2016年3月18日金曜日

【エッセイ】かわいそうなおじさん

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年を重ねると、いろんな角度からものを見られるようになる。


『かわいそうなぞう』の話を小学生の頃に読んだときは、あの手この手で殺されるなんて、ゾウたちがかわいそうだと思った。

しかし今読むと、ゾウに対してはあまりかわいそうだという感情が浮かんでこない。
その代わり、動物園の職員に対して「やりたくもないのに殺さないといけないなんて、つらかっただろう」という同情の気持ちが浮かぶ。
『かわいそうなぞう』ではなく『かわいそうなおじさん』だと思うようになった。


『つるのおんがえし』も大人になって見方が変わった。

子どもの頃は「言いつけを破ったのだから逃げられてもしかたないよね」と思った。
今は「一回のぞいちゃったぐらいで厳しすぎるよ。命の恩人に対してその対応はないんじゃない?」と思う。



『こぶとりじいさん』もだ。

隣のよくばりじいさんは、ただ、顔のこぶをとってもらいたかっただけなのに、踊りが下手だったからというだけでこぶを増やされて不憫でならない。
そもそも顔面の腫瘍がなくなってほしいと願うことは欲深いことじゃないだろ!


……と、ここまで書いて気がついたのだが、いろんな角度から見るようになったわけじゃなく、全体的におじさんやおじいさんに肩入れした見方をするようになった気がする。

年を重ねることで視野が広がったんじゃなくて、自分がおじさんになったから中高年男性に対して感情移入するようになっただけだったわ……。

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