2018年1月30日火曜日

【読書感想】爪切男『死にたい夜にかぎって』

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『死にたい夜にかぎって』

爪切男

 内容(Amazonより)
「君の笑った顔、虫の裏側に似てるよね。カナブンとかの裏側みたい」――憧れのクラスメイトにそう指摘された少年は、この日を境にうまく笑えなくなった。

Webサイト『日刊SPA!』で驚異的なPVを誇る連載エッセイ『タクシー×ハンター』。その中でも特に人気の高かった「恋愛エピソード」を中心に、大幅加筆修正のうえ再構築したのが、この『死にたい夜にかぎって』だ。

出会い系サイトに生きる車椅子の女、カルト宗教を信仰する女、新宿で唾を売って生計を立てる女etc. 幼くして母に捨てられた男は、さまざまな女たちとの出会いを通じ、ときにぶつかり合い、たまに逃げたりしながら、少しずつ笑顔を取り戻していく……。女性に振り回され、それでも楽しく生きてきた男の半生は、“死にたい夜”を抱えた人々の心を、ちょっとだけ元気にするだろう。

作者である爪切男は、同人誌即売会・文学フリマでは『夫のちんぽが入らない』主婦こだまらと「A4しんちゃん」というユニットを組んで活動。頒布した同人誌『なし水』やブログ本は、それを求める人々が行列をなすほどの人気ぶりだった。

もの悲しくもユーモア溢れる文体で実体験を綴る“野良の偉才”、己の辱を晒してついにデビュー!

爪切男さんの濃厚な半生記。

爪切男さんのブログ(小野真弓と今年中にラウンドワンに行きたい)も読んでいるし連載『タクシー×ハンター』も読んでいるのでほとんどのエピソードは過去に読んだことがあったんだけど、それでも本で読むと改めてしみじみとおもしろい。WEB上で読むと乾いたユーモアが、本にするとしっとりとしたペーソスを帯びている。



こないだ『クレイジージャーニー』というテレビ番組で、シリア内戦を取材している桜木さんという戦場カメラマンの映像を観た。

銃弾が飛び交い、次々に人が殺されていく内戦の最前線で、兵士たちは冗談を言ってげらげら笑いながら食事をしていた。

「おい見とけよ」とへらへらしながら手榴弾を投げる兵士たち。ときどき投げそこなって味方の陣地を攻撃してしまって笑う兵士たち。

"地獄砲"という反体制派の兵器が紹介されていた。これは何が地獄かというと威力はすごいのに精度がめちゃくちゃ悪くて、ときどき味方を攻撃してしまうのだそうだ。
だから敵に当たったら"地獄砲"だけど味方に当たってうっかり殺しちゃったら"天国砲"なんだよ、と兵士たちは冗談を言っている。

建物の外に出たらスナイパーに撃たれる街。
戦争を知らないものからすると陰惨な場所でしかないんだけど、現場の兵士は、ぼくらと同じようにふざけたり笑ったりしていた。

戦争文学を読んでも、じっさいに戦地に赴いた人の体験談はからっとしている。「なんでおれたちがこんな目に……」なんて我が身の不幸を嘆いていない。学校や職場にいるときと同じように、困ったり笑ったり退屈したりしている。

人間というやつは、どんな状況に置かれても愉しみを見つけだすものらしい。

『死にたい夜にかぎって』を読んでいると、そんなふざけた軍人たちのことを思いだした。



『死にたい夜にかぎって』の筋書きだけ見ていると、爪切男さんの人生は一般的に「不幸」の部類に入るのだろう。

でも文章を読んでいると、本人はなんとも楽しそうだ。シリアで内戦をしながら冗談を口にして笑っていた兵士たちのように。

どんな状況でも楽しみを見つけられる才能。うらやましいようなうらやましくないような。


ぼくがいちばん好きなのは、同棲している彼女が断薬の副作用で首を絞めてくるようになったときのエピソード。

 週三ぐらいのペースで、愛する女に絞殺されそうになるハードコアな生活が幕を開けた。断薬が引き起こす禁断症状により他人への攻撃性が高まることが原因だと医者は分析した。起きたい時間に合わせて首を絞めてくれたら目覚まし時計替わりになって助かるのに、彼女の首絞めにはアラーム機能は付いていないらしい。
 唾を売って生活していた女が、自らの病気と正面から闘おうとしている。応援してあげるのが男の務めだろうと格好つけてはみたが、こんな生活も一ヶ月続くと自分の精神が弱っていることに気づいた。
 発想の逆転が必要だ。首を絞められることは辛いことではなく楽しいことだと考えよう。知恵を絞った結果、首を絞められた回数に応じてご褒美をもらえるポイントカード方式を発案した。十回絞められたら好きな漫画を一冊買う。三十回絞められたら好きなCDを一枚買う。五十回絞められたら特別リングサイド席でプロレスを観る。特典は決まった。さすがに怒られそうなので、この件はアスカには伝えないことにした。
 メモ帳に正の字を書いて数えるのは味気ないだろうと、百円ショップでカード台紙とスタンプを準備した。首を絞められるたびにイチゴのスタンプを台紙に押していく。お店でよく開催しているスタンプ三倍デーも設定した。ラジオ体操カードにハンコが溜まっていくように、自分の頑張りを目に見える形にしただけで自然とやる気が出た。徐々に埋まっていくイチゴのスタンプを見ながらニヤリと笑う。特典の一歩手前で数日足踏みをした時は「どうして俺の首を絞めてこないんだ!」と怒りに震えた。

なんて楽しそうなんだ。人生の勝者、という言葉さえ浮かんでくる。

「もっと金を稼ぐ方法はないものか」と苦悩して周囲の人間を怒鳴りつける大金持ちよりも、同棲相手に首を絞められるたびにポイントカードにスタンプを押す人間のほうがずっと人生を楽しんでいる。ライフ・イズ・ビューティフル。


ふところが広すぎる爪切男さんには今後優しい彼女を見つけて仲良く平穏に暮らしてほしいと思うけれども、でもそうなったら過酷な環境で咲くしぶとい花のようなこの文章は失われてしまうんじゃないだろうか、とも心配になる。

今後もややこしい女たちにふりまわされる人生を送ってくれることを、愛読者としては無責任だけど少し期待している。


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