寿司屋のカウンターで呑んでいると、隣からこんな会話が漏れ聞こえてきた。
「男どもってどうしてホワイトデーのお返しにお菓子ばっかくれるんやろか」
声のした方を見ると、三十代半ばであろう女性ふたりが語らっている。
女同士で寿司屋で呑むだけあって、なかなかやさぐれた感じの女だ。
黄緑に塗った爪で、イクラの軍艦をつかんで口に放り込んでいた。
「お菓子あげときゃ喜ぶと思ってんのかね、やつらは」
えっ……。ちがうの!?
ぼくも、今の今までお菓子あげときゃ喜んでもらえると思っていた。
ていうかホワイトデーの定義って、男がお菓子あげて喜ばせる日なんじゃないの!?
彼女たちの話は続いた。
「みんな芸もなくお菓子ばっかり。お菓子じゃなかったのはひとりだけやったわ」
「誰?」
「カシワバラさん」
「何くれたの?」
「珍しいツナ缶」
「おー。さすがカシワバラさんやなあ。ステキやわあ」
珍しいツナ缶……!!
隣で聞いていたぼくも、わあステキと思う。
なんて自然体なチョイスなんだろう。
ツナ缶がステキなのではない。
カシワバラさんの、失敗をおそれない姿勢が気持ちいいのだ。
ぼくだったら、ホワイトデーのお返しを選ぶときは「まちがいのなさ」で選ぶ。
デパートの、みんなが並んでいる店で、そこそこの値のするお菓子を選んでおけば
「まあまちがいないだろう」
という気持ちで選んでいる。
その点、カシワバラさんは違う。
彼は間違いをおそれてはいない。
彼は自分だけの正解を探す。
自分の感性に真剣に耳を傾け、何を贈りたいかを自問する。
そしてその結果、ツナ缶以外にはないという結論に達した。
「ツナ缶あげときゃ問題ないだろ」なんて気持ちはカシワバラさんの心には微塵もない。
「これおいしいから食べてもらいたい!」
きっとその気持ちだけで、彼はホワイトデーのお返しにツナ缶を選んだに違いない。
多くの男たちが空振りを避けようとして“とりあえず”デパートのお菓子を贈った。
やさぐれ女は、その姿勢を見抜いていた。
人まねのファッションをしている人がどんなに高い服を着ていてもかっこわるいように、「ハズさないようにしよう」という考えそのものが、もう「ハズレ」なのだ。
カシワバラさんは違った。
三振してもかまわないというぐらいのフルスイングでツナ缶を放った。
そしてその一か八かのスイングは、見事なホームランとなった。
このひたむきさこそが「さすがカシワバラさんやなあ」「ステキやわあ」につながったのだ。
なんて魅力的な人なんだ、カシワバラさん。
会ったことないけど。
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