高校生のとき、教室で鍋をした。
ぼくが通っていた高校にはエアコンはおろか、ストーブすらなかった。
同じ高校に通う姉から「高台にあるから消防法の都合でストーブをつけられないんだって」と聞いたことがある。
「ふーん、法律ならしゃあないな」と思って卒業まで寒いのを我慢して通ってたんだけど、今思うと、そんなわけない。
当時は本気で信じていたけど、たぶんだまされてたんだと思う。姉が嘘をついていたのか、姉もまた誰かにだまされていたのか。
昼休みに友人たちと「寒いなー。鍋とかやったらうまいだろうなー」みたいな話をしていて「じゃあやってみようか」となった。
男子高校生の唯一の長所である行動力のなせるわざだ。
担任に「教室で鍋やってもいいですか?」と訊いた。
担任は「そりゃああかんと言うしかないやろ」と答えたが、ぼくらはそれを「立場上イエスとは言えないが勝手にやるなら目をつぶる」という意味だと解釈した。
完全な思いつきで「鍋をやろう」となったのに、じっさいに鍋をやるまでの段取りはじつに用意周到だった。
クラスの男子に声をかけて、参加者を七人集めた。
鍋やカセットコンロは重いので、前日に持ってきてロッカーの陰に隠しておいた。
学校帰りにスーパーに寄って食材を買いこんだ。
昼休みは五十分しかない。
のんびり鍋の準備をしていては、火が通って食べはじめる前に昼休みが終わってしまう。
あらかじめ自宅で食材を細かく切って、シイタケやニンジンなどの火の通りにくい食材は軽く下茹でしておいた。
お湯を沸かしている時間も惜しいので、ポットを持ってきて昼休みの前の4時間目に沸かした(授業中にお湯が沸いて教室の後ろから急に蒸気が噴きだしたのは誤算だったが、なんとかごまかせた)。
四時間目の授業が終わるとすぐに、机を移動させて大きなテーブルをつくる。
急いでカセットコンロに鍋をセットし、沸かしておいたお湯を入れ、がんがん食材を放り込む。
出汁をとっている時間はないので水炊きにした。
下茹でをしておいたおかげでどの食材もあっという間に火が通る。
ポン酢につけて、口に運ぶ。
うまい。
教室で食う鍋は、めちゃくちゃうまい。
廊下側の席だったので、窓ガラスが湯気で曇った。
ストーブがないから余計に目の前の火と湯気がやさしくぼくらを温める。
「四組の教室で鍋をやってるやつがいる」とうわさが流れたらしく、いろんな生徒がのぞきにきた。
鍋の前では人はみな饒舌になる。「めちゃくちゃいい匂いやなー」「ちょっとちょうだい」と声をかけられ、ぼくらは誇らしかった。
後片付けの時間も考え、昼休みの十分前には食事を終わらせた。
せわしない鍋だったが、そこは食べ盛りの男子高校生。すべての食材がなくなった。
まもなく5時間目の授業がはじまる。鍋を洗っている時間はないので、とりあえず教室の後ろの隅においてビニール袋をかぶせた。
カセットコンロや食器を片付け机を元に戻したところで、ちょうどチャイムがなった。
五時間目の英語の先生が、教室に入ってくるなり「なんでこの教室、こんないい匂いなん!?」と声を上げた。冬場で教室を締め切っていたので、匂いが立ちこめていたのだ。
だが若くて冗談にも理解のある先生だったこともあって、それ以上深くとがめられることはなかった。もちろん五時間目がそういう教師の授業であることを見越して、その日を選択したのだった。
ぼくの人生において、あれほど周到に計画を立て、計画通りにことが運んだことはない。仕事をするようになってからも。
まったく、我が母校の校訓である「創意工夫」に恥じない鍋パーティーだった。
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