『死にたい夜にかぎって』
爪切男
爪切男さんの濃厚な半生記。
爪切男さんのブログ(小野真弓と今年中にラウンドワンに行きたい)も読んでいるし連載『タクシー×ハンター』も読んでいるのでほとんどのエピソードは過去に読んだことがあったんだけど、それでも本で読むと改めてしみじみとおもしろい。WEB上で読むと乾いたユーモアが、本にするとしっとりとしたペーソスを帯びている。
こないだ『クレイジージャーニー』というテレビ番組で、シリア内戦を取材している桜木さんという戦場カメラマンの映像を観た。
銃弾が飛び交い、次々に人が殺されていく内戦の最前線で、兵士たちは冗談を言ってげらげら笑いながら食事をしていた。
「おい見とけよ」とへらへらしながら手榴弾を投げる兵士たち。ときどき投げそこなって味方の陣地を攻撃してしまって笑う兵士たち。
"地獄砲"という反体制派の兵器が紹介されていた。これは何が地獄かというと威力はすごいのに精度がめちゃくちゃ悪くて、ときどき味方を攻撃してしまうのだそうだ。
だから敵に当たったら"地獄砲"だけど味方に当たってうっかり殺しちゃったら"天国砲"なんだよ、と兵士たちは冗談を言っている。
建物の外に出たらスナイパーに撃たれる街。
戦争を知らないものからすると陰惨な場所でしかないんだけど、現場の兵士は、ぼくらと同じようにふざけたり笑ったりしていた。
戦争文学を読んでも、じっさいに戦地に赴いた人の体験談はからっとしている。「なんでおれたちがこんな目に……」なんて我が身の不幸を嘆いていない。学校や職場にいるときと同じように、困ったり笑ったり退屈したりしている。
人間というやつは、どんな状況に置かれても愉しみを見つけだすものらしい。
『死にたい夜にかぎって』を読んでいると、そんなふざけた軍人たちのことを思いだした。
『死にたい夜にかぎって』の筋書きだけ見ていると、爪切男さんの人生は一般的に「不幸」の部類に入るのだろう。
でも文章を読んでいると、本人はなんとも楽しそうだ。シリアで内戦をしながら冗談を口にして笑っていた兵士たちのように。
どんな状況でも楽しみを見つけられる才能。うらやましいようなうらやましくないような。
ぼくがいちばん好きなのは、同棲している彼女が断薬の副作用で首を絞めてくるようになったときのエピソード。
なんて楽しそうなんだ。人生の勝者、という言葉さえ浮かんでくる。
「もっと金を稼ぐ方法はないものか」と苦悩して周囲の人間を怒鳴りつける大金持ちよりも、同棲相手に首を絞められるたびにポイントカードにスタンプを押す人間のほうがずっと人生を楽しんでいる。ライフ・イズ・ビューティフル。
ふところが広すぎる爪切男さんには今後優しい彼女を見つけて仲良く平穏に暮らしてほしいと思うけれども、でもそうなったら過酷な環境で咲くしぶとい花のようなこの文章は失われてしまうんじゃないだろうか、とも心配になる。
今後もややこしい女たちにふりまわされる人生を送ってくれることを、愛読者としては無責任だけど少し期待している。
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