2018年1月12日金曜日

落語+ミステリ小説 / 河合 莞爾『粗忽長屋の殺人』

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『粗忽長屋の殺人(ひとごろし)』

河合 莞爾

内容(e-honより)
伊勢屋の婿養子がまた死んだ!婿をとったお嬢さんは滅法器量よし、お店は番頭任せで昼間から二人きり。新婚は、夜することを昼間する、なんざ、それは短命だ…。ところがご隠居さん、次々に死んだお婿さんの死に方を聞くと、何やら考え始めて―。(「短命の理由」)古典落語の裏側に隠れている奇妙なミステリー、ご隠居さんの謎解きが始まる!


いろんな落語の筋をベースに、長屋のご隠居さんが謎解きをするというミステリ小説に仕上げた作品。
落語『短命』の裏側を解明する『短命の理由(わけ)』
落語『寝床』の旦那の秘密を解き明かす『寝床の秘密(かくしごと)』
落語『粗忽長屋』をベースに『粗忽の使者』の登場人物を加えた『粗忽長屋の殺人(ひとごろし)』
落語『千早振る』『反魂香』『紺屋高尾』という花魁が出てくる三つの話を大胆につないだ『高尾太夫は三度(みたび)死ぬ』
と、意欲的な作品が並ぶ。
落語+アームチェア・ディテクティブもの(探偵役が現場に足を運ばずに解決するミステリのジャンル)というおもしろい試み。ぼくは落語もミステリも好きなので、まあまあ楽しめた。

……とはいえ、もっと読みたいかというと、うーんもういいかなという気持ち。

ミステリとしての完成度はいまいち。
もともと完結作品である落語をなんとかミステリに仕立てようとしているから、筋としては苦しいものが多い。
わずかな手がかりからあまりにも都合よくご隠居さんが謎を解決しちゃうし、根拠の乏しい推理がことごとくどんぴしゃだし、「近眼だからまったくの別人を友人と見まちがえた」とかいくらなんでも無理があるだろってトリックもあるし、よくできたミステリとは言いがたい。


だけど、どの噺もミステリの要素を入れながらもきちんと人情味のある噺にしていたり、本来のサゲ(オチ)を踏まえたうえで新しいサゲを考えていたり、落語愛あふれる噺にしあがっている。
随所にちりばめられたギャグもけっこうおもしろい(時事ネタが多いのであまり小説向きじゃないけど。まあそういうところも落語っぽい)。

たとえば、旦那がうなる義太夫の下手さを表したこの会話(『寝床の秘密』より)。

「一番可哀相なのは留公ですよ。聴き始めた途端に気分が悪くなって、だんだん意識が遠くなってきて、このままじゃ昏倒しちまうってんで庭に逃げ出したんですがね、それが旦那に見つかっちゃった。旦那、すっくと立ち上がって、義太夫を語りながら留公を追いかけ始めたんですよ!
 気が付いた留公、慌てて石灯籠の陰に隠れた。すると旦那が正面から、かーっ! と義太夫を浴びせた! その義太夫の衝撃で、石灯籠にぴぴぴぴっと無数の細かいヒビが入ったかと思うと、ずしゃあーっ! と砂みてえに崩壊して、身を隠すものがなくなっちまった!」
「まるで超音波怪獣だね」
「次に留公、なんとか義太夫から逃れようと庭の池に飛び込んだ。すると旦那が池の水面に向かって、甲高い声で、きいーっ! と義太夫を放射した! 途端に、池の水がぶるぶる振動し始めたかと思うと、ぐらぐらっと煮立ってきて、池の鯉も白い腹を見せて、ぷかぷか浮かんできた!」
「マイクロ波だ。電子レンジの原理だよ」
「あちちちっ! と池を飛び出した留公、庭の隅に土蔵が建ってたんで、急いでその中に駆け込んで、内側からカンヌキを降ろした。やれやれこれで一安心と思ってると、がるるるるーっと唸りながらしばらく土蔵の周りをぐるぐる回っていた旦那が、やがて土蔵の上のほうに小さな明かり取りの窓があるのを見つけると、にたりと恐ろしい笑みを浮かべて、梯子を持ってきてその窓まで一気によじ登り、窓から土蔵の中に向かって、どばあーっ! と義太夫を語り込んだ!
 さあ、逃げ場がないところに、留公の頭の上から義太夫が大量に降り注いできた、義太夫が土蔵の中でどどどどーっと渦を巻いて留公を飲み込んだ。途端に、ぐわあーっ! っと、身の毛もよだつ留公の叫び声が、あたりに響き渡った!」
「あのね、いい加減におしよ」
「ここから先は、恐ろしくてとても言えねえ――」
「お前さんが義太夫を語ったほうがいいんじゃないかね?」

これなんかじっさいの落語で聞かせたらめちゃくちゃウケるとこだろうな。


だからこの小説、「落語の噺を下敷きにしたミステリ」として読むのではなく、「ちょっとだけミステリ要素も加味した古典落語」として読むと、どれもよくできている。

もうミステリ要素いらないからふつうに新作落語を書いたらいいんじゃないかな、と思ったね。



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