだよね。




 転校したばかりなのにクラス中からあからさまに嫌われる『クラス旅行』

 クラス対抗リレーで勝利するために足の遅い生徒が次々にけがを負わさればたばたと死んでゆく『血まみれ運動会』

 頭のイカれた教師がお気に入りの生徒の関心を引くために暴走する『期末試験』

 理科の実験中に宇宙人が盗まれてクラス内で犯人探しがはじまる『平日』

 合唱コンクールに向けて命を削った練習がおこなわれる『殺人合唱コン(練習)』

の五編を収録。

 どうよ、この異常なラインナップ。ちなみに上に書いたあらすじはこれでも抑えていて、本編はもっともっと異常だからね。作中で数十人は死ぬか重傷を負わされている。


 通っているときはなかなか気づかなかったけど、学校ってかなり異常なことがおこなわれていて、たかが遊びにすぎない部活のために他のあらゆることを犠牲にしたり、一イベントである文化祭や合唱コンクールのために遅くまで残ったり朝早く登校することを強いたり、なにかとおかしい。運動会とか文化祭とか合唱コンクールとかのためにがんばらないやつが悪いみたいな風潮とか。なぜ悪いかと訊かれても誰も説明できないだろう。
「そりゃあみんなががんばっているから……」
「みんなががんばっているときに自分だけがんばらないのがなぜ悪いんですか」
「……」
みたいに。

 でも学生にはその異常さがわからない。教師にもわからない。

『保健室登校』は、学校が抱える異常さを大げさに表現して教育問題に鋭いメスを入れる……というような大それた小説じゃないです、たぶん。ただただ気持ち悪い小説。




 ばったばった人が死ぬし、血は流れるし、脚はちぎれるし、のどは焼けるし、はらわたは飛び出る。

 グロテスクな話が続くが、それでもどこかユーモラス。

「あなたサブリミナル効果って知ってる」
「はいあのコーラですでもそれが何ですか」
「体育でビデオ見せられたでしょう走り方講座的なビデオを。あれがそうだったのよ」
「何ですって」
「あのビデオには知覚できないほどの短いコマ間隔でトラックを走る短距離走者の映像が挟み込まれていたのよ。おそらく実行委員は何度も見て個人の気持ちや事情に先立ちまずとにかく走らねばという観念にとらわれていたのよ。頭が」
「何てこと」駅子は戦慄した。「走っている人間の映像の間に走っている人間の映像が巧妙に挟み込んであったなんて」
「そう走っている人間の映像の間に走っている人間の映像をカットバックさせることで知覚出来ない人間の意識下に走っている人間の映像を刷り込んで秘密裏に脳に働きかけていたのよ。見ている人はただ自分は走っている人間の映像を見たと思うだけ、その裏に刻まれた走っている人間の映像の影響に気付くことはないというわけ」
「でっでもそんなことで本当にこんな事態に」
「のみでなくさらにこれよ」先生は包みを取り出した。
「それは差し入れの」
「お菓子なんかじゃないわこれ元気の出る薬よ」
「それじゃみんなは元気の出る薬と元気の出るテレビの影響でおかしくなってたというんですか」
「いえないでしょう」

 いろいろ書きたいことはある気がするけど、でもこの本の魅力は説明しようがない。だって類似の本がないんだもの。唯一無二の気持ち悪さ。

「変な本が好き」という人は読んでみてください。ハズレを引きたくない、という人にはまったくおすすめしません。


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